魔女の弟子は妖精と会話する

第1話 魔女の弟子は妖精と会話する

 深い深い森のなか。獣や鳥たちはこの森の奥に住むことを避けるほど暗闇に包まれていた。太陽が昇る昼間でも月が昇る夜間でも光がきかない禁断の森だった。この近くに住む人間でさえ襲えられているほどだ。人間が立ち入ったその日には二度と帰ってこられないという。一歩でも踏み入れば方向がわからなくなり昼間でも視界が霧に包まれてしまったかのように見えなくなってしまう。そんな森のなかを一人の少女リリシアが入ろうとしていた。

「おやめなさい」

 村の長を務める若い娘が必死に止めていた。この森で何千人以上の人が飲み込まれていったのか数えることを前の長が病めてしまうほどこの森に関わることを避けるよう代々伝えられてきた。若い村長はこの森が代々の教えでこの森に近づく者は命を捨てるのと同意だと聞かされ、長年人が立ち入り消えていった現場も見ていたことからこれ以上の犠牲者を出したくないという思いで森の近くに自宅を置き、長年監視しているのだ。そうしていたら、やはりというべきか噂を聞いた若者や年寄り、腕に自信がある者やあらゆる道具を持ち込み開拓を希望する者やら後がたたず。必ずと言ってその人たちは変な自信を持っており、若い村長の説得に関係なく突き進み、そして消えていった。そうしたことから、この村に近づく者は消えてしまうという変な噂が流れてしまい、総人口が110人いた村では今は8世帯しかいない22人の小さな村へと変わってしまった。

「私は行きたいのです。この先に用があるのです」

「あなたはまだ若いのです。ですから、命をある限り、その自信を他の道へ目指してください」

 若い村長なりの説得もリリシアには届かず、結局見送ってしまう。若い村長は自分の力なさに自覚はしているが無理に止めて村の者が殺されたことも何度かあったことからそれ以上追及も止めることもしなかった。

 そしてまた一人と消えていった。


 森のなかに入ったもののすぐに方向がわからなくなってしまった。持ってきていた磁石はグルグルと高速回転し始め方角がわからなくなってしまった。それでもかとパンくずを置いて見たり気にローブを縛り付けて目印を付けて着たりといろいろと工夫してきたけど、どれもすぐに消えてしまった。

 この森はやはり生きている。他の森とは違う。草木や苔、キノコといったあらゆる生物たちが己の糧のために生物を招き入れ惑わせ喰らっているのだという噂はあながち嘘ではないようだ。

「困ったわね」

 道がわからなくなり、そのうえ方角も見失ったリリシアに魔の手が襲い掛かる。何かに躓き、転んでしまった。

「え…! 嘘で……しょ」

 ズキと足が痛み、動けなくなってしまった。どうやら倒れたときに足をねん挫したのだろうか。動くことができない。木を背もたれ代わりにして誰かが通らないかどうか待つことにした。というよりもリリシアは半分諦めかけていたのかもしれない。光が通さない暗い森のなか、今日が何日で何時で、自分はどこへ行こうとしているのかさえ分からなくなりつつあった。気がおかしくなっても仕方がなかった。だけど、リリシアはあるべき場所へ向かうことだけは忘れることなく、そして諦めることなくなんとか前へ進もうと思考を張り巡らしていた。


『こっちだよー』

 暗い森のなかで指先ぐらいのサイズの小人に呼びかけられた少年が向かっていた。少年の名はシルウィー。妖精の声が聞こえると不気味がられこの森に捨てられた孤児であった。シルウィーは妖精の声を頼りに歩いていると、木を背もたれにし半分目が閉じようとしているリリシアがいるのを見つけ走り出した。

 リリシアはこと切れそうだった。この森はどんな生物であろうと命を弄び奪おうとする。どんな理由や希望があろうともこの森に入れば一瞬にして失い、そして自分という存在も忘れこうやって命を簡単に捨ててしまう。この子は早かれ命を経とうとしていた。だけど、発見が早かった。

「どうしたらいい?」

 シルウィーは妖精たちに語り掛けた。この人を助けたいと、シルウィーは願ったのだ。そうしたら別の妖精が現れこう言った。

『あっちに薬草があるよ』

 スズランの姿をした小人が北の方へ指さしていた。

「ぼく、調合の仕方知らないんだけど」

『ぼくたちが教えてあげるよ。だからシルウィーは採ってきて』

 シルウィーは頷き、急いで薬草を取りに走った。

 すぐに調合をはじめ、苦戦しながらも妖精の教えによりようやく完成し、それをリリシアに飲ませた。最初は怪我をした足に塗り、持ってきていた水を含み増せながら汁にして、口に飲ませる。最後は妖精のひとりがリリシアの口の中に入り、命の灯に火をつけ、ようやく目を覚ますことができた。

 リリシアは最初は戸惑っていたが、時期に記憶を取り戻し、目の前にいるシルウィーを見て歓喜した。

「ありがとう! 助かったわー!!」

 両手でハグしながら飛び跳ねた。怪我をしていたことも忘れるほどリリシアは命のありがたみを心から感謝していた。

 しばし時間を経てから、リリシアはシルウィーにこう語りかけた。

「私はね、魔女になりたくてこの森に来たの。そうしたら道がわからなくなって、持ってきていた磁石や木に結ぶローブなどあらゆる帰り道を前もって準備していたのにどれも無駄になったわ」

「この森は、生きる者を帰らせないから、多分、森の妖精たちが隠したんだろうね」

「ところで、先ほどから妖精って…」

 ハッとシルウィーは口を滑らしたことに詰まってしまう。シルウィーはそれ以上語らないようにしようと「リリシアは魔女になりたいんだよね。ぼくがお師匠様に合わせてあげるよ」と話しを逸らそうとしたが「逸らさないで、妖精っていったのよね、あなた…もしかして見えているの?」と尋ねられシルウィーはそれ以上言えなくなってしまう。お師匠様から散々妖精のことは口にするなって言っていたのにすい口を滑らせてしまったばっかりに言い訳が途端に思いつかなくなってしまった。

『正直に言えばいいんじゃん。経るもんじゃないしさ』

『バカ、ここは見えないって正直に言うんだ。ぼくたちのことはシルウィーにしか見られてないし、その存在はシルウィー以外に知る由もないさ』

『だけど、せっかく女の子が来たんだよ! ここで掴まない男がいるかい』

『今はそんな話をしていないよ! 少しはシルウィーの気持ちも考えろよ!』

 あーだこーだと揉み始める。各種いろんな妖精たちが騒ぎを聞き駆けつけてくる。揉める妖精同士を止めるがらちが明かない。そこに先ほどのスズランの妖精が来て提案した。

『シルウィーはさあ、その子に本当のことを打ち明けたかったら話してもいいと思う。だって魔女になりたいんだろ。遅かれ早かれ妖精たちのことも知るいい機会だと思うんだよ。だけど、それはいまいうことかどうかはシルウィー次第だと思うんだ』

 スズランの妖精にそう教えられ、シルウィーは答えを導き出した。

「妖精はお師匠様からの教えなんだ。本当の魔女や本当の魔法使いは妖精の言葉を聞けねぇ奴は真の魔女と名乗っちゃいけないんだって! だから、辛い修行を耐えてようやく見えるようになったんだ。リリシアは魔女を目指すんでしょ、なら、ぼくと同じ妖精を見えるようになることから始めようか」

 それを見ていた他の妖精たちが一斉に罵り始めた。

『バカヤローそこは男ならひとつ襲って見せろって!』

『うわきものー!』

『やっぱバカだ! 肝心な時に行動できないおぼっちゃまだ!』

『はっきりと言えばいいのによー逸らしやがったぞこいつ!』

『こいつの脳に直接作り替えるやついないか!』

『バカ! 洗脳する気か!? 俺達の仲間にそんな奴いねーよ!』

 あーだこーだと再び揉める。妖精たちはどうも自分たちの意見を出張したくて仕方がない様子だ。

「うるせーよ」と小声で黙らせるも聞く耳を持たずまだ揉めていた。その様子を見ていたリリシアは不思議そうな顔をしていた。

「そこにいそうなの? 私にはよくわからないけど、妖精さんはいるのかな?」

 答えづらくいると、カンテラを持った灯篭が飛び跳ねながらやってきた。お師匠様が召喚した使いだ。おそらくあまりにも遅いことから心配してよこしたのだろう。別にそんなことをしなくても妖精の導きがあればわかるのだが…おそらくリリシアに用があってよこしたのかもしれない。

「可愛らしい灯りだこと。これも妖精さんなの?」

「んーいや、これはお師匠様が召喚した使い魔で、暗い夜道でも明るくしてくれる非常にありがたいものなんだ。この灯りがあれば太陽も月の光も食いつくすこの森のなかでは自由に行き来することができるんだ。まあ、これが必要なのは大切なお客さんが来た時ぐらいだけどね」

 そう言って、リリシアの手を握り、こっちだよって案内する。その手を握った瞬間、あーだこーだと言っていた妖精たちが一斉に振り向き驚愕な顔をしていた。

『ひゅーひゅー!』

『いいぞ! やっぱやれるじゃねーか』

『誰だよ、操ろうっていった奴は』

『やっぱ男だよな』

「うるせーよ」小声でつぶやきながら、カンテラの灯りを目印に魔女の家に向かうのであった。

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