#23 歩み、遠く。
「もう一口、ですっ。カエデ。もう一口、くださいっ!」
「……わかったから、そう焦るな。また頭、キーンってなるぞ?」
そんな注意も虚しく、俺がスプーンでアイスを掬えば、ソフィーはすぐにぱくつく。
高級アイスの魔力、恐るべし──なんて。
「──んぅっ!」
「……先に注意しただろ。痛くなるって」
予想通りというべきか、ソフィーは頭を抱えてひとしきり悶えた。
というか、まあ。
一番悶えたいのは俺自身、だったが。
「……結構、距離感近いのな。お前ら」
「……親戚、なんだよね?」
梨久と三浦の視線が痛い。
先程、魔法を使って疲れ果てて寝てしまったソフィーを横たわらせる場所はこの狭い部室にはなく、中々起きる様子もなかったので、仕方なく膝枕をしていたのだけれど、起きてからもソフィーは全くこの体制を変えようとしない。
それどころか、そのままアイスまで食べ始める始末である。
「……なあ、ソフィー。そろそろ自分で座ってくれないか?」
「そうしたいのは山々ですけど……私、疲れてしまって……。起き上がるのは難しいですね」
恐ろしくなるぐらいの棒読みだった。
確かにパートナーになるとは言った。彼女のこいの究明に協力するとも言った。
実際、ついさっき頑張ってくれたのもわかる。
だが、目の前にはソフィーの顔。膝を介したボディータッチ。それも衆目にさらされる場所で、だ。
これは流石に距離が近すぎやしないか……?
アイスの容器はあっという間に空っぽに。それでも、彼女は離れる素振りを見せない。
使い終わったスプーンでソフィーの頬をつついてみる。
「んぅ──っ!」
威嚇するように睨み返された。それでも膝は確保したまま、意地でも動かない気らしい。
「それじゃあ、茶番はさておき。そろそろ本題に移っていきたいんだが──」
ホワイトボード前に移動した梨久が声を張り上げる。
さておかれた。三浦も既に視線を梨久の方に移し、頷いている。
自然に流された以上、これはもうどうしようもないやつだ。諦めて座り直す。
「どうですか? カエデ」
ソフィーも身を起こして──かと言って、離れることはなく。
そのままちょこんと膝の上に座ってしまう。
「こいに、近づけそうですか?」
何なら、目を輝かせ勝ち誇ったような表情を浮かべている。
「……近すぎると逆効果なんだぞ」
途端、彼女の笑顔が凍った。
そそくさと膝から降りると、部屋の隅から椅子を持ってきて座ってしまう。
いい意味でも、悪い意味でも──こいに関してソフィーは純粋すぎる。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「──まずは、企画概要からだ。テーマは──」
バン、と。
勢いよく梨久がホワイトボードを叩く。
──『ひと夏の恋』
「こい、ですかっ!?」
甲高く、興奮した面持ちで。
叫ぶソフィー。第二波が来ても耐えられるようにキンキンする耳を塞ぎつつ。
それでも、完全にシャットアウトするに至らなかった。
「お、おう……どうした、親戚ちゃん。そんなに珍しかったか……?」
「私が最も求めているものですっ! ですよね、カエデっ!」
目配せされ、仕方なく頷く。
テーマが恋だったのが運の尽きだ。未知に等しく、こうなったソフィーはもう止めようがない。
「だったら……出てみるか?」
「出たら──演じたら、こいがわかりますか……?」
「……もしかしたら、な」
「なら、出ますっ!」
トントン拍子に話が進んでいくことに恐怖を覚えつつ。
それでも、ソフィーがこちらの世界の常識とズレている部分が多いのは確かだ。
もしかしたら、何か弊害はあるかもしれない。
「な、なあ。ソフィーは初心者だぞ……? 出しちゃって、大丈夫なのか……?」
「そんなこと言ったら、ここにいる人間は大体そうだ。それに、メンバーは増えるに越したことはない。何せ、映画同好会は少数精鋭だからな」
俺を含めてこの場にいるのは四人。
これでもなお、映画を撮るには足りないだろう。
だからこそ、一人補いたい──正論だった。
「……わかったよ。頑張ろうな、ソフィー」
「カエデがわかってくれるなら結構ですっ!」
こいは目前だと言わんばかりに鼻息荒く。
ソフィーは息巻いている。これは徹底的にやるタイプのやつだ。
ため息を一つ、そののちに吸った空気はホコリ臭い。
仕方あるまい。ソフィーを満足させるためだ。
「……ところで、テーマ以外にストーリーは決まってるのか……?」
「大枠は決まってる。それでも、俺は脚本を書けない。だから、餅は餅屋だ」
梨久が書かないとなれば、あと一人。
自然と視線が集まっていく。
「──あたし!?」
三浦だった。
「文芸部員なんだろ? それに、三浦さんが文化祭に寄稿する予定の小説、読ませてもらった。……感動したよ。だからさ、嬉しかったんだ。プレイヤーを使わせる代わりに手伝ってくれるって申し出てくれた時。頼む、脚本を書くの、手伝って欲しい」
深々と頭を下げる梨久。珍しい、真摯な態度だ。
「脚本……書きたい。書けるなら、書きたい、けど……」
躊躇いがちに、震える声音。
指先が幾度か膝の上で跳ね、頷くとも、首をふるとも、曖昧に頭を揺らし。
けれど、最後に彼女は首を振った。
「……ごめんなさい。他に手伝えることならやるけど。あたし、脚本は書かない」
「……そう、か」
心底残念そうに、梨久が声を漏らす。
静まり返った部屋で、ただ、扇風機の駆動音だけが響いていた。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「……カエデ、結局こいはどうなったのですか……?」
「保留だ。他に脚本書ける人がいるならそっちになるだろうし、無理なら梨久が書く。最悪、頓挫じゃないか」
もう八月が近いからか、夕方になっても日は高かった。
まだ、明るい帰り道。
ぽつりと、ソフィーは溢した。
「それでは……こいが遠ざかるのですか……?」
「……かも、な」
一応、今日決まったことを説明しつつ、それでも疑問は残った。
断るなら、もっとはっきりと断れば良い。
それでも、三浦の態度は曖昧で。
最初に彼女は”書きたい”と口にした。何なら、最後には”書けない”じゃなくて、”書かない”から、と。
それに、図書館で彼女が落とした大量の戯曲。
もしかしたら、書きたくて。それでも書けない理由がある──彼女はぼかしていたけれど、忙しい、とかではなく。
都合が良い考えかもしれないが、そんな気がしてくる。
とはいえ、詮索するのは良くない。中止かどうかは流れに身を任せるしかないだろう。
半ば、肩の力を抜きかけた時。
「──そんなの、待っていられないのですっ!」
ソフィーが、叫んだ。
諦めたくないと言わんばかりに、首を振った。
「彼女──スミレはこいを書けるのでしょう!?」
「別に、そうとは……」
「そうとは限らなくても、可能性があるのなら私はそれに縋りたいのです。それに──」
いつの間にやら握り締められていた一本の杖。
彼女が言わんとしていることがわかってしまった。
「わたしには、これがありますっ」
梨久の時、ソフィーは記憶をいじった。
それでも、今回はちょっとだけ都合を良くする、とか。絶対そういう使い道じゃない。
「──やめろ。力づくで考えを変えるのは間違ってるっ!」
「それはこの世界での話でしょう!? 少なくとも、手段のためなら──弟子はこれぐらい否定しませんでしたっ!」
次第に声が荒くなっていく。
焦燥感に塗れたように捲し立て、息切れしながらもソフィーは叫ぶ。
弟子、と。
何故かはわからない。
だけれど、チクリと胸に痛みが走る。
彼との違いを意識したからか。それとも、あまりにも悲痛な響きだったからか。
叫んでて、彼女の言うことを否定して。
息が、上がる。
歪められた表情が、視界に映る。
辛い、嫌だ。
とにかく、揉めたくなかった。
「……わかったよ」
「わかっ、た……?」
「……三浦に脚本を書くよう、説得してみる。だから、それをしまってくれ」
ふっと杖が消える。
指先が、所在なさげに震えて。
けれど、次にはソフィーの手は俺の頬に触れていた。
「……カエデ」
握り締めていたからか、先程まで感情が昂ぶっていたからか、熱い。
はっきりと彼女の温度が伝わる。
僅かな間だった。すぐに、離れていく。
ほんのりとした熱は夏の暑さに溶け込んで、すぐに消えてしまった。
「……ごめん、なさい。感情的になりすぎてしまいました。ワガママ、ですよね……?」
「別にワガママでもいい。ただ、俺は手段のためなら何をしてもいいとは思わないし、こっちの世界に住んでたから、弟子と……君と、考え方は違う。焦るかもしれないけど、でも、付き合ってくれ」
「……っ、……はい」
振り絞るようにして返事だけを口にして。
こくり、とソフィーは頷く。
家路を辿る中で、不意に彼女が強く俺の手を掴んだ。
手を繋ぐだけというには、あまりにも強すぎて。けれど、時折震えては、力が弱まる。
昔、よく繋いでた大きさの手だ。
その真意すらよくわからないまま、とにかく俺は覚えている力加減で握り返す。
互いに言葉すら交わさないまま、歩き続けた。
速まったソフィーの歩調に合わせるため、少し、焦り気味に。
影二つ、乾いたアスファルトに差し込む。
長い長い夕暮れの中、騒がしいセミの鳴き声とともに、八月が始まろうとしていた。
元師匠の魔女様が転生先に押しかけてきた。曰く「恋を知りたい」らしい。 恒南茜(流星の民) @ryusei9341
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