幕間I 贈り物は、あなたが編んで。

『——ししょー、これ……本当にもらってもよかったんですか……?』


机の上に蝋燭が一つ。ゆらめく炎は、文字列を照らす。

若干陰っているせいで見えづらいそれを何とか読むため、目を細めつつ、本に顔を近づけていたそんな頃合い。

テーブルを挟んで向かい合わせに座っていた少年の唐突な呟きに反応するように、“ししょー”と呼ばれた少女——魔女は、顔を上げた。


『別に構いません。私が持っていても大した魔力への影響は見込めませんが、育ち盛りのあなたにとっては良い補助になります。物は持つべき人が持つべき、でしょう?』


少年は、しげしげと指に嵌まっていたものを眺めていた。

特に細かい装飾が施されている訳でもなければ、色も銀一色、シンプルな造形の指輪ではあったけれど、よく磨かれているせいか、照り返しは鮮やかだった。かなりの貴重な素材で作られていることには違いないだろう。


けれど、それよりも“ししょー“からの久々の贈り物がよっぽど嬉しかったのだろうか。魔女が再び視線を本に戻しても、しばらくの間、少年は指輪を撫で続けていた。


『何だか……あったかいです……これが、ししょーの温もりとか、そういうのですか?』

『恐らく、魔物の体内にあったからだと思います。物理的なものでしょう』


彼と一緒に暮らすようになってから、もうすぐで10年ほど。

仮に学園にでも通っていたとするのなら、初等教育を終える辺りだ。

身長はまだまだ魔女の胸のあたりで止まっているけれど、育ち盛りの男の子といえばもっと伸びる物だと、魔女は以前、本から読み取ったことを浮かべていた。


『……ししょーには、ロマンチックさが足りないですね』

『……逆に、あなたはどこから覚えてきてるんですか……。そんなに色々と。少々、年齢不相応に思われますが』

『近くの街のみんなとか……ししょーは、買い出しの時にお話とかしないんですか?』


とはいえ、少し前までは反抗期と称して子供らしさを十分に発揮していたというのに、最近は歯の浮くような台詞を口にするようになってきた。


年頃というもののせいなのか、それとも買い出しに行った際に、入れ知恵をされているせいなのか、その辺りはさっぱりわからなかったが、ただ、あしらう時は平然と、極力感情を込めずに。学んだのはおおよそそんなところ。


特に指輪を渡したのだって他意はない。魔女にとっては、ただの補助として使う器具程度の認識だった。

だからこそ、少年の喜びようは予想外だったもので。赤らんだ頬を、彼女が本でそっと覆った、その時だった。


『そう言えば、街の人から聞いたんです。もうすぐ、大切な人に感謝を伝える日だって。それで——良いことを教えてもらって……ししょー、少しだけじっとしててもらってもいいですか?』


質問に答える間も無く、騒がしい足音を立てながら彼は後ろに回ってくる。

自分に似て気まぐれに育ってしまった少年に、少しのため息で返答しながら、彼女はその場でじっと座ったまま。



『……わかりました。少しの間だけ、ですよ?』



小さく、髪に触れられたような感触があった。

そう言えば、最近はあまり手入れができていなかったな、なんて考えている間にも、視界の端で揺れるほつれた金糸を小さな手が掴み、辿々しい手つきで編み上げていく。

少年が困ったように音を上げるたび、首筋に吐息が触れ、こそばゆさは増していく。


『ししょー、できました』


そんな時間を経て、少年に手渡された鏡に自身の顔を写した時、見慣れないものがあった。


『……これ、あなたが覚えたのですか?』


——後ろで編み込まれた、二本のお下げ。


髪を留めるのに使われているのは、簡素な髪留めだ。

けれど、彼の言っていたはきっと、それではなくて。


『まだ、お金はあまり持ってないから贈り物は買えなかったんですけど……代わりに、街の人に練習、手伝ってもらって——。お返し、したかったんです。ずっと、ししょーに貰ってばかり、だったから』


少々得意げな少年の声を聞きながら、魔女はそっとお下げを撫でた。

普段髪を結ばない男の子がやったもの、当然多少の粗は目立つ。

それでも、中々自分のしない髪型をわざわざ彼が選んだということ。


『……似合って、いますか?』

『——はいっ! 今のししょーにピッタリですっ!』


そして、あまりにも素直な言葉。

気づけば、鏡に写る顔は先ほどよりもずっと紅潮していた。

慌ててそれを隠すように、彼女は再び本で顔を覆い、少年からは見えないようにして。

口を聞けるようになったのは、そうしてからようやくのこと。



『……であれば、また編んで……くれると、嬉しい……です』



『もちろん——もちろん、ですっ! ししょー!』



視界の端に捉えた笑顔は、あまりにも眩しくて。


彼女はさらに深く、本へと顔を埋めざるをえなかった。

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