#19 魔女様にとって、興味と恐怖は紙一重。

「“エーガ“ですか……っ」


少し上ずったような響き。それはソフィーが感嘆と一緒に発する声と確かに似ていたけれど、確かに非なるものだ。

元物置部屋だった部屋は、三人で入る分にはやはりぎゅうぎゅう詰めにならざるを得なかった。

そして、この部屋の大半を占めている厚みだけはあるブラウン管テレビと、大量のDVDやら私物のカセットやらを前にして、ソフィーが発したのは、決して感嘆の声ではなく——明らかに恐怖を孕んだ——それこそ、前にホラー映画を見た時に間近で聞いた悲鳴と似たようなものだった。それは、彼女の映画観を図るには十分すぎた。


「……落ち着け、別に執念深い魔女様なんてここにはいないぞ? ……いや、やっぱりいるか」

「——っ、どこに……っ」


少々彼女のことを茶化したつもりだったものの、それは逆効果になってしまったようだった。

瞳を見開き、周囲を警戒するように彼女は視線を右へ、左へ、と巡らせている。

その上、ジャージの袖までぎゅっと握り締めていた。

晩に寝付けなくなっていたぐらいだ。そりゃ、結構トラウマにもなっていたのだろう。


「……親戚ちゃん、映画が嫌いなのか?」


そして、流石に彼女のピリピリとした様子は伝わっていたらしい。不意に梨久がそんなことを聞いてきた。


「……いや、彼女、映画見たことないらしくて。最初にホラー映画見せちまった。多分、そのせいだ」

「映画見たことないって……珍しいな。ちなみに、何を?」

「確か……火炙りされて死んだ魔女の怨念が襲ってくる……みたいなヤツだったな」

「『キャスト・アンデッド』か。アレは演出が光ってたからな。一人一人追い詰められていく様子とか、普通に鳥肌もんだったよ」


雑な説明だったものの、特に間を置かずとも彼は作品名を当ててきた。

相変わらず脳内映画データベースの濃密さにだけは敬服せざるを得ない。


「……んで、それならここにもあるけど……」


しかして、行動の早さもまた彼の特徴だった。

カセットやらDVDやらがぎっしりと詰まった棚から迷う素振りなく見覚えのあるパッケージを取り出すとこちらに見せてくる。

吊された死体の前に立つシルエット——確かに、見覚えがある。

その時、ひゅっと。ソフィーが短く息を吸ったのが伺えた。


「……カエデ……っ」


か細い声だった。

ふるふる、と。俺の腕を掴む手からは、確かな震えが伝わってくる。

悪ふざけは大概にしておいた方が良さそうだ。

それよりも、真面目に彼女を落ち着かせる方法を考えねば、と。取り敢えず、何か一つ話を振ろうとした時だった。


「……別に、映画は怖いもんだけじゃないんだぞ? ほら、これとか……」


一応の共犯者……というと、言い方があまり良くないけれど。梨久が取り出したのは、子供向けアニメ映画のDVDだった。


「そいつは……レポートの……っ」

「お、ちゃんと覚えてたか」

「……忘れるわけねぇだろ」


それは相当に記憶に新しいシリーズで——GW中に、長期休暇課題と称し、三日連続で鑑賞させられた上でレポートを書かされたものだった。

確か三十本ほどあったはずだ。そして、彼が取り出したのは確か……10年ほど前に公開された作品、だったろうか。他作品よりもかなり恋愛色が強く、

若干異質ではあったものの、後半はかなり涙腺に来たのも含めて、内容はきちんと覚えている。

ただ、覚えている理由——という面でみれば、この作品が際立って梨久にとって強い思い入れがあったのか、彼が納得いくレポートを書くまで何度も繰り返し見せられたから、といったものの方がよっぽど強い。

正直、それを前にしてしまうとげんなりとした表情が自動的に作り出されてしまうようになってしまってはいたけれど。


「……何ですか……? この生物……?」


ソフィーにとって、パッケージに映った不思議生物たちとマスコット的なデフォルメされたキャラクターは新鮮に映ったらしい。

梨久の手からそれを掠め取ると、最後には胸にしっかりと抱いた。


「……私、これ見たいですっ!」


普段より高いトーン、好奇心に満ちた未知への興味の表象。

あっという間の切り替えだった。

そして、その態度がかえって気に入ったのだろうか。


「もちろん大歓迎だ。マジの傑作だからな、ちゃんと目に焼き付けとけよ」


小さくサムズアップをすると、彼はDVDをセットし、ソフィーを一番前にやると自分は腕組みと共に、壁にもたれかかった。

なぜ俺を呼び出したのか——とか、まだその説明を受けていなかったものの、いつの間にか映画を鑑賞する雰囲気になってしまっていた。

とはいえ、未知への興味に駆られたソフィーと、映画を——それも自分の気に入ったものを前にした梨久を止める手段を俺は知らなかった。

……流れに、身を任せるしかないだろう。

半ば諦観の念にも近いものが俺を包む。

アニメを見るのが初めてだから、だろうか。本編が始まる前、DVDの扱い方を説明するコーナーで既に興奮気味のソフィーと、そんな彼女を尻目に、自分も小さい画面に注視する梨久。

映画にお熱な二人はすっかり、部屋全体を包む熱気を忘れてしまっているようだったから。


「……熱中症なるぞ」


扇風機のツマミを一気に強まで回し、そのすぐ前に陣取る。

科学の力は偉大だ、と。その恩恵にあやかれることに一抹の有り難みを感じつつも、お決まりの配給のロゴが表示されて。

かくて、狭い狭い部室で、小さな上映会は始まった。

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