第3話 魔女の弟子は妖精と会話する3

 コードン地方。魔女の森と謳われた場所から遥か北西にある町。交易が盛んで、商いがここで商売することから様々な職人が集まる。盛んだうえ無職もまたこの町に流れ着く。

「ど、ドロボーだ!!」

 商品を奪い取り、人通りを抜けてスイスイと避けて逃げる子供。彼の名はリュード。この町に流れ着いた荒くれ者だ。真っ黒な髪色とツンツンと違った髪型が特徴的な子だ。小さいころ、行商人だった両親とともにこの町に来たのだが、殺人事件に巻き込まれリュードは家族を奪われ、財産も富も権力もすべてこの町を支配するラード一家に吸われてしまった。乞食となったリュードは友達のマハトとともに明日を生きられるかどうかの生活をしていた。

 追っ手を撒き、リュードたちは人気のない裏路地へと逃げ込んだ。怖い大人たちがタバコを吸っていたが、リュードを見ても誰も止めようとも声をかけようともしなかった。

「ここまでこれば大丈夫だろう。なあ、後は頼んだぜ」

 大人たちは「まかせな。ここは俺たちが引き受けた」と親指を立てていった。「いつもわりーな」と言うと「いいってことだよ。それよりも早くいきな。あそこの親父は口うるさいからな」そう言って、代わりに路地裏を出て追ってきた親父を引き留めてくれた。

「あいかわらず顔が広いなぁ」

 両手を組む少年がいた。スカーフを巻いた黒色の髪をしている。炎のような真っ赤な瞳が特徴だ。

「マハト…お前、それすげぇーな!」

 マハトの横には高くついた黄金色の杖が入っていた。

「だろ。カフェでくつろいでいた老人からかっぱらったんだ。そうしたらサングラスをかけた大人たちが追ってきたけど、全部巻いてやったぜ」

「さすが! 俺なんかよりずっと腕がたつよな。本当にすげぇーぜ!」

「おいおい、おだてるなって。オレに掛かればこんなの朝飯前だ!」

 キシシ…と笑い合う二人の前に赤毛の男が現れた。赤毛の男は黒いフードを被り、息遣いをするたびにドラゴンのように炎の息を吹いた。

「だっ、だれだ!!」

 赤毛の男に気づいたリュードが叫ぶも、一瞬にして二人を気を失わせてしまった。その様子を見ていた見張り役の男たちは「ひぃっ」と怯み逃げて行った。

「……ちと強くなりすぎたか。待ってな…リリシア。再戦といこーぜねーか」

 不穏な空気が包み込む。真っ赤な炎がまるで霧のように旋廻している。風もないように炎の風が赤毛の男を包むようにして渦を巻き、そして消えた。

「ふぅ……」

 その様子を見ていた少女が陰ながら震えていた。少女の名はエミリア。リュードとマハトと一緒にスリ・ドロボーをしている一味であった。緑色の髪が特徴的な女の子だ。歳は十も満たない。

「や……やばい……!」

 エミリアはあいつが何者かを知っていた。ラード一家の頭アーノンだ。ラード一家には三人の頭がいて、それぞれが対立するようにしてラード一家の真の頭なるために身内で争っている。それがなんでこんな場所にいるのだろうか。それに、マハトやリュードが一瞬にしてやられるなんて。あの逃げ足が速い二人が簡単に捕まるなんてありえない。

「ちっ! はずれか……やっぱー…自力で探すのも面倒だなぁ」

 アーノンはなにかを探しているようだ。いったい何を探しているのだろうか。ここからは見えない。場所を移してもっと見えるように……「ばあっ」とエミリアの背後に立っていった。いつの間にか移動していたのだろうか。気づかなかった。

「こんなところで何しているのかなぁ」

 エミリアの心臓が激しく鼓動する。背後に立つ男はラード一家の頭アーノン。息を数だけで喉がチリチリと焼かれるような痛みに襲われる。息を吸うことも声を出すこともできない。恐怖心だけが身体中を支配していた。

「へぇー。いいねぇーその表情。可愛いじゃーん。俺様好みかもぉ~」

ニヤッと笑みを浮かべるアーノンはエミリアの頬に手を当てる。触れられたところから熱を帯びていく。

「おーっと、忘れるところだった。ねえ、君はリリシアっていう子…知らないかなぁ?」

 アーノンはニタニタと笑みを浮かべながら首筋に手を当てる。そこが焼き焦げるかのような臭いとともに激しい痛みに襲われ、塞ぎ込む。両手で押さえると燃えたような痕ができていることに気づき、一層恐怖で顔が引きつった。

 エミリアはただ、顔を左右に振って知らないと答えると、アーノンは「ふうーん」とつまらなさそうな表情をし、エミリアから離れてどこかへと行こうとする。その隙をついて逃げようと駆け出すも、炎の柱がエミリアの身体を覆うようにして現れる。一瞬にして消し炭にされてしまった。その様子を建物の屋上から見守る一人の青年が見ていた。

「アイツがアーノン。頭の言うとおり、危険な…男(ヤツ)だ」


**


 井戸から二人の影が飛び出してきた。ゲホゲホと咳き込みながら少年と少女が飛び出してきたことに町の住民は驚いていた。

「なんで…井戸の中から出てくるのよ…!」

 リリシアが咳き込みながらシルウィーに問うと、「だってあの水は井戸からくみ取ったもので、そこでしか出られないんだ」と咳き込みながらシルウィーが答えると「だからって、人目につきすぎます。私だったらもっと別で探します!」とリリシアは反論した。

「とにかく、「水」を探しにいこう。これでヒントは得られたはずだよ。あとは探すだけ……」

 ピクリとシルウィーが止まった。何か気配を察知したのか微動だにしない。

「あの……シルウィー……さん……?」

 シルウィーは周囲に耳を向けた。妖精の声を聞こうとしているようだ。

『おかしいよね。おかしいよね。いつもならエミリアやリュードたちが来るのに、今日は来ないね』

『おかしいよね。いつもならお駄賃がもらえるからって三人一緒に来るのに…』

『なあ、それよりもおかしくないか。この町って…こんなにも怯えていたっけ?』

 妖精たちが妙に慌ただしい。まるで何かがこの町の妖精たちを無理やりに従えさせているみたいで、シルウィーにはそれが不快だった。

「……シルウィー……さん?」

 シルウィーはどこかへと走っていった。

「待ってください! 私も行きます!!」

 シルウィーを見失いようにと後を追いかけた。

 その様子を屋上から見つめる青年がいた。青年はにんまりと笑みを浮かべていた。

「屋上が好きすぎですね」

 青い髪にバンダナを付け、丸メガネをかけた女性が呆れるように彼に言った。彼は「風が好きなんですよ」そう言って、また町を見下ろす。

「それよりも面白い奴が来たぞ」

「……アーノンを鎮める算段ですか?」

「それよりも面白いことだ。彼とは真っ向から会いたいが……今はよしておこう」

「はて? 何を言っているのやら」

「アーノンに伝えておけ。「キミが探している奴がいるぞ」って」

 不敵な笑みを浮かべながら彼は去っていった。

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