魔法大学

第1話 魔法大学

 小さいころ、弟がいた。三つ下で、いつも「にいにぃ」と呼んでいたのを覚えている。いつも遊んだり、宿題を手伝ったり、一緒に食べたりしたけど、いまはその弟すらいない。

 魔物から傷をつけられたことを魔障を付けられたと呼ぶ。

 あの日、弟と一緒に修学旅行に出かけたことだ。小学校は少子化のため人口が少なく全生徒で7人しかいなかった。6年生の自分と話したこともない大葉(おおば)くん、3年生の弟、後は5年生に1人、4年生に1人、2年生に2人を含めて7人。来年には他の学校と統合する形でこの学校は閉校となる。最後の修学旅行のためか、バスの中は空気が悪かった。もっぱら弟だけ何も言わなかっただけであり、他の生徒たちは大いに盛り上がっていた。

 修学旅行は岐阜県の下呂市に来ていた。かなり遠くて一時間以上かかったうえ、2年生の1人が吐いてしまったことにより、予定よりも時間がかかってしまった。

 先生が集合をかけ、下呂市で温泉に入るため一緒に行動する。この時の先生は温泉好きで有名で、いろんな温泉に入ることを夢見ていたとか。ちょうど校長先生の息子が下呂で働いていたこともあり、そのツテで一泊することができたそうだ。

「それではグループに分かれて行動してください」

 分けられたのは大葉くんと自分、弟の3人だった。付き添いで校長先生がつく。他の生徒は先生1人とバス運転手(学校で雇っている人)がつくこととなった。

 先生は温泉しか観光名所はないといっていたが、大葉くんが寄ろうといくつか提案していた。校長先生も初めて来たこともあり、道に迷いながらもマップを頼りに下呂温泉博物館を目指した。川魚のつかみ取りを体験し、弟は非常に喜んでいた。疲れたころ、校長先生が先に買っていたようで下呂プリンを食べて弟は始終楽しんでいた。それを見て、ぼくも喜んでいた。大葉くんとはこの時ばかりか仲良くなった。同じ部屋だったうえ、露天風呂付客室だったため、景色を楽しみつつ風呂に入った。山の中では見飽きたであろう景色がまるで初めて見たかのような感動を味わいながら、のぼせるまで大葉くんと弟と話した。そのあと校長先生と合流し、豪華な食事を食べた。どれも魚の幸や新鮮な野菜、飛騨牛を食べた。山の中じゃ決して味わえないそんな時間を楽しんだ。

 そして枕投げや肝試しをした。肝試しは大葉くんの提案で夜忍び歩きで外出し、近くの建物を見ながら歩いた。途中で夜遊びしていたと思われたのか警察が来たようで慌てて逃げた。ホテルに戻ると、疲れたのかゆっくりと眠ることができた。

 魔障に障る――それは帰りのことだった。バスに乗って山へ実家へ帰る途中での出来事だった。

 弟と窓に向かって指さしてあんなことやこんなことがあったと話していたとき、バスが何かと衝突し、そのはずみでバスは横転した。目を覚ました時には、何時間ほど眠っていたのか外はすっかり夜になっていた。弟の名前を呼び、みんなに呼びかける。すると、大葉くんがぼくの手を引っ張り外へ出してくれた。

「み……みんな……」

 それはおぞましい光景が広がっていた。ゾウかなにか得体のしれない大きなものがバスを踏み潰したかのように足跡が大きく残っていた。ぺっしゃんこになったバスのなかは潰れたハンバーガーのように鉄くずや椅子が挟まれ窓はすべて割られていた。その中に一緒に来ていたであろう仲間たちが無残にも潰されていた。それは見るに堪えないほど原型を保っていなかった。

「うおえええっっ」

 昼間に食べたであろうものを吐き出した。それはもう液状のものでしかなく、ただ単にすっぱいものが口の中に広がるばかりだった。

「な、なんでだよ…どうして…こんなことに…みんな……みんな……」

 涙と鼻水で上手くしゃべれない。みんなのことを思い浮かべていると、弟の姿を思い出す。そうだ、弟は、大丈夫なのだろうか。ハッと我に返り、弟を探すためバスへ戻ろうとする。そこに誰かが服を掴んだ。大葉君か? そう思ったが「にいにぃ」その声を聞いた途端、弟だと確信した。

「弟!」名前を呼び、振り返った。そこにいたのは、弟じゃなかった。頭はぱっくり分かれ、中に得体のしれない大きな口がパクパクと開けながらそこから声を発していたのだ。本来なら骸骨があるはずであろうところは永代の知れない怪物の肉ダルマになっており、弟の顔と体は革の部分しか残されていなかった。

「にいにぃ」その声を聞く度に、これは夢だと弟と思わしき肩を掴んで叫んだ。喉がかれるほど叫んだ。大葉くんに掴まれるまで叫び続けた。

「おいっ」

 大葉君の呼びかける声と同時に、何か鈍い痛みを感じた。左手を注射器のようなもので打ち込まれていた。弟の身体を手に入れた怪物は「入れた入れた入れた」と言い、左手になにか得体のしれない物を注入していくのが神経を通じてわかる。慌てて引き抜こうとするが引き抜けない。まるで魚釣りをする針のように引き抜けない。

 そうこうしているうちにケタケタと笑う弟だったものはみるみる蕾から花を咲かすようにして六枚に裂いていく。そして口だったものは蛇のようににゅ~と伸びていく。それはもはや弟ではなく化け物だった。

「うわあああああ!!」

 悲鳴を上げる。そこに大葉くんが化け物に向かって「うおりゃあ!」と鉄板のようなものを放り投げた。化け物の口に見事に命中し、悲鳴を上げその場にへたりこむ。大葉くんは「早く」と引っ張った。左手に刺さったものが痛くて「ダメだ、動けない」というと、大葉くんは手に刺さっていたものを魚の針を抜くように綺麗にとった。大葉君はぼくの手を握って走った。

 そのあとのことは覚えていない。大葉君とあの夜のこと、弟に何が起きたのか、みんなはどうなったのか、あの事故の真相はなんだったのか、そのことはすべて夢であるかのように忘れ去られた。長い長い年月が経ち、ようやく思い出したころには、魔法大学で大葉君と再会した日だった。

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