呪いし者々

第―話 呪いし者々

 知の底に沈む奥深い大穴。光さえも通さない暗黒の闇に包まれている。この先に何があり、なにを得られるのか。その答えを誰一人として知っている。それはこの”呪われた力を解放する秘宝”が眠っていることだってことだ。

 黄金のように金銀財宝のように木々が黄金色に光り輝く森。多くの冒険者たちがその地に足を踏み、輝かしかった黄金の森は十夜にして更地にされ、欲深い人間どもが狩りつくしたことにより滅びた。呪いと財宝は紙一重。誰しも口々に冒険者に対して侮辱の罵声を浴びせた。

 欲深い冒険者たちは自分たちに掛けられた呪いなど気にもとめない。むしろ楽しんでいる。それゆえか、本当に呪いで苦しむ者や神秘的な遺跡などを守ろうとする者から見れば厄介者でしかない。

 されど、財宝を求める――彼らの奥底に渦巻く希望は”呪いから解放された未来”であることは誰一人として変わらないのである。


 この世界に生まれた者は皆、呪いを受けて誕生する。呪いは様々で力になるものもあれば一生生活に苦しむものまでさまざまである。この度生まれたばかりの青色の髪に黄金色の瞳と銀色の瞳を持つ女の子が生まれた。後に”魔女の再来”と異名を付けられることとなる。異なる瞳を持ち生まれながらにしてオッドアイの女の子の生活は決して豊かなものではなかった。生まれながらにして魔力を大量に持つ天性の魔女であった。ただそんなことを知らない女の子の人生は暗闇に閉ざされていた。魔力を使う術を知らない女の子は日に日に成長するにつれ、あふれ出す魔力が暴走のように皮膚や頭皮、目や鼻、口から血のように垂れるようになった。常に包帯やタオル、ティッシュを持ち運ばなければ穴から次々に血を垂らした。その姿を見た近所の者々は”真っ赤な女の子(ブラッドガール)”とつけられた。

 女の子はまさに生き地獄。どこへ行こうにもなにをしようにも常に血が流れ、貧血、めまいなどを引き起こし倒れる毎日。その繰り返される中で、女の子の将来に絶望した両親はモンスターの巣窟であったダンジョンに捨てて行ってしまった。泣き叫び両親を呼ぶ声は遠い遠い闇へと消えていき、女の子の行方はわからなくなってしまった。


 生まれながら呪いを持つこの世界で、人々は暮らしている。すべてはダンジョンの奥底に眠る”呪いから解放される秘宝”を巡って血生臭い醜い争いのなか、身を投じる二人の物語である。


**


 人々が行き交う朝市。周りは多種多様の人種とすれ違う。広げられたシートの上で商売をする人々を前に、男は口にする。

「なあ、聞いたか。あの噂」

 黒髪に無精ひげを生やした三十過ぎの男が隣にいる青色の髪に左に尖るような変わった髪をした女に話しかけた。

「洞穴に大蛇がいて食われた話か?」

「違う」

「なら朝市で物乞い集団が儲かっている店から根こそぎ奪っている話か?」

「そうじゃない」

 女の問いに男は続けざまに否定した。

「なら、なんだ! 我よりも其方の方が面白い話でもあるのか」

「…面白い話っということもねーよ」

 女は突然と駆け出す。

「あっおい! せめて聞いていけよ!」

 口元に両手でメガホンのようにして女に叫ぶ。

「裸で冒険者たちを殺し回る奴がいるっていう話だああァ!」

 女は立ち止って振り返った。興味深いような嬉しそうな顔をしていた。

「それはぜひ、お会いしてみたいものだな!」


 店が立ち並ぶ通りを抜けて細々とした通路を抜けると鉄板で無造作に作られた建物が現れた。ここは武器や兵器を開発しているテールマールのお店だ。変わり者として有名で、種族年齢性別問わずに販売するものだから、一部のならず者からは嫌われている。

「まったく。今日は何の用事だ?」

「テールマール。ダンジョンで手に入れた材料や兵器はここで集められ、新たな武器となって生み出される。ここは我の行きつけの店だ。彼は優しいが、その姿を見ても驚くなよ」

 カランカランとドアにつけられた呼び鈴が鳴りながら開く。鉄板の隙間からかすかに光が店内を差すだけの灯りに乏しい暗くじめじめとした胡散臭い部屋だった。これでもかと見せつけるような近代兵器やら歴史書しか見たことがない古い兵器やらと壁に掛けられていた。

「あいかわらず湿気だな。テールマール!」

 女は嬉しそうに店主を呼んだ。

 湿気というよりもサウナのように蒸し暑い部屋だ。部屋の隅に蒸気を吹き出す装置が並べられ、そこから熱気とともに水蒸気を大気中に吹き込んでいる。分厚いを服を脱ぎ捨て、その辺に服をかけながら適当な椅子に座る。

「おやまぁ、珍しいお客だとこと。今日(こんにち)は儲かる予感でありますなぁ」

 男は思わずギョッとした。二階の奥の通路からこっちへと歩いてくるのは身体中がキノコまみれになった性別種族不明の人種だった。両手両足に身体、頭部までキノコが埋めるようにして生えている。服装は破れ、穴が開いているところからキノコの頭が覗いている。

「テールマール。我らが運んだものの調子はどうだ?」

「ビビネット様ですね。彼女は大変ながら、呪いに埋もれてしまったようで、残念ながら人間として生物の権限ははく奪ですね」

 ビビネットとは、女の古い友人で、男の親友でもあった人だ。人間として生まれ、永らく一緒にいたのだが、ダンジョンの奥底で呪いの息吹に会い、辛うじて生還したものの、その姿はもう人間としては見る事すらできない痛ましい姿へと変わってしまっていた。

「くっ……!!」

 別れて以来、正常な姿を見たわけじゃなかった男は、希望から絶望へと叩き落された。赤いロングは彼女のお気に入りで常に髪を整えるのが日課だった。そばかすだらけだが、人から何を言われようともへこたれるほど度胸がなかったわけでもなかった。それが、まさか…こんな…姿になるなんて……。彼女の姿は赤い髪に覆われるようにして身体があるであろう肉はすべて綺麗に消えており、骨があるであろう場所には砂のように朽ち果てていた。ビビネットにかけられていた呪いは”髪”。肉体をすべて餌に急成長を遂げた髪によって浸食し、その姿は未来永劫髪の毛として残されたのであった。

「痛ましいお姿です。呪いは誰しにもあります。そのゆえ、最後のお姿はどなたでも凄まじいものです」

 ビビネットは最後何て言っていたのだろうか。伸びすぎた毛によって生命を奪われた彼女の最後は壮絶なものだったのだろう。ビビネットはもう、この世には存在しない。ましてや、これが武器に変わるなど、本人すら思っていない。

「ではご依頼通り、武器として変換します。拒否してもよろしいですよ。マキアさまは認めていますが、相方のカルマ様はまだケジメがついていないご様子で」

 けじめがつけれるかよ。親友がこんな姿になってそれが武器として生まれ変わるなんて認められるか。こんな簡単な話じゃないんだ。

「カルマ、お前は決めたんじゃなかったのか。呪いは誰にでもある。その最後を決めたのは彼女だ。彼女自身が武器になることを決断したんだ。カルマ…」

 カルマは拳をぎゅっと握った。

「テールマールさんよ、俺は一度決めたことは曲げない。だけどな、彼女の意思を最後に受け取るのは俺でもいいんじゃないのか!」

 テールマールさんはゆっくりと頷いた。

「その話はビビネット様から聞いております。武器にしても、生まれ変わりにしても、あなた様(カルマ)に捧げると――」

 カルマは涙を浮かべながら唇をかみしめていた。最後まで親友でいた。最後まで彼女であり続けた。最後まで好きだと告白できなかった。最後まで、想いを受け取らず彼女を一人にしてダンジョンに送ってしまった。無念が後悔が後々と追いかけてくる。こんな気持ちが来るのは初めてだ。もう、彼女はいない。もう武器として生まれ変わることを選択した。

「テールマールさん、お願いします」

 テールマールは束になった髪の毛を荷車に乗せ奥の工房へと消えていった。

「俺……俺……」

 マキアの前に泣きながらカルマは腹の底から誓った。

「俺は……マキア……をまも……る……。これは、おれのケジメで、彼女の意思だから」

 ワンワンと泣き叫ぶカルマを横にマキアはうっすらと目をつぶった。

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