第3話 毒味はご注意
魔女学校に進学してはや一年。まだまだ慣れない日々の生活。魔女学校と聞いて、もっとにぎやかだと思っていたのだけども、意外とみんな静寂というか落ち着きすぎなのよね。同じ学校から来ていた同級生やかつての仲間たちはみんな溶け込むようにして話さなくなってしまった。孤独と孤立…この学校の決まり事なのかもしれないけど、正直空気が重いし自分の居場所がないような気がしてめいる。
「あの…ミホシさんで、よろしいでしょうか」
メガネをかけたオドオドしている子に声をかけられた。緊張しているのか落ち着きがない。トイレを我慢しているかのような顔をしている。
「そうですがなにか?」
「ドーノ先輩がお呼びです」
「ドーノ…あー…わかりました」
「学校が終わったらいつもの場所で集合です…と」
そう言ってその子は早々に走っていった。どこへ行くのやらと思えば案の定トイレの中へ駈け込んでいった。ドーノ先輩は相変わらず相手のことを考えずにものを頼む。そういうところがいけないのだろうけど、魔女学校だとこういうのは当たり前で通っているのよね。後輩は先輩のいうことを聞かなくてはならない。どんな事情があろうとも口にしてはいけないって。めんどうくさいよね魔女って。一人前になれば一人暮らしして自分の魔術や学術を極めればいいだけなのに、学校だとなぜか統一とか団体行動とか取り決めるのよね。
放課後、校門の前で生足で立ち尽くす半パンの女の人が立っていた。
「レノフ先輩!」
「おおー愛しい後輩のミホシくんじゃないか」
周りが「いいなー」とか「私も呼ばれたい」とか聞こえてくる。レノフ先輩はこの魔女学校において足が速いとして有名で配達関係のバイトをしていることもあって知名度は高い。しかも運動部顧問の先生(元金メダリスト選手)の大のお気に入りなものから、みんなから憧れの眼差しだ。
「どうしてこんなところに!? いつもは、バイトなはずですけど」
「バイト中だよ。時間が余ったからドーノの代わりに伝えに来たんだ」
バイト中って…掛け持ちしているのにすごいわ…この人。
「俺からひとつアドバイスだ。アイツからもらったものは捨てろ。さもないと悪夢を見るぞ。それじゃあな」
レノフ先輩は全速力失踪で行ってしまった。瞬きもしないまま遥か北の彼方へと消えていった。マッハ以上に早すぎる。どんだけ早いんだよ。というか、よく体調を崩さないものだな。よし、今度聞いて見よう。
寮に帰ると、ちょうどドーノ先輩が玄関前で鉢合わせした。
「ちょうどよかった。女将さんから買い物を頼まれてね、ちょっと出かけないといけなくなりそうですね。それで、これを…歓迎の時にお渡しそびれたのでぼくからのプレゼントですね。それじゃ行ってきます」
渡されたものは紙袋に入ったチョコレートだった。歓迎会…あの日、おろおろしていたのはこれのためだったのか。レノフ先輩が新人のためにチョコレートを作っていて失敗したとか言ってたっけ。甘い香りがする。まるで夢の中に誘われるかのような…心地よい気分になる。よし、食べてみるか。
自分の部屋に戻り、さっそく食べてみる。あ、そういえば、レノフ先輩が食べるなっていっていたっけ。それはどうし……―――。
「大変だー!! ドーノ特製の毒を食ったぞー!!」
レノフ先輩の声が聞こえてきたが、どうにもこうにも力が入らない。なんだろー。頭はボーとしているのに耳が良く聞こえる。レノフ先輩以外に他の先輩たちも部屋に入ってくるのが聞こえてくる。体は自由が利かない。手足は動かせそうにもない。瞼にも力が入らない。目を開けられそうにもないな。あー…味は不味くも甘くもなく普通の味だ。ただ、ブランデーが入っているのか酒っぽい味がしたなー。ドーノ特製の毒ってなんだろう。というか、後輩に食べさせるか!? ふつう。
「おかみさーん!! ドーノの野郎はどこへ! なにィイ!! 買い物へ出かけたァアア!! クソッ俺が解毒薬を…ていうか作れねェエー!!」
「なんの騒ぎですか」
「おおー女神の巫女ヨオオ!! ミホシがドーノに毒を盛られたアア!!」
「ああ~いつものことですか。幸い解毒剤はここにあります。いま持ってきますね」
「感謝です。俺は今からドーノをぶっ倒しに行きます」
「あっ!」
「え」
「ノルンが、すべて飲んでしまったみたいです」
「ファッ!?」
「まあ味付けがフルーティーな香りがするのでジュースと間違えて飲んでしまったみたいですね。在庫切れですね」
「ノ”ル”ン”!!」
「ダメですよ」
「コイツを殺して、ドーノごと人体実験にしてやる!!」
「なにあなたまでノルンのようなことを言うんです。落ち着きなさい」
「放せ! 俺がしっかり止めてやらなかったからこんなことになってんだ。これは俺の責任なんだ。だから…」
玄関が開く音がした。
「ただいま~ってなんの騒ぎ?」
「クゥレェアァ!!」
階段から転び落ちる音が聞こえた。おそらく階段から飛び降りてクレアに抱き付いたのだろう。
「テメェーあぶねェーじゃねェーか!」
「愛しのゴリラよぉおお」
「誰がゴリラだ! 鉄板みたくぶっつぶぞ!」
「ドーノをやるのを手伝え。アイツ、ミホシを毒を盛りやがったんだ」
「え…ドーノの毒を…えっ…」
「そんな顔をするなよ。新人は誰しも引っかかるだろ。俺やお前のときも、ドーノの毒見でやられてんじゃん」
「……それで、なにをすれば…」
「ドーノをぶっ潰す。そんでもって解毒剤を作らせる。アイツは活かしちゃおけねェ! 俺達の宝物に傷をつけた罪がある! 泣いて謝罪したとしてもだァ、許せるほど俺らの心は氷みたいに冷たくてかたい」
「…授業で聞いたことを口にしたいだけじゃないか。真面目さんかよ」
「というわけで、いくか」
「…レノフ、クレア、話しが飛ばしてますよ。解毒薬とはいきませんが、庭にあった薬草を使って作ってみましょう。おそらく、なんとかなると思います」
「そ、そうだな。どのみちドーノは見つかったとしても、作るかどうかはわからないし、なによりもミホシが苦しいそうだ。俺達は何をすればいい――」
あっ…私は…どうやら眠っていたみたいだ。当たりはすっかりと日が暮れている。部屋の電気をつけ、周りを見渡した。そこには様々な料理器具やら薬、試験管、本などが散らかっており、レノフ先輩とクレア先輩、セラノ先輩が倒れていた。そこにドーノ先輩が座っていた。
「いや~とんでもないことになりましてですね」
ドーノ先輩の顔は膨れ上がるほど原型が見えなくなっていた。クレア先輩とレノフ先輩にお仕置きされたあとであることがわかる。
「あのチョコレートはストーカー撃退のためにつくった物でして。ちょうど、女将さんに頼まれたがてらに持っていくはずが間違えて”普通のチョコレート”と入れ違いになりましてですね。こんなことになるとは思いもしなかったですね。これが、本来プレゼントする予定のものです。こちらは”オーキードーキチョコレート”です。緊張したときに落ち着けるチョコレートです。ぼくが調合し、料理したものです。なにぶん調合は得意なんですけど料理はからっきし苦手で。相手に食べてもらえるという工程で作ったことがなかったもんで、味はへたくそですみませんですね」
差し出されたのは四つのハート型のチョコレートだった。ピンク色のイチゴ味、オレンジ色のオレンジ味、黒色のコーヒー味、バニラ色のホワイトチョコレート味。
「これから新人さんは数々の試験に立ち向かわなくてはなりません。緊張で普段よりも動けない、頭を動かせない、自分を生かせない。そんなんじゃだめなんです。魔女学校は厳しいものです。ここにいるみなさんは魔女学校の生活に馴染めない人たちがひとつ屋根の下で暮らしているんです。ミホシさん、あなたを招き入れたのはぼくたちの力あってこそなんです。人になじめない。大勢の人たちと行動できない、他の人たちと合わせれない。そんな人たちがここにいるのです。無理に学校で居場所を作る必要はないです。必要なときは、ここが居場所になるんです。ですから、ぼくのことを許してください」
感動めいた話かと思えば、最後は……。
「ドーノ先輩。あなたがしたことはみんなを悲しませることでした。ですが、ドーノ先輩。あのチョコレート美味しかったですよ。味こそ自信ないように言っていましたけど、普通に作れるじゃありませんか。調合も料理も一緒です。相手に食べて喜んでもらえるかどうか。自分が食べておいしいと思えるようになれば、いいと思いますよ」
ドーノ先輩はにんまりと笑った。
「ミホシさん。実はぼくは――」
ちょうど眠りから覚めたのかノルンが目を覚ました。
「ん? チョコレートちょうだい!」
チョコレートを見るなりがっしりと掴み、口の中へと放り込んだ。それを見ていた私とドーノ先輩は驚いた。
「「え」」
ノルンは再び眠るかというより昏睡したかのようにその場に倒れこんだ。泡を吹き、目から血の涙を流していた。その様子に気づいたのかレノフ先輩たちが目を覚ました。
「なんの騒ぎだ~?」
「あ…」
この日、長い長いお説教とボコボコにされるドーノ先輩が不憫でならなかった。ちなみに、あのチョコレートはもう一度作ってもらう約束をしたのだが、私はそれを却下した。ノルンはセラノの加護のもと、数日かけて元気になったが、後遺症のせいかチョコレートを拒否するようになったという。
ドーノ先輩…お疲れ様でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます