第3話 天才と王女
私は今、王女様とお話をしている。
エメリア・エレメル。エレメル王国第一王女である彼女を知らない人はエレメル王国ではいないだろう。世間一般的には品行方正、才色兼備、文武両道の優等生お嬢様。
「うふふ。そんなに嫌そうな顔を浮かべないでほしいですね。何も、面倒事を押し付けようなどということではありませんよ。そんな事は使用人にやらせた方が早いでしょう?」
「じゃあ、私に何をさせたいっていうの? 私は貴女の事を知っていても、貴女は私のことなんて知らないはずでしょう?」
「確かに私は有名でしょう。ですが、貴女を選んだのは単純に私の好奇心ですよ」
「好奇心?」
「はい。この学園の入学試験、貴女の成績を見せていただきました。いえ、全員分見ましたが。その中でも、貴女はすべての課目において、合格ラインそのものの点数を取っていますよね? こんなこと、一般人ではできない芸当です。なにせ、全て課目で合格点数は違うのですから」
「私が何かズルでもしたって、疑ってるのかしら?」
「ふふ、そうは思っておりません。借りにそうだとしても、私に告発することはできないでしょう?」
確かに、生徒が試験の結果を見ることはできなかったはず。だから、彼女は王女特権で見させてもらったってところね。
「でも、脅す事はできるでしょう?」
「あら? 誰も脅すなど言っていませんが?」
「私に好奇心を向けているのは、おそらく私の本気を見てみたいからでしょう? その上で私に何かをさせたい。そして、脅す材料はいらない。最悪権力で潰せるから」
「嫌な言い方ですね。ただ、否定はしません。概ね貴女の予想通りですよ。やはり、なかなかにキレ者ですね」
「それで? 私に何をやらせたいの? ここで戦えと言うならそれでも構わないけど」
「いえ、このあとすぐに、暴れるにはぴったりの時が訪れますよ」
「剣舞大会?」
「ご明察。その通りです」
なるほど、彼女の思惑はほぼ把握した。でも、私が彼女の通りに動く理由は無い。けどここは乗ってあげるわ。
「いいわ、乗ってあげる。で? 出て何をすればいいの?」
「もうお察しなさっているのでしょう? 狙うのはもちろん、優勝ですよ」
「私が優勝できるとでも?」
「そこまでの過大評価はしてません。安心してください。剣舞大会は子供だけが出る大会ではない。現役の魔剣士達が出場しますから。ただ、本気で優勝を狙いにいった貴女がどこまでいけるのか、見てみたいだけです」
剣舞大会は規定が厳しく、本来魔剣士見習い以下の学生が出るものじゃない。彼女はそれでも、私は最低限出ることができる実力はあると、確信している。
「まあ、いいわ。そこまで言うなら、本気でやってあげる」
彼女は私の本気が見てみたいのだろう。別に隠すことではないし、本気でやってあげる。
「では、この話はおしまいにしましょう。私はもう寮に戻ります。貴女も遅れないようにしてくださいね。あ、そうそう。帰り際、興味があるなら、クラスを覗いてみてください。なかなかに滑稽なものが見れますよ」
◆◇◆
暇だから、クラスに寄って行こう。別に何かを期待しているわけではないけど、時間を潰せるならちょうどいい。
クラスの前に来て中を見てみてると。三人の男性が掃除をしていた。ただ、荒っぽく、綺麗にしようとする感じはしない。
「くっそ……なんで俺がこんなことを……」
「しょうがないじゃないですか。ルワ様が寝ていらっしゃったんので、俺達が勝手に決めるわけにも行かないですし」
「ああ?! いい加減にしろよ、ゴミクズが! 黙って従ってればいいんだよ! それにあの女も、俺に恥を晒させやがって!」
そういえば、係決めの時に名前を書かなかったから残った清掃係になったのを思い出した。怒り狂っていて、発言も支離滅裂。本当に素行が悪いのがわかる。暴言は吐くし、おそらく暴力もすぐに挙げるだろう。私の首を絞めるようなことをしたのだから、男の人なら半殺しにするくらい、普通にやりそうではある。
「ああ~くそっ、潰してぇなあの女。力で押し潰してやりてぇ」
「ル、ルワ様、彼女に関わるのはもう、やめた方がいいのでは?」
「そうですよ、一撃でルワ様を気絶させたのです。知らないふりするのが懸命でしょう」
「何だと?! 俺に指図するつもりか?!」
「い、いや、そういうつもりでは!」
このままじゃ、本当に半殺しにしかねない。しょうがないから助けに入ってあげよう。
「いいか?! お前らがここに入学できたのは俺のおかげだってことを忘れるな」
……いや、そんな必要はなさそうね。これ以上会話を聞くのも時間の無駄だし、早く寮に行くとしましょう。
◆◇◆
寮は学園に隣接して建てられていて、かなり大きな建物だった。中に入ると、エントランスホールがだいぶ大きい。一階に共通スペースがあり、靴を履いたまま中に入ることになる。ブルー生は二階、レッド生は三階、ブラック生は一階に使うスペースがあるみたい。三年間階層が変わることがないらしく、来年入ってくる生徒は一階を使うことになるみたい。
それぞれの階で学年全体が使えるスペース、クラスが使えるルームが分けられている。ルームの入り口に靴箱がある。クラスで使えるルームの奥には十五の部屋があり、他のルームも同じ構造になっている様。十五の部屋は個人部屋で、扉の前に名前が貼ってある。ルームの中は設備がきっちりしていて、家事はできるし、個人部屋があるからプライバシーも十分確保されている。
後思ったことは、風呂場が多い。個人部屋にもあるし、ルームにもあるし、スペースにもあるし、一階にも全員が使える風呂場がある。もちろん男女で分かれている。ただ、これは学園側が用意した密会場所とも言える。少なくとも個人部屋の風呂も二人は入れるスペースがある。これなら誰かに聞かれずに密談をすることは簡単にできる。
◆◇◆
「貴女の方から私の部屋に来るなんて、想像してもいませんでした。何か御用で?」
私は今、エメリア王女の部屋に来ている。確認したいことがあったからだ。
「貴女は入学試験の結果を全員分見たのでしょう? 今から言う三人の結果を教えてくれないかしら?」
「それで私に何の利点があるのでしょうか?」
「場合によっては……その三人を退学させるかもしれないわ。あとは、貴女の好きそうな道化が見られるかもしれないわね」
「あら。中々過激ですね。いいですよ。誰ですか?」
「ルワ・ツイヤー。と、その子分二人」
「もうお分かりだと思いますけど、彼らは試験を受けていませんよ。ルワ・ツイヤーがお金をつぎ込んだんです。学園にね」
「……やっぱり」
「勘が鋭いですね。何故分かったのですか?」
「最初に違和感を感じたのは彼の苦労して入ったという言葉ね。一般的に見れば、筆記試験は難しかったと思うわ。実技試験もそれなりに。でも、試験を受けたのなら、あそこまで上からの言葉を使わないと思うわ」
人間は当事者であるか、傍観者であるのかで感じられる感覚が違う。自分が体験していないことは比較的軽く感じることができる。
物事の大半は、想定しているよりも、こんなんなことが多い。
「自分も苦労したのなら、他人事のようには簡単には言えないはず。言うなら、感傷的になるということね」
「言葉選び、言葉に含まれた感情、そんな会話のひとときから情報を集めてくる。いい頭脳をお持ちのようですね」
彼女の表情は少し影を見せる。
「それが私の結論。実際、不正をして入ったような会話をしていたし、その時点で断定はしていたわ」
それでも確認すること自体は可能ならするべきである。
「それで? 退学させるのですか? 別に放っておけばよろしいのでは?」
「学園側はおそらくあれを進級させる気も卒業させる気もないと思うの。あれはトラップね。どこまでかに退学させないと、ペナルティをくらうのはこのクラスかもしれないわ」
「トラップ……そこまで考えますか。貴女は私の想像以上に頭が回る。私も進級させる気がないのは読んでましたが、貴女の言う通りだとすると、この学園、予想以上に意地が悪いみたいですね」
「まあ、いいわ。退学させる方法はいくらでもある。これだけ確認できればもう十分よ」
「……貴女はこのクラスで、最も秀でているかもしれませんね。だとすれば、人は見かけによらないいい見本になりそうです」
彼女が少し冷や汗をかいているのが確認できた。なぜだろうか。
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