第5話 お屋敷

 遠い山のふもとの中に大きなお屋敷が佇んでいる。周りには鬱蒼とした森と岩場が広がるばかりでこんなところに人が住むには生活に不便だろうなと思うようなところにあった。三階建てでとてもじゃないがどういう方法で建てたんだろうと思うほど豪邸だった。

 デンジャ先輩の最も尊敬するバス停の老人ツグミさんからのお願いできた。デンジャ先輩がどうしても困っているツグミさんを助けたいといい、仲が良いレノフ先輩と一緒に訪問しに来たわけなのだが、どういうわけか出迎えも歓迎もない様子だ。ツグミさんいわく、昔のお友達からご紹介の手紙が来たらしい。だが、その友達はかれこれ三十年以上音信不通だったのこと。それが今になって届くなんておかしな話だ。

 ツグミさんが渡してくれた住所はここで間違いがないようだ。本当は本人が行きたい様子だったが現役の頃と比べるとすっかり年老いてしまったと嘆いていたこともあり、代わりに私たちが行くことにしたのだ。本当は、デンジャ先輩の欲しい人形がツグミさんの家にあったことから交換条件で引き受けたのはデンジャ先輩の秘密だ。

「立派なお屋敷ですね」

 私がそう言うと、レノフは首を傾げた。

「立派だが…周りは不気味な森ばかりだ。早めに帰りたいものだ…」

 いつもの強気なレノフ先輩にしては弱気だ。なにか苦手な物でもあるのだろうか?

「レノフ、この建物明らかに臭いが違う。まるでこの建物自体が生き物のように感じる…」

「やはりそう思うか。俺もそう思った」

 デンジャ先輩のいうことに便乗するレノフ先輩。レノフ先輩の頭と感覚ではそこまで敏感じゃないだろうと思うところだ。

「手紙の差出人はここで間違いがないようです」

 再度手紙を確認する。確かに住所は間違いはないようだ。それにしてもなぜこんな場所にこんな立派なお屋敷があるのか。それに中庭も今もきれいにされているほど、多くの従業員が働いているのだろうか。

「待っているのもあれだし、入ってみようぜ」

「レノフ先輩! 正気ですか」

「正気だよ。そもそも、手紙の持ち主の安否を確認しに来たんだ。それがどうして迷う必要がある。もし危なくなったら、俺たちがついているんだぜ」

 レノフ先輩はグッと親指をたてて励ましてくれていた。だけど足がブルブルと武者震いしている辺り、苦手なものが中にあるようで無理強いしているようで気が引きない。

 中に入ろうかとしたとき、デンジャ先輩はふいに止まり、「周りを見てから入ることにするよ」と、周りを探索してから入ると提案した。それにレノフ先輩は黙っちゃいられなかった。

「おいおい、俺達仲良しだろ。一緒に入ろうぜ。ミホシも怖がっているしさ」

 私は別に怖がってもいないのだけど。レノフ先輩…怖いんだな。だから、デンジャ先輩も無理に誘うとしているのだろう。バレバレだぞ。

「悪いけど、私は一人で動きたい。もし、何かあればこの子たちが何とかしてくれるから」

 そう言って、デンジャ先輩は袖に隠してあった筆を取り出し、ほいっと杖を振った。するとペンギンのぬいぐるみが現れた。ペンギンに詳しくはないのだが、「皇帝ペンギンです。帝(てい)ペンと呼んでください」ほいっと手渡された。よちよちと足をバタつかせている。触ってみたところフワフワしていてとてもやわからない。これを枕代わりにしてもいいぐらい心地よい。

「あくまでも貸しだから。勝手に枕代わりにしないでよ」

 バレていましたか。

「もし俺の方でも何かあったら、走って逃げるぜ。俺の瞬発力は誰にも負けないからな」

「頼もしいな。それじゃ」

 二人は別れて私はレノフ先輩の後を付いていく。レノフ先輩は私から帝ペンを取り上げ、「私が代わりに持つよ。ミホシはなるべく手ぶらの方がいいだろう」と杖をいつでも使えるようと気を使ってくれたようだが、レノフ先輩は顔が真っ青だ。

 豪邸の中はいまもきれいにされているようで蜘蛛の巣、埃ひとつもない。今も従業員が働いているのだろうか。それにしても人気どころか猫一匹気配がしない。本当に、ここはツグミさんのお友達が暮らしているのだろうか。

 一通り部屋を見て回る。どの部屋に行っても人間はいない。むしろこれだけ回っているのに一人っ子合わないなんておかしすぎる。レノフ先輩に「ここ、なにかおかしいです」と呼びに振り返った瞬間、景色が変わっていた。

 振り戻すも先ほどいたお屋敷はどこにもなく、代わりに鬱蒼とした森が広がっており、空は真っ赤に染まっていっそう不気味だった。

「レノフ先輩! デンジャ先輩!!」

 二人の名前を口にするが一向に返事が返ってこない。おかしい、おかしい、これはいったいなにが起きているのだろうか。嫌な予感がして胸が震えてくる。袖から杖を取り出し、杖を振る。

 六角形のガラス片が自身の周りを囲んでいく。一種のバリアのようなもので、一度だけならあらゆる攻撃から身を守ってくれる基本中の魔法の一種だ。ただ、デンジャ先輩やレノフ先輩ならこれを多重に仕掛けたりすることができるため、私はまだまだだ。

「二人は今頃、どうしているのだろうか」

 歩き回ることにつかれ、太めの木にもたれかかっていると誰かがこっちへ来る人影を見かけた。もしかしたらレノフ先輩かデンジャ先輩かと声を上げようとしたが、ぐっと口を手で押さえて息をこらえた。

 ゆっくりとまるで亀のような速さで移動するそれは、人間にそっくりだ。だが、遠くからでもそれは人間ではないのだと、私はとっさに気づいた。杖をその人影に向ける。その人影はじわじわと近づいてくる。それがなんなのかを分かった時には、私は攻撃をしていた。

「チェーンブラッド!」

 自らの血を媒体に召喚する赤い血塗られた鎖。杖をかざすと同時に自信の手首を小さく斬り血を吐き捨てる。召喚された血の鎖はそいつを縛り上げる。そいつは「う・わ・あ・あ・あ」とうめき声をあげていた。機械交じりの音声で不気味に鳴いていた。

 鎖に縛られ動けないでいるが、じわじわと鎖を引きちぎり引き抜いていく。五つの鎖を召喚したが信じられないほど力強く、亀のような遅いにもかかわらず鎖を三本引き抜いてしまった。そして、そいつの正体が判明すると同時に私はその場から逃げるように走り出していた。

「やばいやばいやばい」

 そいつは生きた人間ではなかった。ゾンビのように半分肉が落ち、骨が見えるほど腐っていた。ゾンビと思わせるその姿だが、黒い鎖のような模様がそいつの身体にびっしりと覆われているのが見えた。その鎖の痕は魔女学校の授業で聞いていた。

「黒い鎖のようなものが体中につけられていた場合、その人はなんらかの呪いにより身体と精神の自由を封印されていることを示しています。もし、このようなものを視た場合は、呪いのきっかけとなったものが必ずと近くにあることが多いです。ですが、魔女として基本ですがこのような呪いに関するものはどのような事情があろうと首を突っ込むのはよしましょう。呪印に長ける術者であろうともその呪いを解くということは、命を破り捨てること――すなわち死を覚悟することです」

 先生の長話はとても面白いものが多い。その中でも印象が深かったから覚えていた。

 あの人…鎖のような呪いを付けられていた。先生が言うようにあの人はきっと何かが原因でこの場所に縛られてしまったのだ。なら、解放するにはこの森のどこかにある呪いを解くものがあるはず。それを見つければきっとこの場所から元の場所に帰れるかもしれない。

 鬱蒼とした森の中を迷うこと一時間、ようやくそのありかを見つけることができた。

 木々がその場に入りたくないかのように空き地があった。その中心部に遺跡のようなものがあった。畳一枚ほどの広さしかないが、古びた石造りの建物がそこにあった。その遺跡の中へ入ろうとしたとき、何かが顔に向かって飛んできた。パリンっと音を立ててバリアが破壊された。危なかった。もし、バリアがなかったら死んでいたのかもしれない。

 再度杖を振り、バリアを張った。中に入ると、1つの箱が置いてあり、箱の中身は空っぽになっていた。

 箱に手にするなり異臭がしてすぐ箱を投げ捨ててしまった。箱はカランっと軽く音がなりその場に転がっていった。とても軽い。まるで箱自体が空洞のようでもう一度投げるとカランコロンと音が鳴り響いた。

 そうこうしていると、先ほどの人影が追いかけてきたようで、入り口の正面に立っていた。すぐにこの箱をどうにかしようと考える。入り口はひとつしかない。でも、この箱をどうすればいいのかわからない。帝ペンがあればなにか知恵を絞ってくれたのかもしれないが、今はレノフ先輩が持っているから頼ることはできない。

「う・お・お・え・え」とそいつは手を伸ばしながらゆっくりとくる。ホラーゲームさながらゆっくりとした足取りで追いかけてくる化け物のようだ。

「やめろ! くるな! あっちへいけ!」

 私は杖を向け、とっさに呪文を呼びあげる。

「なぜ!? 魔法が発動しないの!!?」

 いつもなら杖をかざして想像するだけで火の玉や氷の柱など攻撃魔法が炸裂しているはずだ。それがどういうわけか不発してしまう。ハッと、箱を抱えていることに気づき、それを一旦台においてから、魔法を再度放つ。

「う、うてたああーー!!」

 杖の先端から火の玉が発射し、そいつに向かって着弾した。真っ赤に燃え上がりながらもそいつは足を止めることなく近づいてくる。

「く、くるなああーー!!」

 杖の先端から氷の柱や雷の矢、火の玉を打てるだけ打つ。そいつは次々と着弾するも動きを止めない。なぜこんなにも攻撃しているのに怯まないのか。それに、なぜそいつはこっちへ向かってくるのだろうか。私はとっさに台に置いてあった箱を手に取り、そいつに向かって投げた。すると、箱はそいつに当たる瞬間、真っ白く光った。辺り一面真っ白い閃光がつつまれ、私はようやく元の世界に帰れた。

「ミホシ! 無事かああ!!」

 レノフ先輩が私を抱きかかえて見下ろしていた。レノフ先輩は急に倒れたといい、私を何度も呼びながらデンジャ先輩がいる外に向かって走っていたようで、体中は汗びたりだった。

「せ、せんぱ…い」

「いまデンジャを呼んだんだ。すぐ治療するから待――」

 真っ白い空間の中で、私を追いかけていたそいつと合った。周りには何もなく。ただその人と私だけしかいなかった。その人は男の人で、とても裕福そうな身なりをしていた。声は聞こえないが何を伝えようとしているのか何となくわかった。

 その男は箱を見せ、私に手渡した。

 男はそのまま真っ白い世界に消えて行き、次に目が覚めたころには寮にいた。ちょうどセラノ先輩が治療を終えた後だった。

「無事に回復したわ。後は、身体にいいものを食べさせるだけ」

 レノフ先輩は感激のあまりセラノ先輩に抱き付いていた。セラノ先輩はうっとうしいように両手で阻んでいた。

「わたし、…いったい……」

 レノフ先輩が覗き込み、「まだ順調じゃないんだ。まだ眠ってろ」と安心させていた。そこにデンジャ先輩が「眠る前に報告だけしてもいいんじゃない」と、「そうだな」とレノフ先輩は相槌を打った。

 「私は一人で、外にいた。鬱蒼とした森の先で、一人の老人と出会った。その人は裕福そうな格好をしつつも顔はまるでやせ細っていた。まるでこの世にない者をみて衰弱してしまったかのような顔をしていた。その老人はこう言ったの。『私の半身を取り戻して』と、そのとき帝ペンが唸った。二人に危機があったと。それで私は二人を追いかけ、中に入ろうとしたときだった。レノフがミホシを抱きかかえて走ってきていた。何があったのかを聞いていた時だった。屋敷が急に寿命を終えたかのように崩れていった。豪邸だった建物はみるみる廃墟となっていき、私たちが遠くへ離れたときにはすでにあとがたもなく消えていた。そして、あの老人から『ありがとう』と礼を言って消えていった。あの手紙の持ち主はきっと彼なのだろうと思った。あの手紙を見せたとき、微かに老人は懐かしそうに笑っていた。そして、眠っていたミホシがきっとなにかしたのだろうと思った」

 デンジャ先輩がそう言い終えると、レノフ先輩が付け足すようにしていった。

「あのときはマジでヤバかったよ。だって急に豪邸だった建物が崩れだしたんだぜ。そりゃ焦る。ものすごく焦ったよ。人を抱きかかえて走ったのは何年ぶりだったかとてもくたびれたよ」

 レノフ先輩は焦ったぜと清々しく語っていた。

「あのあと、ツグミさんに報告しにいったよ。そしたら、ツグミさん曰くあの手紙は三十年前にツグミさんから送った手紙だったらしいんだ。それがどういうわけか三十年後である現在に送り返されてきて驚いていたそうだ。それで何かあったのだろうと心配して私たちが代わりにいったんだけど……」

「だけど…?」

「ツグミさんが覚えていないんだよ。私たちがツグミさんに頼まれていったのに、ツグミさんは頼んだという話を忘れていたんだ。手紙のことは覚えていたんだけど、”私たちに頼んだ”ではなく”自分でいった”に変わっていた。『ボケたのかもしれない』と失礼ながらレノフはいったんだ」

「俺もさオカシイと思ったんだよ。話が合わねえんだ。それで、女将さんに聞いたんだ。ツグミさんのこと。そしたら、『あの人は年々おかしなことになっとるよ。記憶が変わるんだ。まるで自分じゃない別の人のように話すんだよ』って。もしかしたら、ツグミさんは――」

 そことまで言い終えて、レノフ先輩は口をつぐんだ。

「とりあえずお休み。また、お話ししましょう」

 私は再び瞼を閉じた。

 真っ白い空間の中で、裕福そうな男と合った。男は気まずいのか私から箱を取り上げた。箱は男が持っていくというようにして再び消えていった。

 目が覚めると、もう朝だった。急いで支度の準備をしてバス停に向かった。そこにはツグミさんだけがおり、まだデンジャ先輩たちは来ていなかった。

「おはよう」

「おはようございます」

 隣の席につき、緊張ながら昨日の件を尋ねた。

「ええ、聞いたわよ。大活躍だったそうね」

 私は照れながらあの手紙について聞いていた。

「三十年前に送った手紙が三十年たった現在(いま)に送り返されたときは大変驚いたわね。まあ、あの人はジョークが好きな人だったから。懐かしいわね。同じチームで幾度と対戦相手を泣かせてきたもんだわ。主に、あの人の煽りが原因なんだけど…」

 懐かしそうにツグミさんは昔話をする。

「あの人はね、私に恋心を抱いていたのよ。同じチームになってから何度もプロポーズされたけど、私は毎度「好きな人とお相手する気はないの」と振っていたのよ。そしたら、「俺のことが嫌いになったら付き合ってくれるんですか!」って無邪気にも本気になってしまってそれからジョーク混じりなことをしたり相手のことを罵ったり煽ったり、次第には手紙のやり取りを私だけ破り捨ててしまったりと本気になっていくのが笑えたわね」

 その人…本当に好きだったんだろうな。けど、えぐいほどからかい続けるツグミさんも相当だなって思った。

「魔法大学を卒業して、別れ離れになって。私が魔女学校に入ったと聞いたときには、「俺も入る」と言ってきたけど、女だけが入れる学校だっていったら「俺も女になって編入する」っていうのよ。ほんとうに頭のネジが飛んでいるわね」

 相当こじれているなーと思うが、これは言ってはいけないような気がしてそっと胸の奥の扉にしまった。

「そして、三十年ぶりに手紙を出したのよ。「あなたのことが嫌いになったわ」って。そしたらどう返事をしてくれるかなって。……だけどあの人は手紙を返してはくれなかった。私のことが本当に嫌いになったのかもしれない」

 ツグミさんは一粒の涙を流した。昔を思い浮かべながら本当にその人が好きだったのか。今にして思えばわからないけど。その涙はきっと彼のことが好きだったのかもしれない。でも、魔女になった人たちはみな、生涯結婚することや子供を産むことは叶わなくなる。それが魔女になるっていう代償なんだということを。きっとその人は知っていたのかもしれないし知らなかったのかもしれない。だけど、ツグミさんは魔女を目指していなかったらきっと付き合っていたのだろうと思う。

「……ありがとうね。あの人の呪縛を解いてくれて」

「え」

「あの箱はね、私を嫌いにするために送った箱なの。永久なる時の牢獄に閉じ込める魔法の箱。そのうえ、相手の肉体や精神の自由を奪い、想い人さえ記憶ごと封じる。魔女って嫌なイメージが多いでしょ。つまり、そういうことよ」

 そのときはじめてツグミさんは不敵な笑みを浮かべた。魔女だからこそなのか、それとも本心から見せる顔なのだろうか。この時の私はまったくわからなかった。だけど、魔女として真に目指した人は必ずといって通る道。たとえ、好きな人であったとしても棘の穴へ落さなくてはいけなくなることもあると。

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