それぞれの物語
第1話 2人の物語
『コトルルク岬』での恋話し。
中央共和国から東に行くと『コトルルク岬』と呼ばれる観光スポットがある。真昼なのるに日が差さず星々がキラキラと輝く不思議な場所である。左右海に阻まれた断崖絶壁でその先に一センチほどしか歩幅がないつま先がある。そのつま先で将来付き合いたい人と一緒に立って誓いを立てれば叶うとされている。そんなつま先で事件が起きた。それは若い男と高齢の女がつま先で立った時、ふと強風が吹き荒れ、女が落ちそうになった時とっさに男が助けたときにバランスを崩し、男は帰らぬ身となってしまった。この話を聞いたのはちょうどワシがまだ若いころだった。その場面を見たという人が言うには、男が落ちていく様を何もできず悲しむ女がそこで立ち尽くしていたという。
その話を知ってかいなか、噂は圧倒間に広がった。恋を誓えば必ず結ばれるといわれた岬が、片方を死なせることで恋というものを根本的に壊したと。その話を信じた者たちは皆、その岬から遠のき、それから噂のことを知らない者かその噂を信じて度胸試しで来る者しか来なくなった。そのせいか、『コトルルク岬』の恋結びの話はやがて『恋人(ならず者)を別れさせる』というレッテルを張ったまま十年以上がたった。
ワシはこの岬に来ては、ある人とあってはこの噂は事実ではないことを突き止めた。それは当時助かったという女の証言を聞くことができたからだ。
女はあの日以来、遠い小さな片田舎で静かに暮らしていた。女は恋人を死なせてしまったという悔やみきれない悲しみと世間からの『コトルルク岬』の幸福を消してしまったと世間や地元の人たちから比喩され、自分のことを知らないこんな田舎町まで逃げてきたという。
女は語った。すべてさらけ出すようにして語った。そして、それは将来墓の中までもっていく女の遺言でもあった。
「私は、彼からの暴力から逃げ出したくてあの岬を選んだのです――」
ワシは目を疑うことはなかった。女はそう言うと、安らかな顔をしながら言うのです。ああ、やっぱり間違っていなかったと。
「世間は私のことを恨みました。それは生まれ場所を追いやられ、家族に危害を与え、私はすべてを失いました。世間はどうして、私を悪者にしたのでしょうか。あの日、風が吹かなければ彼は死なずに済みましたが、私は死という恐怖に包まれていたでしょう。あの日、私は死ぬ覚悟であの岬に訪れました。ですが、天使の助け舟だったのでしょうか風が吹き、私は堕ちようとしていた矢先、天使が代わりに彼を突き落としたのです。彼は私の手を握っていました。いつもなら握るなんてしないのに…私は悲しむというよりも嬉しくて笑いを抑えるのが必死でその場から動けませんでした。ああ…助かったんだって。ですが……世間はそんな私を許さないのか……すべて絶望してしまったのです」
女はそう言い終えると、黙ってしまった。ワシは女に彼はどんな気持ちであの岬に連れて行ったのかはわかりません。ですが、暴力という力任せの支配だけであの岬へ行くなんてそれは命を捨てる覚悟があったからもしれません。いまさら、墓の前で女の答えを聞くことはできません。
この噂はきっと、女が天使に導かれても消えはしないのでしょう。女はすべてを失ったといっていました。それはあり得ません。なぜなら、ワシはあなたの息子なのですよ。
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