第2話 2人の物語

 中央共和国から遥か東に行った先に『コトルルク岬』という恋が結ぶとされるパワースポットがあると住民から聞き、バスで長時間かけてようやくたどり着いたと見れば、なんという人だ。これじゃ夜が明けてもつま先に立てないではないか。ほとんどが恋人同士と手をつないで待っている。いやはや、彼女がいないボクがこんなところにいるのは何という辱めを受ける。まったく何を思ってこんなところに来たのやら…バスがあったら帰りたいが、帰りのバスは明日まで来ないらしい。まったくつくづく運がない。腕時計で時間を見ながら隅っこで待っていると、一人の女の人がやって来た。ウェーブが掛かった茶髪の人だ。

「すみませーん!」

 ボクの所に来ると息が上がっているのかしばらく頭を下げていた。よっぽど走り回っていたのか。それにしてもボクに何の用なのだろうか。

「ここに赤い帽子をかぶった子、見かけませんでしか?」

 なんだ人探しか。隅っこにいたからもしかしたら見ているのかもって話しかけたのかな。

「悪いが、ぼくは見ていない。ここに来て間もないんだ。もし、見かけたら教えるよ」

 そう言うと女の人は頭をぺこりと頭を下げて人混みの中へと消えてしまった。まったく、人探しか。こんだけ人がいれば一人や二人わからなくなるだろう。

 それにしても、ああ…とんだ場違いだ。早く帰りたい。なんでこんな場所に来たんだ。さっさと帰りたい。帰りたい。

「この辺でウェーブが掛かった茶髪の女の人を見かけませんでしたか!」

 赤い帽子をかぶった身長が低い男が話しかけてきた。

「ちょうどその人ならたった今、人混みの方へ走っていきましたよ」

 そう伝えると「え! 入れ違いだったか…ありがとうございます」と男はぺこりと頭を下げて人混みの中へと走って行ってしまった。今思えば、引き止めておいた方がよかったのかもしれないと思った。女の人がまたここに来るよう言ったこともあり、少し後悔が残った。

 それから二人は再開したのだろうか。人混みがようやく解消されつつある。新たなバスが来るまで数時間も満たない時刻へと迫った。時計を見やり、もう少しだなぁと思うと心が少し落ち着く。

「やっと、見つけたよ」

「キミこそ、見つけるのに苦労したよ」

「私たち入れ違いばかり…きっと天使さんたちは私たちを祝福してくれないのでしょうね」

「いや、こうして再開したんだ。きっと祝福してくれるさ」

 そう言って二人はようやく再開を果たしつま先で立っていた。めでたしめでたし…と思ったが、男の方は帽子をかぶっていない。そのうえメガネをかけている。どういうことだ!? 顔つきも変わっているし、なんやら服装も違う。まるで別人だ。女の人は見た通りだ。なにか変だ。

「誓いましょう。この恋が永遠に続くように」

「ああ、誓おう。この永遠ともいえる想いが続くように」

 二人が愛し合い誓い合ったとき、赤い帽子をかぶった男がふと現れ二人を止めるよう迫った。

「オレの彼女に何をしている!!」

「え…?」

 女の人はきょとんとしている。赤い帽子をかぶった男はメガネをかけた男に詰め寄る。

「オレの彼女になにを誓い立てているんだ!!」

 メガネをかけた男は赤い帽子をかぶった男から帽子を奪い去り、海へ投げ捨てた。

「見ての通り、俺は彼女と誓い合った。君は消えるんだな。このストーカー」

「なにを言っているんだ! 彼女とは数年前に出会い、ようやくこの場所で落ち合おうと約束したんだ。それに、キミは何者なんだ! 彼女とどういう関係なんだ!!」

 メガネをかけた男はつま先から動かず、女の唇を奪った後こう言った。

「俺の婚約者(フィアンセ)だ」

 目の前で唇を奪い、なおかつ自分こそ正当の夫だと出張したのだ。これに我慢ならなくなった男はメガネの男を押し退け、海の底へと突き落とした。それを目の当たりにしたボクは思わず「あっ」と声が漏れた。しかし、メガネの男は女の手を放さず一緒に堕ちようとした。女は手を放そうとはせず、必死にこらえる。

「なぜ、そんな奴を助ける! 俺は正真正銘、誓い合った仲じゃなかったのか!?」

 女は唇を噛みしめながら男を救おうとするが、それに痺れを切らしたのか女も一緒に海へと落した。その光景を見ていた数人のカップルが悲鳴を上げた。

 ボクはただ見守ることしかできない。それは『コトルルク岬』はカップル以外はつま先に立ってはいけない暗黙のルールがある。もし、そのルールを破れば、恋は結ばないという。だから、カップルは助けようとはしなかった。つながれていた手を放したら最後、もう出会いはないのだと。

 ボクは助けなかったのかって? それは無理な話だ。修羅場となっているところにカップルじゃない一匹の狼がどうにかできるわけじゃないだろう。偽善者だって言われたって反論しない。それが事実だから。

 さて、バスを乗り一人帰るぼくの背中は酷く冷たかった。温もりはすべて海水に染みた服が物語っている。彼らは海の底でも誓い合っているのだろうか。それとも天使の祝福通り、三人は結ばれるべきの存在だったのだろうか。

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