第11話 カラオケで話す

「カラオケだぁーーーー!!」


 ソラははしゃぎながら、奥のソファに突進する。


「ちょっと、ソラ。パンツ見えている」


 ソファに突撃した拍子でめくれたスカートから見える桃色の布地のことを気にしないようにしていたラオだったが、ウミの注意でその努力は無駄になった。


「えへへ。まぁ、別にいいでしょ。ね?」


 小首をかしげて照れているソラは、ラオに笑いかける。


「……同意を求められても困るんだけど」


 どう答えても、待っているのは社会的な死である。


 そんな会話をしている間に、音楽が流れ出した。


 数年前に流行った映画の主題歌だ。


「あ、リクルン。いつのまに!? 私が最初に歌いたかったのに!」


「パンツを見せているのが悪い」


 歌うことが好きなリクが、マイクを握りしめている。


 絶対に譲らないという、堅い意志がそこにはあった。


「今日は私が誘ったのに……」


「まぁ、次はソラの番だよ」


 ラオはソラに備え付けのタブレットを渡す。


「うう、ありがと……って、めちゃくちゃ曲が入っている!?」


 すでに十数曲が予約入力されていた。


 ソラの驚愕に、リクが笑顔でサムズアップする。


「今日はリクルンのライブじゃないんだよ!?」


「いえーい、みんな、もりあがっていこうぜー」


 棒読みで一番声のテンションが低いリクが、皆を……というか、ソラを煽る。


 そして、イントロが終わると、歌い出した。


 その瞬間、まるで世界が変わったような錯覚に、ソラも、ウミも、ラオも陥ってしまう。


 どこまでも通る澄んだ声が、全身にやさしく染み渡っていく。


「やっぱ、スゴいな。リクは」


 どうにか声を出したラオは、ソファに深く座る。


「慣れてもこれだからな」


 同様に、ラオの隣に座ったウミは、大きく息を吐いた。


「今日は泣かないのか?」


「その話はやめてくれ……」


 ラオはこれまでに何度もリクとカラオケに来た事があるので耐えられているが、正直、初回は耐えられなかった。


 間近で聞こえる美声に、涙が止まらなかったのである。


「ぐぬぬ……この超絶歌ウマ美少女めっ」


 もっとも、そんなリクの美声がきかない者もいる。


 ソラは単純に、カラオケを独占しはじめたリクを普通に睨んでいた。


「……この歌を聴いてもあの反応ってスゴいよな。あれもやっぱり慣れなのか?」


「私も同じくらいソラの歌を聴いているんだけどな。あれは、本人の性格だろ」


「だろうなぁ」


 ラオもウミも、気を抜けばリクの歌に飲み込まれそうなのに、ソラはプリプリと怒っているだけだ。


「どうせこの歌も100点なんでしょうよ。歌声偏差値ハーバッドかよ。声にノーベルン賞を与えられたのかい!?」


「いや、何言っているかわからないけど、悪口ではないと思うぞ、それ」


 怒っているのに、たぶんリクの歌声を褒めているだろうソラに、ラオはたまらずツッコむ。


「ううう……ラオラオ」


「まぁ、リクとカラオケに来たときから、こうなることは何となくわかっていただろ?」


 どうどうと慰めると、ソラはようやく落ち着いたようだ。


「それに、これはリクの気配りだからな?」


 よくわかっていないようなソラに、ウミは言う。


「どういうこと?」


「……昨日と、今日の事。話したい事があるだろ?」


 ウミの言っていることが何となくわかっていたラオは、改めてソラに聞く。


「そのために、カラオケに行こうなんて誘ってきたんだろうし」


「……そうだね」


「まぁ、話をするには贅沢なBGMが流れているけど」


 リクの歌声が、肯定を表しているかのように、一段と大きくなった。


 ソラは、その歌声を聞いて、了解したように一度うなずく。


「……あの、ラオラオ。まずは、昨日から、ごめんなさい」


「ソラが謝ることじゃないだろ」


「でも、あの人達があんなことを言ったのは、私のせいだから……」


 とうとう名字さえ呼ばれなくなったヒノツルギとゲットウが少々哀れである。


「ヒノツルギとゲットウは、幼なじみなんだっけ?」


「うん。小学校の時は、よく遊んでいたよ。中学校からは、リクルンやウミミンと一緒にいることが多くなったけど」


 それから、かいつまんでソラはヒノツルギとゲットウとの思い出を語っていく。


「昔は普通に仲がよかったんだけどね。中学生くらいから、急に距離をとられて……なのに、あんな変なこと言い出すなんてね」


「変なことか」


「変でしょ。コウシエンに連れて行くとか。別に私が野球しているわけじゃないのに」


 そういう有名な話があった気がするが、ラオは黙っていた。


 あれは、ちゃんとヒロインが野球部のマネージャーをしているので問題ないだろう。


「ま、ヒノツルギとゲットウが勝手に言い出したことみたいだしな。変か」


「変なのだ」


 ふんっとソラは鼻息を荒くする。


 本当に怒っているソラの様子に、ラオはつい聞いてしまった。


「……好きだったか? ヒノツルギとゲットウのこと」


 その質問をした瞬間。


 皆黙ってしまう。


 歌っていたリクまでも、だ。


「……太刀宝?」


 一番最初に復帰したウミが、ラオの肩をつかむ。


「それは、聞くなよ。わかるだろ? なぁ」


「ご、ごめん。つい気になって」


「……最低」


 マイクを使って、リクまでも怒りを表明する。


「私は気にしてないよ。ラオラオ。ちょっと、ズキリって心の奥が痛かっただけだから」


「本当にごめんなさい!」


 笑顔なソラに、ラオは本気で謝る。


 ソラの笑顔は、明らかに引き攣っていたからだ。


 何度も頭をラオが頭を下げていると、突然、部屋の扉が開かれる。


「あれー? 歌ってないの? もったいないじゃん。俺たちも混ぜてよー」


 大学生だろうか。


 チャラそうな男性達が4人。


 ラオ達が使用している部屋に入ってきた。

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