#7 魔女様に人混みは似合わない。

「……あ、ああ——そう、買い物……ってか、お前こそ何をしに……?」


不意に投げかけられた問い。それも、かなり答えづらいやつ。取り敢えずは頷いてみせ、すぐに話題を逸らす。

当然、梨久はソフィーのことなんて知らない。その上、幼馴染である以上は俺の家族状況も完全に把握している。今、身近な人間に——特に、梨久にソフィーと一緒に暮らしていることがバレるのは——さっきのがどうちゃらとか、そう言ったことが聞かれるのは不味かった。


とにかく、不審がられないのが一番だ。

きょとんとした表情のまま、ソフィーはまだベンチに座っている。彼女が理解できるかはわからないが、これ以上は発言しないようにと念を込めて数度アイコンタクトを送り、すぐさま視線を戻す。


「にしても、楓が夏休み初日から出歩くなんて珍しいな。てっきり、一日目から寝て過ごしてるのかと思ってたぜ」


しかし、質問に質問で返したのが届いたのか否か、しみじみと発音された言葉は先ほどの延長線上にあるもの。あまり俺の話は聞いてないようだった。

幸いというべきか、意外というべきか、ソフィーは後ろでじっとしてくれていた。これだったら問題はないだろう。あとは適当に相槌を打って、今日は別れればいい。


何とか、打開する方法まで考えついて。思わず、一息吐いた時だった。


「……んで、その子は?」


……どうやら、それは性急すぎたようだった。

首筋を一滴、汗が伝うのを感じる。外にいた時のものとは全然違う。酷く冷たい。


「……その子って、誰のことだよ……?」

「ほら、お前の後ろにいる金髪の子。絶対、関係あると思ってたんだけど、違うか?」


問うような口調ではあったものの、間違いなく自分の中じゃ断定を済ませている。梨久が人に質問するのは、必ずそういう時だった。

その上、金髪とはっきり指され——もはや、一縷の望みはソフィーに託されていたはず——だった、けれど。


「……カエ、デ……?」


振り向き様、彼女の唇が戦慄く。震えた声が、鼓膜を揺らした。

喰らわされた追い討ち。たった三文字であろうとも、答えとしては十分だった。


「……ああ」

「やっぱりな。動きを見てりゃ流石にわかるぜ。声音もだし、視線もだし——それに、普段は後ろなんて気にしないもんな、お前」


そして、完全に失念していた。

梨久が——恐ろしく勘の働くヤツだったことを。


「……流石だよ、

「ま、これくらいは朝飯前だぜ」


ふん、と鼻を鳴らすと、梨久は誇らしげに胸を逸らす。

仕草の一つや二つから相手を割り出す——人間観察を趣味だと豪語するこいつにとって、俺の仕草から何かを見破るのは容易すぎたらしい。


「んで、聞かせてもらってもいいか? どういう関係なのか、とか」


ただ、人間観察だけで済めばよかったものの、こいつに限ってはそれだけじゃ飽き足らないのか、その後に長ったらしい質問をしてくるのが基本だった。

今なんて、ただでさえソフィーについて話したらボロが出ること必至なのに、ましてやそんな質問攻めをくぐり抜けられる自信なんて俺にはなかった。

だからこそ、特に梨久にはバレたくなかったのだ。


「……わかったよ」


……けれど、今となってはもう後の祭りだ。認めざるを得ないだろう。

最悪、質問攻めさえ何とか切り抜けられればいい。

そこで一旦、これ以上ボロが出ないようソフィーの様子を確認しようとして、後ろを向いた時——彼女の姿はもう、ベンチにはなかった。


そこはかとなく嫌な予感が身を襲った……のも、束の間。


「……カエデ……これ以上は——」


腕に張り付く、柔らかな感触。

それは、随分と火照ったものだった。


「——もう……限界、ですっ」


耳元で囁き声が聞こえる。

視線を動かしてみれば、すっかり頬を紅潮させたソフィーが腕にしがみ付いていた。

一見してみれば、甘えるような仕草に近い。けれど、その声音が孕んでいる意味合いは、全然異なっているようだった。


「ソフィー……?」


腕にしがみついたままでも、その仕草はまるでこの場から早く離れようと催促するようで。

梨久を避けるように伏せられた瞳は、若干怯えているようだ。

もちろん、彼女が催促する通り、この場から離れられるのなら離れたかった。



「……お前ら……どういう……関係なんだ……?」



しかし、先ほどまで俺たちを黙り込んだまま見つめていた梨久の声音もまた、別の意味で震えていた。


「いや、ちが……っ」

「誤魔化さなくて良い——詳しくっ!」


手を合わせるようにして頼んでくる。そりゃそうだ、いつも色々と詮索してくるこいつが、今の一連の流れを見ていて落ち着いていられるわけがない。

説明をしなければこの場はくぐり抜けられそうにない。

とはいえ——ソフィーの震えは、段々と小刻みになってきていた。

恐らく、こんな勢いでのお願い、だとかそう言ったのは苦手なのだろう。


「一旦後ろ、隠れてていいぞ」


腕にしがみつかせたまま、彼女を後ろに隠してすぐ、次第に震えは落ち着いてきて、ようやく一つ、深い呼吸音が聞こえた。


「彼女、ちょっとばかし人見知りだから、もう少し声を小さくしてもらってもいいか?」

「ん、了解した。それじゃあ……頼む」


どこか神妙な面持ちで懇願してくる梨久と、後ろで一息付いているソフィー。

色々と言いたいことはあったけれど。



「……背中、随分大きい……です」



ようやく安心したのか、背後から微かに漏れてきた声には、流石にそういった恨み節の数々にも蓋をせざるを得なくて。


「……落ち着いて話せる場所——この辺のカフェでいいか?」

「ま、話を聞かせてもらうんだ。今回は奢るよ」


色々と言い訳をこねくり回しつつも、ソフィーをしがみつかせたまま、俺は歩き出した。

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