第14話 ゲットウは呼び出された

「なんで、こんなことに……」


 部活の練習を終えて、ゲットウは着替えをしていた。


 幼なじみであり、ライバルでもあるヒノツルギは、部活に来なかった。


 学校も休んでいるので当たり前だが、いつも競い合って練習していた相手がいないことは、素直に寂しいモノである。


(でも、そうか。練習する意味も……)


 今朝、大好きだった女の子から言われた衝撃的な事実を思い出して、ゲットウは大きく息を吐いた。


 大好きなソラをコウシエンに連れて行くために、ゲットウはこれまで頑張ってきたのだ。


 なのに、彼女はそんなことに興味が無いと言ったのである。


 そのことを思い出すだけで、目の前が暗くなるような感覚に陥ってしまう。


「おーい、ゲットウ」


 そんなコンディションでも、なんとか着替え終えたゲットウに、一つ上の先輩、ニジョウが話しかけてくる。


「お疲れ様です。ニジョウ先輩。何かご用でしょうか?」


「いや、ゲットウは確か太刀宝ってヤツと同じクラスだよな?」


「……そうですけど」


 今、一番聞きたくない人物の名前を出されて、ゲットウは思わず不機嫌さを顔に出してしまった。


「実は、太刀宝ってヤツのことで、先輩が話を聞きたいって言っていてな」


 ゲットウの不機嫌さに、ニジョウは苦笑いしながら言う。


「もしかして、ミドウ先輩たちですか?」


 ミドウは、入学早々ラオにケンカを売って、返り討ちにされた先輩だ。


 その後、複数人で囲ったこともあって、ミドウ達は停学処分になっている。


 ヤキュウ部自体は活動が出来ているが、一時期は公式の大会に出場できなくなるのではないか、危惧されていたのだ。


「いや、今は卒業している先輩だ。近くのジョーフルにいるらしいからさ。いってくれないか?頼むよ。俺も一緒にいくからさ」


 ニジョウは、後輩であるゲットウに頭を下げた。


 先輩だからと偉そうな態度もしないニジョウのことを、ゲットウは信頼している。


 そんな先輩からの頼みを、無碍に断ることなど、ゲットウには出来なかった。


「……わかりました。いいですよ」


「本当か。じゃあ、いこうぜ!」


 そして、ニジョウと共に学校の近くのジョーフルに向かうと、入り口で思いがけない人物と出くわした。


「ヒノツルギ? なんでここにいるんだ?」


 学校を休んでいたヒノツルギが、私服姿で一人で立っていたのである。


「……呼び出されてな。ゲットウもか」


「あはは。悪いな、休みなのに。でも太刀宝ってやつのクラスメイトは全員呼べって言われてな」


「いえ、大丈夫です」


 いつも無駄に明るいヒノツルギが、小さな声でニジョウに返事をする。


 昨日の出来事が、相当ショックだったようだ。


「まぁ、とりあえず中に入ろうぜ? 今日は先輩たちがおごってくれるらしいし」


 ニジョウのあとに、ヒノツルギとゲットウはついて行く。


「……本当に、大丈夫か?」


「珍しいな。俺の心配なんて」


 ゲットウが声をかけると、ヒノツルギは力なく笑う。

 その様子が、あまりにも痛々しい。


「……そっちこそ、大丈夫か? 元気がないぞ?」


「おまえほどじゃない」


 お互い、普段と様子が違うことに気がついたようだ。


 その理由も一緒だが、話し合う余裕はなかった。


 気持ちも、時間も。


「お疲れ様です」


「おう、お疲れ」


 ニジョウが奥のテーブルに座っている大学生たちに頭を下げる。


 彼らが、ニジョウの言う先輩なのだろう。


(あれ? ミドウ先輩もいる)


 4人組の大学生と一緒に、今は停学中のミドウもいた。


 ラオの事件で停学になった先輩は10人はいたのだが、今はミドウだけのようである。


「そいつらが、太刀宝ってやつと同じクラスなのか?」


「はい。ゲットウとヒノツルギです」


「一年生の月刀 二龍です」


「一年の日剣 一芽です」


 頭を下げたゲットウとヒノツルギに、大学生たちなかで中心にいる人物が満足そうにうなずく。


「俺は、ヨキチ トオルだ。よろしく、ゲットウくんにヒノツルギくん。座ってくれ」


 ヨキチと名乗った大学生は、笑顔でゲットウとヒノツルギに席を勧める。


「今日は俺たちのおごりだから、遠慮せずに食べてくれ」


「……はい」


 といっても、メニューには手を伸ばさない。


 初対面の先輩を相手に、自由に料理を頼む権利は、後輩にはないのだ


 先輩達が頼んだメニューと同じモノか、それよりも値段が安いモノでなくてはいけない。


 それが、上下関係の厳しい部活の掟である。


「じゃあ、俺は唐揚げ定食で。ゲットウとヒノツルギは?」


「僕も同じモノで」


「俺も」


 もちろん、そんな不文律を知っているニジョウは、率先して料理を注文する。


 ヨキチと親しいニジョウが先に頼むことで、ゲットウもヒノツルギも注文出来るのだ。


「さてと。じゃあ、飯が来る前だけど、早速本題だ。おまえ達は、太刀宝ってやつと同クラなんだよな?」


 ヨキチが身を乗り出して、ゲットウとヒノツルギに話しかけてくる。


「はい」


「そうか。その太刀宝ってヤツは、どんなヤツだ? ムカつくヤツ……だよな? ミドウもいっていたけど」


 ヨキチは質問の形式をとっていたが、答えは誘導され、決まっていた。


 もっとも、その答えはヒノツルギも、ゲットウも、誘導される必要も無く、同じ答えなのだが。


「そうですね。ムカつくヤツです」


「俺も同じ意見です」


 普段なら、ヒノツルギが率先して先輩達に返事をするのだが、今日のヒノツルギは消極的だった。


 なので、代わりにゲットウが答えている。


「そうか、そうか。じゃあ、おまえ達に頼みがあるんだが……」


 ゲットウとヒノツルギの答えに、気をよくしたのか、ヨキチは笑う。


「おまえ達で、その太刀宝ってヤツにバツを与えてくれないか? ムカつくヤツなんだろ?」


「俺と一緒で、学校に来れなくしてやれよ」


 ヨキチも、ミドウも笑っていたが、目は本気だった。


 頼んだ唐揚げ定食がやってくる。


 揚げたての唐揚げはカリカリとしておいしそうだったが、味の記憶は、ゲットウとヒノツルギから消えてしまった。

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