第13話 カラオケの帰り道

「はぁ……疲れた」


 日も落ちて、空が暗くなった頃、ラオ達はカラオケ店から出て家路へ向かう。


 ラオ以外の3人は、カラオケ店から徒歩で帰れる圏内に家がある。


 そのため、カラオケの後に3人を送るのが、お決まりになっていた。


「お疲れ様、ラオラオ」


「お疲れ」


「頑張ったと思うぜ、太刀宝」


 そういうわけで、4人で並んで帰宅しているラオ達であったが、なぜかラオだけ疲労困憊していた。


「なんで、俺だけ歌うことになったんだよ……」


 そのわけは、諸々の騒動のあとに、ラオだけ歌わされたからだ。


 経緯を説明すると、大学生たちは到着した警察官に連れて行かれた。


 逃げ出した者たちも、店の入り口で捕まっていたようである。


 逮捕まではされないだろうが、最寄りの警察署でお説教はあるだろう。


 そして、事情聴取がラオ達にも行われたが、ウミがしっかりと証拠を撮っていたこともあり、簡単に終わった。


 その後、カラオケ店の店長が迷惑料として料金の返金を提案されたが、まだ歌いたいというソラたちの要望から、そのままカラオケ店を利用することになったのだ。


 だが、ラオ達だけになったとたん、リクが歌う気分になれないと言い出して、それにソラもウミも乗っかったのである。


 ならば、おとなしく帰宅すればいいのだが、なぜか彼女たちはラオが歌うことを所望し、大人しくラオは従うことになったのだった。


「だって、あのあと、帰るのもなんか違うじゃん?」


「お店の人もフリータイムで使っていいって言ってくれたし、もったいない」


「まぁ、10曲以上歌わされるのはキツいよな」


 ポンポンとウミが背中を叩いてくれる。


 もう、声もかれそうだが、一言ラオは言っておきたいことがあった。


「少しでも気分が良くなっているなら、別にいいけどな」


 見知らぬ大学生たちが急に近づいてきて、接触してきたのだ。


 心に傷を負っていても不思議ではないのだが、今彼女たちは笑ってくれていた。


 それは表面上だけかもしれないが、それでも、彼女たちの癒やしになっていたのなら、歌ったかいはあるだろう。


「……っ。そういうこと、普通に言うよな」


「そういうこと?」


「なんでもねーよ」


 ウミが顔を赤くしている。


 見ると、ソラもリクも嬉しそうだ。


(これも、『モテる力』の影響か?)


 あんな些細な言葉で、彼女たちの好感度が上がっている。


 その事実に、ラオは心が重たくなった。


「どうしたの? ラオラオ」


「……大丈夫。それより、ソラはよかったのか? 話の途中だったと思うけど」


「……話?」


 ソラは思い当たることがないとでも言うように、首をかしげている。


「ヒノツルギたちのことだけど」


「あー……ああ。別にいいよ。あれ以上話すこともないし。それに、あの話をすると気分が悪くなっちゃう」


(……話題さえも、拒否されるようになったのか)


 ヒノツルギたちの落ち方がヒドすぎる。


「幼なじみってだけで、仲が良いと思われるのもキモいしね」


 そのソラの言葉は、おそらくはヒノツルギたちに向かって言ったモノだっただろう。


 しかし、ラオの心にも深く突き刺さる。


「ん? ラオラオ?」


 おそらく、心の痛みを顔にしっかりと出してしまったのだろう。


 心配してきたソラに、ラオは笑顔で答えようとしたが、その顔がこわばってしまう。


 笑顔一つで、好かれてしまうかもしれない。


 そんな考えが頭をよぎったからだ。


「えっと、本当に大丈夫?」


 もちろん、そんな事を考えながら浮かべた表情に、違和感がないわけがない。


 心配そうに、不思議そうに見てくるソラから、ラオは目をそらすことしかできないでいた。


「ねぇ、ラオ」


 ラオとソラのやりとりを見て、リクが二人の間に割って入る。


「ラオって、好きな人がいるの?」


 そして、思いがけないことを聞いてきた。


「へ?」


「ちょっと、リクルン!?」


 慌ててリクの口を閉じようとするソラを無視して、リクは聞いてくる。


「その好きな人は、ラオの幼なじみ?」


「えっと……」


 正解を。


「その人に……ラオはフラれたの?」


 積み重ねて。


「おい、リク」


 ウミが、リクの肩をつかむ。


「悪い、太刀宝」


「いや、いいよ」


 ウミがリクの頭をつかんで謝らせようとするが、それをラオが止める。


「リクの言うことは……だいたい合っているかな?」


「っ!」


 ラオの返事を聞いて、質問したリクではなく、ソラとウミが動揺を見せた。


 その反応から、リクの質問は3人が共有していた疑問なのだとラオにはわかった。


 しかし、わからないこともある。


「なんで、そう思ったのか聞いてもいいか?」


「……ラオの歌、とても上手なんだよ。感情が乗っているから。特に、失恋の歌には」


 リクの指摘は、ラオが気がついていないことだった。


「涙が出そうになるくらい、心に響くんだ。だから、わかるんだよ。ラオが、好きな人と一緒になれなかったんだって。その人のことが、まだ好きなんだって」


「そうか……幼なじみってのは?」


「ソラの話を聞いている時の様子を見ればわかるし、それに……」


「リク。その辺にしておけ」


 ウミがリクの肩を軽く揺さぶる。


 話を切り上げようとしているのだろう。


 なぜ、そうするのか、ラオはすぐに思い当たった。


「ウミは、俺が誰を好きなのか知っているんだな」


「いや、別に……」


「少し調べたら、すぐにわかるだろうからな」


 慌てているウミの様子を見て、つい苦笑いを浮かべてしまう。


 ウミが調べた情報も、3人で共有しているに違いない。


「知っているなら、言っておくか。俺は、寄道美命って子が好きなんだ。小学校に入る前からの友達で、幼なじみで……中学一年生の夏休みに、死んでしまった」


 死んだ後に神様になっていることは、さすがにいえないが、これくらいはラオの中学校の同級生ならば皆知っていることで、ウミなら簡単に調べることが出来る内容だろう。


「もう、亡くなって4年目だけど……忘れられる気がまったくしないんだ。会いたいって気持ちが、消えない。それが、歌にまで出ているなんて知らなかったけど。なんか、プロの歌手みたいなこと言っているな」


 この夏にデビューが決まっているリクの前で言うことではないと、ラオは言いながら恥ずかしくなってしまう。


「えーっと。俺の幼なじみのエピソードはこんな感じだ。悪いな。多分、ソラとヒノツルギの関係に異様に反応したのも、これが理由だ」


 話の終わり方がわからなくて、ラオは苦笑いを浮かべることしか出来なくなっていた。


 今、ラオ達は道の真ん中で足を止めている状況である。


 とりあえず、こんな場所で足を止めて話す内容ではないとラオは歩き出した。


 すると、ラオの前にソラが出てくる。


「私は、ラオラオの事が好き!」


「……はぁ?」


 突然、ソラの言い出した事が理解できなくて、つい低い声が出てしまった。


「好きです。付き合ってください!」


 そんなラオの返事を聞いていないのか、ソラは頭を下げて手を出してくる。


 これは、間違いなく告白であった。


 学校で一番可愛いと言われている同級生の女の子からの、告白。


 男子高校生ならば誰もが憧れる状況に、ラオが思う事は、困惑だった。


(何を……)


 そして、悲観であった。


「ソラ、俺は……」


「太刀宝! ちょっと待った!」


 困惑と悲観と、だからこそ生じた混乱を乗せて、ラオは反射的に返事をしようとする。


 その返事を、ウミが止める。


「悪い……本当に、悪いけどさ。友達の告白の返事を止めるなんて、絶対やっちゃいけないけどさ。ここは一度止めさせてくれ」


 ウミは、頭を下げたままのソラに一歩近づく。


「ソラ……何しているんだよ」


「ごめん、ウミミン。我慢できなくて」


「昨日と今日で、ヒノツルギたちにあんなこと言われて焦ったのはわかるけど、ダメだろ。今のは」


「うん。そうだね」


 ソラは頭を下げたまま、普段の彼女とはまるで違う、声色で返事をしている。


 そんなソラの様子を見て、ウミは呆れたように彼女の手を握る。


「太刀宝。今のソラの言葉、聞かなかったことにしてくれないか?」


「聞かなかったことにって……」


「頼むよ。お願いだから」


 これも、おそらくは彼女たち3人で共有している内容なのだろう。


『ラオに告白しても、フラれる』ということを。


 それを、こんな往来の真ん中で、脈絡もなく行えば結果はわかっている。


 だから、ウミは止めたのだ。


「でも、俺は……」


「じゃあ、私もラオの事が好きだよ」


 はーいと、リクがラオの背中に抱きつきながら言い出した。


「それに、ウミも好きだよ。ラオの事」


「はぁ!? リク、何を言っているんだよ?」


 ウミがリクの突然のカミングアウトに大きな動揺を見せる。


「いや、あの……」


「皆、ラオの事が好き。今日はそれを覚えて帰ってね」


「俺は……」


「ね?」


 ラオの後頭部を抱きかかえるようにしてきたリクのせいで、ラオは半ば強引に黙らされてしまう。


 そんなリクの行動に、彼女の狙いがわかったのか、ウミもソラを連れてラオのところにやってきた。


「そうだな。今日は……うん。それだけ覚えて帰ればいいな」


 ウミが、ラオの左腕をとる。


「あー、そうだね。そういうことだね」


 頭を下げていたソラも、いつものような笑顔に戻ってラオの右腕をとった。


 朝のように3人の美少女に連れられて、ラオ達は歩いて行く。


 彼女たちの狙いを、ラオはわかっていた。


(うやむやにするつもり、か。俺が、絶対に断るから。ソラでも、リクでも、ウミでも。誰からの告白でも断るから。そう答えるつもりだってわかっているから)


 ここまで彼女たちに慕われていることを、素直に嬉しいとラオは思う。


 ここまで彼女たちに慕われていることを、悲しいとラオは思う。


 これは、『モテる力』の影響なのだから。


 ラオ達が歩く道の先は、暗く濁っていた。

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