第2話 バス停

 古い町並みが続いている。昼間散歩していても人通りは少ない。バスも一日にふたつしか出ていない。しかも朝早くと夜遅くのふたつだ。バス停で待つ中、女の人が走ってきた。雨も降らなさそうな天気日和なのになぜかカッパと傘を持っていた。海藻類を頭からかぶせたかのような髪をしている。かすかに潮風の香りがした。

 バスが来るまであと五分ほどだ。待つのは楽しい。ただ変わらない町並みを見つめ、優雅な時間を過ごす。そんな日課が日常へと溶け込み、今に至る。

 腕時計を見やる。もう一分で着く予定だ。そろそろ来てもいい。隣にいる人はもうじきバスが来る頃合いかそわそわしていた。

 銀色のバスがぷっぷーと音を立ててやってきた。外見は木目のような見た目だ。昔の町長がお気に入りだったという。その町長はちょうどこのバスに乗るなり、事故に遭って亡くなったそうだ。このバスはちょうど生と死の狭間の乗り物だ。

 バスの中には数人の男女が座っていた。みんな顔色は悪く、死んだ魚のような目をしていた。席に座り窓の外を見る。外と比べて中は夕焼けのようなオレンジ色に満たされていた。空がオレンジ色。乗る前は雨雲ひとつもなかく日が昇る前の薄暗い色だった。だけど、このバスに乗るなりオレンジ色に変わったのだ。太陽はなぜか東から西へと変わっており、もう夜になるのか? と思わせるほど不可思議だ。

 そんななか、後から乗ってきた海藻の頭をした女はこう言った。

「すみません。忘れ物をしたので降ります」

 私を見るなり、一緒に降りようと手を掴んできた。私はいいと断るのだが、細い腕なのに信じられない力で一緒に外へ引っ張られてしまった。バスから逃げるようにして外へ追いやられた私は、海藻の頭をした女に怒鳴った。

「急いでいるんです!」

 そう言って戻ろうとしたときだった。突然雨が降り出したのだ。先ほどまで明るくなりつつあった空がまるで一面黒く沈んだ灰色の空に姿を変えてしまっていた。訳が分からない。屋根がないバス停に容赦なく降り注ぐ雨に私はもう一度バスに戻ろうとした。ところが、目の前にあったはずであろうバスは消えており、代わりに海藻の頭をした女が傘を渡してきた。

 私はそれを叩き落とした。傘なんていらない。どうして、連れ出した。バスに乗れなかったことを恨み、海藻の頭をした女に怒鳴った。だけど、海藻の頭をした女は穏やかな顔をしてこう言った。

「まだ早いですよ」

 意味不明な言葉を残し、海藻の頭をした女は消えていた。気づけば雨も止んでいた。不可思議なことばかりだ。静寂とした空間で一人立ち尽くす。待つのは辛い事じゃないむしろ楽しい時間だったはずだ。それが、たった一人の女が現れたことですべてが崩れ去ってしまった。一人では寂しい…と。ふと、忘れ去られていた記憶が蘇る。バスの中にいた男女が誰だったのかを思い出した。学生の頃から親友だった友人たち。ともに年をとってきた仲間だったが、町長が運転するバスと衝突事故を起こし、帰らぬ人となってしまった。

 どうして、忘れていたのだろうか。どうして、あのとき一声かけなかったのか。後悔だけが押し寄せてくる。

そのとき、誰かの声が聞こえた気がした。

「……待っていますよ」

聞き覚えのある優しい声。その瞬間、すべてが消えた。

気づくと、私の身体には無数の白い花びらがまとわりついていた。視界が真っ白になり何も感じなくなっていた。


 それから二週間たった。

 相変わらずバス停で待ち続ける。忘れられた思い出をようやく時を刻んで思い出した。親友たちへの墓参りに花束を両手で抱えて佇む。

 そこに三人の若い女の子たちが走ってきていた。

「まったくあなたの寝坊助さんには本当に骨が折れそうですね」

「テヘヘ…すみません」

「間に合ったああああ!!」

 三人は滑り込みセーフのようにバス停に到着。遅れてもう一人がオドオドとついてくる。その髪型に潮風の匂いにふと懐かしく感じ、声をかけた。

「おはようございます。今日も遅刻ですか?」

三 人は一斉に振り向き、「えっ!?」と驚いていた。そして、オドオドとしていた女の子は私を見て笑顔を浮かべた。

「知り合い?」

 赤茶色の女の子が訊いた。

「二週間前に知り合った」

「へー人嫌いのデンジャが…」

「失礼ですよ! レノフ」

「いや、褒めたつもりなんですけど」

「それはそうと、これから行くところは要注意ですよミホシさん。今後、遅刻早退は厳禁です。これは魔女学校では当たり前の決まりです。入学早々遅刻では先輩として皮がはがれそうです」

 魔女学校…か。この子たちも、私と同じ魔女を目指しているのね。そういえば、あの人は元気かしら。魔女たちが住める民宿をやるって言ってたっけ。今度、おじゃましようかしら。

「ねえ、もしよかったら、朝スッキリと目覚める魔法を教えてあげましょうか」

 当たり前のように溶け込んでいた日常は、彼女たちの出会いにより新たな日常へと移り変わる。きっともう寂しく待つ時間は遠い過去へいくのであろう。こうして、バス停の会談は――語り継がれることはなかったという。

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