第21話 作られた天才
知識は産まれたときには存在していないものだ。産まれていくらかの年月が経って、物心というものがつく。
そこから人は急激な成長を遂げていく。とはいえ幼少期は幼児の域を出ない。普通であれば。
普通ではない常軌を逸した何かを施せば、その限りではないかもしれない。私はそのサンプルの一つと言える。
産まれたての赤子の時点で、絶え間なく言語や知識を教え続けていたらしい。その結果として、物心がついた時点で、私は言語を理解するどころか、いくらかの知識を会得していた。
日々の中で習得していくような知識、子供達が大人達に教えられ覚える知識。物心ついたばかりの子供にはわかるはずがないことが、私にはわかった。
物心ついてすぐに、大人のように言葉を喋ることができた。
その後は狂気的としか思えない教育を施された。
あらゆる分野の追求。数えだしたらキリがない。知識という知識を際限なく植え付けられたようなものだ。
知識だけでなく、技術や技能も与えられた。無理やり習得させられたようなものだ。
なぜなら、取得できなければ、暴力を振るわれるからだ。殺されてしまうからだ。
◆◇◆
毎朝、起きたらすぐに勉強。なんでもかんでも教えられる。別にわたしは知りたいわけじゃないけど、覚えないとわたしがひどい目に合う。
恐怖に泣きじゃくる。
「泣いても変わらんぞ! 死にたくなければ……」
「やめて……やめて!」
殴られた。痛い。もう嫌だ。一体どれだけこんなことを繰り返さなきゃならないの? どうして私なの?
誰か助けてと願っても誰かが助けに来てくれることはない。一日をただ恐怖だけが満たしている。産まれてから笑ったことなんて一度もない。
できなければ殺されるかもしれない。だからやり続けなければいけない。
なんのために? どうして傷つき続けなければいけないのか。わたしはただひたすらに苦しむためだけに産まれてきたの?
死ねたほうがよっぽど楽な道なのに、死ぬのは怖い。
だから毎日恐怖の中で生き続ける。死なないために、ただただ生き続ける。そのために結果をだす。
「見事だな。三歳のガキが驚愕なんて言葉が生ぬるいと思えるほどの結果だ」
何を成しても同じようなことを言ってくるだけ。わたしにそれを強制しているのはそっち側なのに。褒められても嬉しくない。何かができるようになっても嬉しくない。
ある日、どこかに連れて行かれた。目隠しをされていて、どこに連れて行かれたのかはよくわからない。
目的の場所に到着したら、目隠しを外された。
そして、目の前には牢に繋がれた一人の男の人がいた。
そして、いつもわたしに暴力を振るってくる人が命令してきた。
「こいつを殺せ」
何を言われたのかを理解するのに少し時間がかかった。頭が真っ白になる中、剣を渡してきた。
「た、頼む! 助けてくれ!」
「こいつは帝国貴族を何人も殺した罪人だ。処遇はもちろん死刑だ。お前が殺せ」
「え? あ、え?」
「殺せって言ってんだよっ!!」
「うあっ!」
また殴られた。この人は短期で嫌い。
「できなきゃお前が死ね。嫌なら殺せ」
殺さないと、わたしが殺される。殺されたくない。
剣なんて扱ったことがない。触ったのは今がはじめてなのに。
人を殺すなら、頭が心臓を狙うのが一番簡単な方法。わたしは牢に繋がれた男の人の心臓を剣で差した。
少しだけ、ほんの少しだけ苦しんで、わたしに憎いという顔をしながら死んでいった。
「よくやったな。これからは戦闘訓練も受けてもらうからな。覚悟しておけよ。各国から選りすぐりの奴らがお前らをしごいてくれるさ。できなきゃ死ね」
なんの褒め言葉なの? 人を殺させて、これで満足なの?
とても感覚が気持ち悪い。人が死んだ。わたしの目の前で死んだ。わたしが殺した。わたしが人を殺した。
わたしが、わたしが、わたしがーー
殺した。殺したのはわたし。死なせたのはわたし。
この人を殺さなければ、わたしが殺されていたかもしれない。この人が死ななければ、わたしが死んでいたかもしれない。
何かがぐしゃっとする音がする。何かがバラバラになる。何かがボロボロになる。なんだろうこれは。耳から聞こえてくるものじゃない。
身体に響く。全身に感覚が満たされる。
わたしは……私は……わたしは……私は、わたしが崩れる。わたしが壊れる。
身体の中を満たすものが変わっていく。恐怖が虚無へと変わっていく。
もう色々と感じない。この刹那の一瞬の時間で、今までの感情が消え失せていた。
何が起こっているのかはなんとなく理解することができた。心が壊れた。
どれだけ傷つけられても耐えていた心が完全に崩れ落ちた。人の心臓と同時に私はわたしの心に剣を突き刺したんだ。
この日以降、私は戦闘訓練も受けさせられるようになった。初めは全く上手く行かずに何度も何度も叩きのめされた。けど何も感じない。痛みがあってもそれをつらいと思わなくなった。
虚ろにただただ要求されたことをこなしていくだけ。達成できても何も感じない。一度達成すればさらに難易度が高くなっていく。
果てなく続く苦痛な時間を過ごしても、何も感じない。
廃人、とは違う。私には考える思考力がある。感情を司る心がある。ただ心が虚無で埋め尽くされているだけ。
そんな日々を続けて、同じ顔の人間ばかりと関わっていても、自分が他人よりも優れていることに気付いた。
殺そうと思えば、簡単に殺すことができると気付いた。知謀で謀ろうとすれば、いくらでもやりようがありそうなことに気付いた。
それでもその人間達には興味がないからそんなことはしなかった。やるなら得られるものが一切無くなってからだ。
いくらでも利用してしまえばいい。
彼らが私に何かをしているわけじゃない。私が彼らを利用しているのだ。ちょっとした復讐のようなものだろうか。
心が虚無になっても、外に出てみたいという気持ちはあった。いつもいる場所にあった高いところにある窓から青い空が見える。
外に世界が広がっていることは知っていた。人がいっぱい交わってる、そんな世界。
本当に虚無に染まりきっているなら、そんなことは思わない。多分私は今でもどこかに希望が残っていると信じているんだろう。
救いのない話だ。
◆◇◆
思い出しても、ただ嫌な気がするだけだ。忘れたいけど、忘れられないし、忘れたくない。矛盾しているけど、そう思う。
あの地獄から抜け出して、青空の下でゆったり過ごすことができている。
いつかなくなってしまうのだと、なんとなくわかっているけど、だからこそこの日々を生きていこうと思う。
この少し殺伐とした学園生活を。
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