#12 魔女様は、喧騒とは無縁で。

「えっと……三浦……さん……?」


三浦 菫という女子は、ある一点を除いてはあまり目立たない生徒だった。

髪型はいつも無造作に纏められた、一房のポニーテール。休み時間の間も誰かと話すわけでもなく、教室の隅で何かを読んでいるだけ。

では、どの辺りが目立つのかといえば、それは登校時間だった。


いつも教室に入ってくるのは、HRが始まる一分前か、下手すりゃもう始まった後。

そして、遅刻の弁解で教卓の前に立っている時は黙り込んだまま、決まって教師を睨みつけるのみ。

その視線の鋭さと言ったら嫌でも強く印象に残るもので。だからこそ、髪型が普段と違うものだったとしても、その容姿はすぐさま記憶の中の彼女と結びついた。


「う、うん——その……ありがと」

「……ああ、どういたしまして」


……全くもって、印象は結びつかなかったが。

萎んだ声に、丁寧に編まれた亜麻色の髪。普段よりも優しげに見える目つきは、血色の良さゆえ、だろうか。

とにかく、普段のダウナーな雰囲気とは裏腹、今日の彼女は幾分か——なんてものではなく、普段よりもずっと、大人しいだけの女の子だった。

けれど、そのせいだろうか。一切、そこから会話が続くことはなくて。かと言って、彼女から何か話題を持ち出すわけでなく、妙な沈黙が俺たちの間に立ち込めていた。


こういう時は、沈黙なんか一旦無視した上でさっさと挨拶でもして、この場から去るのが最適解なのかもしれない。

今日の彼女は普段とはまた別の意味で話しかけづらかったし。


「それじゃ——」


——俺はこれで。


数秒で練り上げた、簡単な別れの挨拶。

言葉を継ごうとする直前だった。


「——あのっ」


か細いながらも、彼女が何か言っているのが聞き取れた。


「……少しだけ、聞きたいことがあって。……良い、かな?」


彼女が口にしたのは、なんとも妙なことだった。

別に、質問に応じるのは構わない。むしろ、今は待っている身である以上、何もすることがなかったわけだ。

しかし、今初めて接点が生まれた俺に——というのも、妙な話ではあったが。


「……別に良いけど。何について?」

「……確か、青木くんって……映画同好会、だったよね? もしよかったら、活動内容とか、教えて欲しくて……」


映画同好会。

それに関する質問をされるのは初めてだった。

というか、存在自体を知っている生徒が少ない上、部長がクセの強い方に分類される梨久だ。多分、しつこく誘われなきゃ、俺も入ることはなかっただろう。


それはさておき、活動内容について聞いてくるということは、入部を検討中だとか、そういう類のものだろうか。

だとしても、現状活動と言えるほどの活動なんて——と、少しばかり考え込んでしまう。


何せ、三年が引退したあと、一年が入ってこなかったせいで部員は俺と梨久の二人になってしまったのだ。当然、映画撮影になんて漕ぎ着けるのもほとんど不可能なもので、新学期以降にやったことなんて、映画の鑑賞会くらいのもの。これを活動だと言い張る勇気なんて、中々湧くものじゃない。


とはいえ、嘘を吐くわけにもいかないし、そのまま言ってしまう選択肢しか残されていないわけだったが。


「……映画鑑賞、ぐらい……かな」


端的に言って、あまり良い反応は返ってこないだろうな、と思っていた。

そりゃ同好会規模とは言え、ショートムービーぐらいは撮っている学校の方が大半だろうし、梨久は“撮影準備”とやらに追われているらしいが、整うまでは教えないの一点張りだし。


けれど、彼女が見せたのは予想とは随分とかけ離れた反応だった。


「ほんと——っ!? じゃあ、カセットテープとか、DVDとかも使えたり……?」

「……一応は」

「それ——すっごいっ!」


急に人が変わったかのような食いつきよう。

それは、答える俺の方が思わず恐々としてしまうほどのものだった。


「……あ、ごめん。ちょっとだけ、興奮しちゃって……。あたし、劇のシナリオ読むの、大好きなんだ。……ほんと、朝に響いちゃうくらい、なんだけど」

「……なるほど」


——“朝に響いちゃうくらい“。


普段の彼女がどこか気怠げな理由がわかった気がした。先ほども借りていた大量の本——つまるところ、深夜まで趣味に明け暮れているせい、なのだろう。

確かに、血色の悪い顔と眠たげな目が合わされば、鋭い目つきにも辛うじて見えなくはない。

ということは、本来なら今の彼女がデフォルトということか。

夏休み、恐るべし。また一つ、既知に変わったものが増えてしまった。


けれど、そんなもの彼女にしてみればお構いなしだったのだろう。未だ、話は止んでいなかった。


「だんだん、実際に動いてるのも見たくなってきちゃって……でも、見たいのが大体、古い機械じゃないとダメで、あたしの家、そういうの再生できないから」

「つまり、映画同好会の設備が使いたい、と……?」

「そうそうっ! ……だめ、かな……?」


少しばかりの上目遣いで、彼女は俺を見てくる。

思うところなんて、正直色々とあった。

俺に頼まれても——だとか、そもそも、その使い方を梨久が許可するのか——とか。

とはいえ、結局判断するのは部長である梨久だ。俺がとやかくできる話じゃない。


「……そういうのは梨久に聞いてもらえるか? 連絡先、送っとくから」

「もしかして、如月くんが部長、だったり……?」

「……一応、そうなんだ」


少々意外そうな含みを溢す彼女と、手短に連絡先を交換して、その後、梨久の連絡先を送る。


「ありがとね、青木くん。それじゃ、またねっ」


取られた「それじゃ」と、少しだけ余韻を残す別れの挨拶。


捲し立てるだけ捲し立てて帰ってしまった。


こりゃ、また一段と騒がしくなりそうだ、なんて。

どこか呆気に取られたまま、彼女の背中を見送っていた時だった。



「……カエ、デ……?」



聞こえてきたのは、掠れたような声音。



「今の、ヒトは……?」



反射的に振り向いた時、そこにいたのは、ソフィーだった。


けれど、ただでさえ白い肌は、いつにも増して血の気が失せたもので。



そして、何よりも——見開かれたその瞳は、やたらと強く焼き付くものだった。

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