第2話 魔女の弟子は妖精と会話する2
深い森のなか。そこは太陽や月の光さえも吸い込んでしまうほど暗い闇に包まれていた。その森のなかを唯一照らすのは魔女が召喚した”カンテラ”と呼ばれる使い魔の存在だけだ。”カンテラ”は光を灯す街灯のような役割で、夜道に迷った羊を出口まで案内してくれる心優しい使い魔だ。だが、迷い羊が少しでも足を止めれば”カンテラ”は待ってるほど生易しくはない。
「早く、カンテラに置いていかれる」
「なぜ…そんなに急ぐの!? だって、道案内してくれるのでしょ?」
リリシアの腕を強引に連れて行きながらカンテラの後を追いかける。
「カンテラは生易しくはないんだ。カンテラはあくまで迷い羊を出口まで案内してくれるのであって、足を止めた者には興味がなくそのまま置いていってしまう。つまり、足を止める…目的地に着いたという」
その言葉にハッとしたリリシアは答えを導き出した。
「もしかして魔女の家についても、カンテラはどこかへ行こうとするってこと」
「そういうことだよ。カンテラはあくまで道案内しているというより、決められたルートをたどっているだけであえて道を外したりわざと足を止めてみたりしたら最後、森のなかで骨になるまで出られない」
ゾ~とする。リリシアはシルウィーの腕に空いていた手を握らせ、離れないようと心がけた。
ぽつぽつと明かりが見えてきた。木々や地面に生えるキノコからかすかに光が灯すのが見えた。それは小さな小人のような。小さい人間のようなものにも見える。小人たちはキノコの中に光を付け、次へと走っていく。
その様子を見惚れていたリリシアに声をかける。
「妖精たちの灯りだよ。暗い夜道のためにわざわざ灯りを照らしてくれているんだよ」
「妖精さんたちが…!」
リリシアはもう一度見ようとしたけど妖精たちを見ることなく、灯りがついていくのをただ見つめることしかできなかった。
カンテラを追っていくと、ようやく家らしきものがご対面した。家というよりも鍋のような形をした変わった建物だ。これが人が住んでいるといわれても納得はいかないだろう。
「お師匠様、いま帰りました」
コンコンと扉を鳴らすと、中から身長三メートルほどの巨大な女の人が現れた。その姿からしてとてもじゃないが生きている人間には見えない。
「おやまあ、ひさかたのお客さんかい。これはお出迎えしなくちゃねぇ」
どんよりとした言葉遣いにリリシアは恐怖を覚え、シルウィーの後ろに隠れた。
「怖いかねぇ」
お師匠様はシルウィーに尋ねる。シルウィーは普通に答えた。
「その姿は誰だって驚きますよ。それよりもお師匠様、この子が弟子にしてほしいといっておられるのですが、どうしましょうか」
お師匠様はジロジロとリリシアを見るなりこう答えを出した。
「べつによかねぇ。ただ、弟子にしようが、私には興味はなにひとつないねぇ」
弟子にするとはいいつつも興味はないようだ。興味がないということは、教えることはなにひとつないといっているのと一緒だ。弟子という肩書をもらったところで、リリシアにはなんのメリットもない。
「差支えで申し訳ないのですが! 私はリリシア・マーガレットと申します。私はあなたの弟子になりたくてここに来ました。ですから、弟子にしてもらうまでは帰りません!!」
はっきりと物申すその姿勢に感化した。しかし、お師匠様は面倒くさそうにシルウィーに投げた。
「弟子ねぇ。私には何のメリットもないねぇ」
「メリットとは…なんですか…!」
食い下がらないと胸に手を置きながら怖いのを我慢して必死に訴えかける。
「……言葉を並べれば誰でも言えることだ。お前は自分だけの力でここまでこれたのか。違うだよ。私が召喚した使い魔を案内させ、保険としてシルウィーを抑えることでようやくここまでこれただけのこと。つまり、私には興味がないのだよ。もし、興味を抱かせるというのなら、私に見せてみな。どれだけの力があるのかを見極めてやる。もし、興味ひとつもわかなかったら悪いけど、森の外…村外まで送ってやるよ」
リリシアは手を広げ、胸において言った。
「興味をひかせてみせます。私が何のためにここに来たのかを…!」
決意は固いようだ。シルウィーはお師匠様を見つめる。お師匠様はため息をつきこう提案した。
「村はずれにある町で『水』を手に入れてくれば、弟子にしてやらんでもない」
水…とはそれは特別な液体のことを言っているのか人間や動物たちに欠かせない液体のことを言っているのかわからない。
「……弟子。お前が見て、確かめて来い」
「…了解です」
弟子にすべてを任せた。お師匠様は家の奥へと消えていった。リリシアは「あの…」と言いかけたが、割り込むようにして「それじゃ行こうか」とシルウィーが言うと「ど、どこへ…ですか?」と聞き返す。
「とっておきの場所だよ」
「とっておきの場所?」
リリシアの手を握って、ある場所へ向かった。その先はカンテラがたどっていった道にあり、その途中にその求めるものがあった。中央は噴水のように水が吹き出ていた。水しぶきや波紋があるにもかかわらず跳ねることなく水面はただ一面静寂に包まれていた。
「これは……泉……!?」
「お師匠様のお出かけ用の秘密道具だよ」
そう言ってシルウィーは瓶を取りだし蓋を開けて泉の中へ流した。すると、みるみるうちに色を変えどこかの町並みのような風景を映し出した。豊かな街並みが見える。商店街だろうか。人が往来している。声は聞こえないが客引きしている店主らしき人も見えた。
「これはね、どこでもドアと呼んでいるんだ。行きたい場所の「水」を流すことで、一度だけその場所へワープすることができるんだ。ちなみにあちらか帰るにはこちらにある「水」をもって流さないと使えないという欠点があるんだけどね」
「すごい……。でも、なぜこれを私に見せたのですか? それに、さっきの話だと「水」を手に入れてこいと言っていましたが、この町のどこかにその「水」はあるんですか?」
シルウィーは黙ったままリリシアをじっと見つめる。その瞳に吸い込まれそうな感覚を覚えながらもシルウィーの返事を待つ。
「この町のどこかにある。それを見つけるのがお師匠様からの条件だ。もし君がお師匠様が探し求めている「水」を手に入れてきたのなら、弟子にすることを考えてもいいと言っていた」
「お師匠様が探し求めている「水」……それがいったいなにを意味しているのかわからない…。池とか…飲み水でもダメなんですか!?」
「答えは自分で見つけること。ぼくはそれ以上答えることはできない」
「シルウィーさんも同じような条件を出されたんですか!?」
「……ぼくのときは全く違うものだったよ。ただ、一言でいえば今回の条件は非常に簡単なことだよ。ただ、それを見つけることができなきゃ魔女なんてなれやしないよ」
そう言い終えるとリリシアは自分の手を見た。なにかを思っているのだろうか。だけどシルウィーにとってもお師匠様にとってもそれは興味ひとつもないことだ。
「ほら握って」
手を差し伸べる。リリシアは間を置いたが決心して手をつなぎ、泉の中へと飛び込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます