第2話 係決め

「ルワ様! ルワ様! 大丈夫ですか?!」


「ルワ様! しっかりして下さい!」


 私が気絶させた男の子分が倒れている男の周りで騒いでいる。膝蹴り一撃で気絶するのはちょっとどうかと思った。防御どころか、反応することさえできていなかった。そんなに速い動きではなかったはずだけれど。



 やはり、期待してはいけないと思った。私がここに来た理由は大きく分けて二つある。一つは私が小さい頃からずっと夢見てきたこと。もう一つはこの魔剣学園だからできることだ。そしてある意味今までの私達の人生を否定することでもある。でも、この程度の集まりなら、二つ目の目的は期待するだけ無駄なことだ。



 入学して早々、不安なことが出てきた。クラスメイトに関わりたくない人がいる。まあ、これは運だから仕方のないことだし、極力関わらないようにすればいい。そもそも、自分から積極的に関わるつもりはないし、人と関わるのは苦手だし。


 今まで運が絡んできた事なんてなかったから不思議な感じだ。……いや、産まれたときから運気は最悪だったかもしれないけど。


 人と関わるのが得意かどうかは人生でどれだけ人と交流してきたかだと思う。様々な人と交流して、社交性を高めれば、自然と人と関わるのが得意になるし、人見知りも改善されるだろう。私は人見知りはしないけど、多くの人と関わってこなかったからか、人と関わるのが得意じゃない。


 人と良好な関係を築くためには相手に気に入られようとするのではなく、相手から嫌われないように振る舞うことが肝心だ。傍から見れば、甘い口調と甘い言葉で媚を売れば売るほど、その人は愚かで、醜く見える。相手に気に入られるために、貴方が一番という言葉を大勢に使っている人を見てきた。そんな人には破滅しか待っていない。いずれその表面だけの人間関係は破綻する。


 有利な方にいつでも移れるような薄情な人間が一番ずる賢い生き方だ。


 そもそも誰とでも仲良くなろうとすること自体、間違いだと言っていい。

 誰とでも仲良くなれるのは、人と仲良くなる才能を持っている人だけだ。

 誰とでも仲良くなれるわけがない。それでも、仲良くなりたいと思う誰かとだけ、仲良くすればいい。少なくとも、私にとってはあの男はそうならなかった。なら、できるだけ関わらない方がいい。


「ノアちゃん? 大丈夫?」


 金髪碧眼の女の子、ルナ・エメラルが声をかけてきた。


「私は大丈夫よ。それよりも、彼を心配したほうがいいわよ。少々やりすぎてしまったもの」


「いや、でも彼には悪いところがあったと思うし、ああなっても仕方ないかなとは思うんだ。ノアちゃんだっていい気分じゃなかったでしょ

?」


「ええ、そうね。はっきり言うなら不快そのものだったわ」


「あはは、ほんとにはっきり言うね」


 ルナは苦笑いを浮かべる。


「あら? ルワ君、どうしたのかしら?」


 先生が教室の中に入ってきた。名前はスロだったはず。この学園で今、スロという名前の人間はスロ・バーガル以外にいない。彼女は確か、二年前まで騎士団に居たはずだ。


「まあいいわ。それじゃあ席についてください。クラスの係を決めたいと思います」


 クラスの係。要するに授業外活動と言っていい。


「まず、各クラスから二人ずつ、生徒会に入ってもらいます。クラスでは会長と副会長になりますね。他は配達係が三人、図書係が二人、放送係が三人、環境係が二人、清掃係三人。これで十五人ぴったりですね。ちなみに他のクラスも同じ人数です」


 十五人ぴったり……つまり一人一つの係には絶対に入る必要がある。だから、係に入っているかどうかで評価は変わらない。


「あのー……ルワ様、気絶しているのですが」


「ええ、そうね。でもそれがどうかしたのかしら? ここでは生徒同士でのトラブルや問題に教師は介入しないんですよ。大人に頼るような子供を学園は欲していないということです」


「なっ」


「それにルワ君は普段から品行が良かったとは到底言えるようなものではないですよね。自分からトラブルを起こしたと考えるのが妥当です」


 彼女はよくわかってる。実際絡んできたのは向こうの方だし。


 学園はおそらく、入学した生徒の履歴はほぼ全て把握しているはずだ。その情報を正確に把握し、生徒達がどういった行動をするかを予想する。十分に情報があれば、簡単なことだ。


「さて、決めましょうか。まずは生徒会メンバーを決めましょう。あ、そうそう。言い忘れていましたけれど、生徒会メンバー以外は『生徒達の同意でクラス内での係変更がいつでも可能』ということを覚えておいてください。それと、係はブルー生にしかないものですから」


 なるほど。状況に応じて、自分が有利に立ち回ることができる役割に変更できるということね。例えば、クラスの誰かの弱味を握ることができれば、その係にいつでも変更できる、もしくは相手を自分の係に変更できる権利を得ることができる。


 おそらく、積極的に生徒同士での争いを生むためだろう。そして係が一年しか無いのも、十分な人数を確保できるのがブルー生、つまり一年生だけだから。なぜならここの教育は生徒達を落としていく方針だから。


「それじゃあまず会長をやろうと思う人はいますか?」


「はい! 俺がやります!」


 ただ一人、大きな声を出して手を上げたのはグラン・バーニン。活発的な男だ。目も顔も元気に溢れているし、声を快活的。クラスのまとめ役となる、会長としては十分に素質がある。ただ、良くも悪くも裏表がなさすぎる。


「ではグラン君に決定します。じゃあ次は副会長を決めますね。やりたい人はいますか?」


「じゃあ私がやりまーす」


 手を上げたのは銀髪の女の子、ウリシア・アーレイン。ふわっとしたゆるい雰囲気を醸し出す彼女の口調は印象に残る。


「それでは副会長はウリシアさんに決定します。それじゃあここからは係決めに移りましょう」


 スロ先生は黒板に文字を書いていく。ゆっくり書いているわけではないが、よく読める綺麗な字だ。上から順番に係を書いていく。


「やりたい係の所に自分の名前を書いてください」


 やりたい係を順番に聞いていくわけではなく、黒板に書いて、生徒達に記入させる。その方が楽だものね。

 何をやろうかしら。係の違いで評価がどう変わるのかは学園側しかわからないけど、私としては最低限退学にさえならなければ後はどう思われたっていい。

 となると無難なのは図書係かな。本は嫌いじゃないし、むしろ私にとって好きな部類のものになる。本を読んでいる間は文字の世界に没頭できる。あれこれ余計な事を考えず、頭をスッキリさせられる。

 私は図書係の所に名前を記入する。最初に図書係の所に記入したのは私だけだった。


「被ったところは皆さんで話し合って決めてくださいね。方法は何でも構いません」


「よし! じゃんけんで決めようぜ!」


 じゃんけんね……。この国の人達はどうにも運試しが好きなみたい。せっかくこんな学園に来たのだから、戦って決めてもいいと思うのだけど。まあ、当事者ではない私の知ったことではないわね。



◆◇◆



「はい、ということで決まりましたね。配達係がレン君とバール君とレノンさん、図書係がノアさんとルナさん、放送係がフル君とブラッド君とロゼさん環境係がエメリアさんとエルさん清掃係がルワ君達ですね」


 私と同じ図書係はルナ・エメラル。今日だけでも、彼女とは何かと関わりがある。彼女の方を見ると。ニコニコの顔で手を振ってきた。


「それじゃあ係も決まったということで、次はこの学園のシステムを詳しく説明しましょうか」

 

 先生の言葉で多くの人が息を呑む。


「この学園では毎月試験が行われます。そこで最低限の成績を取ることができなければ、即退学となります。ですが、この試験というのは他の学園とはまるで異なります。ここでは座学の試験は基本的に行われません。魔剣士としての実技試験です」


 毎月ね。一年で最低でも十二回は試験が行われるということね。


「そして、クラスの人数が五人以下になったとき、そのクラスの生徒は『全員退学』になります。更に、定員より少ないクラスにはそのクラスの会長の許可により、移動が可能です」


 なるほどね。だいぶわかってきた。クラスメイトや他クラスの生徒を退学に追いやって、強者だけのクラスも作れるっていうことね。このクラスの会長はそんな事に頭が回るとは思えないけど、他のクラスの会長はどうかしらね。

 私としてはこのクラスに固執する理由は無いし、あまりにも弱小なら何時でも見捨てられるように準備しておいた方がいいわね。


「まあ、今日はここまでにしましょうか。今から皆さんには門限までに寮へ移動してもらいます。ここの寮は個別の部屋とクラスごとのリビングのようなものがあります。今日はそちらで皆さんの親睦を深めるのもいいでしょう。門限は七時です。門限までに来てくれれば、どこで何をしていても構いません。準備不足の人だっているでしょうし」


 七時までなら随分と時間がある。『彼女』と今後の動きを話し合っておこうかしら。



◆◇◆



「はぁ~」


 学園の屋上で一人、私はため息を吐く。夕方になり、多かった門限までの時間も少なくなってきた。

 ため息を吐くと、体の余計な力が抜けてリラックスした上になれる。幸せが逃げていくとか言われているけど、そんな根拠のないことを信じるより、積極的にため息を吐いたほうがいいと私は思う。


 トントンと階段を上がる音が聞こえる。屋上に向かう階段だ。つまりこちらに近づいて来ている。まあそもそもここは学園の屋上だし、誰が来ようと自由だけれど。

 扉を開けたのはクラスメイトだった。いや、この国で彼女を知らない人はいないだろう。


「あらあら、ごきげんよう。探しましたのよ?」


 エメリア・エレメル。この国、エレメル王国の第一王女。

 彼女が私を探してしていた? 何のために?


「はぁ、面倒だわ……」

 

 どのみち面倒なことになると、私はため息を吐いた。

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