第10話 イナリとの昼食2
「さて、朝は様子がおかしかったけど、何かあったのか?」
昼休み。
中庭でラオはイナリと一緒に昼食をとっていた。
戦利品であるチキン南蛮パンを頬張りながら、イナリは質問してくる。
「何かあったって。ゲットウが何で怒ったのか知っていたんじゃないのか?」
イナリの質問が、朝のゲットウの件だと思ったラオだったが、イナリはきょとんとした顔をしている。
「……ゲットウ?」
「ゲットウの話じゃないのか? 抑えてくれただろ?」
それで、イナリはようやくゲットウとのことを思い出したようだ。
「あー……あれじゃない。というかアレは怒っているというか、苛立っている感じだっただろ? わざと挑発までして」
イナリのいうとおり、ラオはゲットウを挑発した。
ゲットウのソラをモノ扱いした発言が、どうしても許せなかったからだ。
しかし、イナリはゲットウに興味がないようだ。
だから、そのまま質問を続ける。
「そうじゃなくて、トメサク先生だよ。なんか睨んでいたけど、どうしたんだ?」
担任の名前を出されて、ラオは自然と顔が険しくなるのを感じた。
トメサクがウミを襲っているイメージが、はっきりと残っているのだ。
「いや、何でも無い」
しかし、そのイメージはこのままではおとずれない未来の話だ。
誰かに言うような内容でもないとラオは判断する。
「何か、聞かされたのか? 例の幼なじみの神様に」
「何でそれを?」
「だって、結局『モテる力』ってのは消されなかったんだろ? 今日も女子に囲まれていたし。だったら、消さない理由を教えてもらったんじゃないかってな。例えば、『モテる力』がないと、不幸になる娘がいるとか」
イナリの予想は、ほぼ完璧と言っていいほどに当たっていた。
「やっぱり、スゴいな。おまえ」
「褒められた。嬉しいぜー」
ニシシとイナリが笑う。
その笑顔を見て、ラオは心が軽くなった気がした。
「おまえは、本当にスゴいな」
「まぁ、勇者目指しているし。これくらいはできないとな」
「……じゃあ、その未来の勇者に相談してみるか。聞いてくれるか、今日俺が聞いた話」
ラオは、朝にミコトから聞いたクラスメイトの女子達の話をイナリに話した。
その内容を、イナリはパンをパクパクと食べながら聞いていく。
「なるほどなー」
「驚かないんだな」
イナリが平然な顔をしていることに、ラオが少し驚いてしまう。
「そんなに突拍子もない話ってわけじゃないからな」
「……そうなのか?」
「ああ、ラオを襲った上級生たちが問題児ってのは、有名な話だからな。実際に、何人か泣かされている女の子がいるって噂だ」
イナリは最後に残していたお稲荷パンを食べ終えて、ミルクティーを飲む。
お稲荷パンにミルクティーが合うのか、謎である。
「噂って、そんなの俺は聞いたことないんだけど」
「ちなみに、トメサク先生も、そういう話はある」
「……マジかよ」
担任教師に淫行疑惑が浮上した。
ミコトから聞かされていたが、未来の話だ。
今もそういう噂があるとは思わなかった。
「卒業生とか、教育実習生に手を出している……みたいな話だな。教え子を強姦する話はさすがになかったけど」
「……俺、これからトメサクのこと先生って呼べないんだけど」
すでに呼び捨てになっている。
「ラオって意外と潔癖だよな。学校の先生も男だろ?」
「男だろうけどさ。それにしても、イナリは意外と平気なんだな。勇者なんて目指している人助けマンなのに、噂なんて集めているし」
「勇者だから、情報収集は大切だろ? 事前に情報があれば、助けることができる人もいる」
「そうやって情報を集めることができるのがスゴいよ」
イナリの高スペックっぶりに感心し、ラオは心の底から思う。
「……イナリに与えたらよかったのに、この『モテる力』」
「ん?」
「いや、ミコトに相談したんだ。『モテる力』がないと不幸になる女の子がいるんなら、イナリに『モテる力』を与えたらいいのにって。断られたけど」
「……そうか。まぁ、僕も神様から力を与えられて勇者になりたいけど、『モテる力』はそんなにほしくないかな」
「やっぱりそうだよな」
ミコトは男子高校生の夢などと言っていたが、ラオもイナリも別に『モテる力』など求めていないのである。
「でも、やっぱりイナリの方が、助かる人も多そうだけど……ん?」
何かが、引っかかった。
「どうかしたか、ラオ?」
「いや……なんで、不幸になるんだ?」
ラオの疑問に、イナリは首をかしげる。
「何の話だ?」
「あの、さっきの話。ほら、『モテる力』が無いと、クラスメイトの女の子たちが不幸になるって」
「ああ。まぁ、実際はラオが『モテる力』を持っているから、起こらないんだろうけど……」
「おかしくないか? だって、俺が『モテる力』を持っていない場合でも、おまえがいるんだろ?」
ラオに指をさされて、イナリは目を瞬かせる。
「イナリは、上級生の奴らや、トメサクが危ないって知っているんだよな?」
「危ないっていうか、女性癖が悪い奴らってことは知っている」
「だったら、ソラやリク、ウミが被害にあう前に、助けているんじゃないか?」
人助けがライフワークで、人を助けるために勇者になりたいと思うような男がイナリである。
そんな彼が、ソラ達を助けないなどあるのだろうか。
「それは、買い被りすぎじゃないか? 僕でも、助ける事ができない人はいるだろ。なるべく助けたいと思うけど」
「けど、3人は結構長い間ヒドいことをされるんだ。ソラは、卒業する直前まで。リクも。その間、イナリは何もしないのか?」
ラオの質問に、イナリはしばらく考える。
「自分のことだけど、考えづらいな。自殺者までいるんだろ? だったら、僕だけの力じゃなくて、親戚に頼ってでも関係者の罪は絶対に暴くし、助けるはずだ」
イナリの親戚は、警察や弁護士から、マスコミ関係まで幅広い人材がいるらしい。
ちなみに彼の父親は県知事で、母親は裁判官である。
「ぶっちゃけると、遅刻したときにわざとトメサクを怒らせるような言動しているのは、反応を見るためだしな。殴ってはこないから、問題ないと思ったけど……」
「意外とあくどいな」
「僕は潔癖じゃないからな」
潔癖が誰のことを言っているのかわかって、ラオは少し不機嫌な顔をする。
「……にしても、だ。確かに、ラオの言うとおり少し変だな。そのミコトって神様の言っていること」
「やっぱり、何かの間違いとか。俺がモテるだけで女の子の不幸が回避できるって、変だろ」
「けど、トメサクの話も、上級生たちの話も、あり得ない事じゃないんだよな」
うーんと、ラオとイナリは腕を組んで悩む。
そんなことをしている間に、お昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。
「っと、もう終わりか。この話の続きは……ラオは放課後、時間はあるか?」
「いや、実はソラ達にカラオケに誘われていて……イナリも来るか?」
「んー……やめておく。そのカラオケ。本題は朝の話だろ。トメサクじゃなくて、ゲットウの方」
「だろうな」
二人は教室へ向けて歩く。
「別に急ぐ内容でもないだろうし、なんならさっきの疑問は神様に聞いてくれ。それを教えてくれればいいから」
「わかった」
「じゃあ、また明日の昼休みにお稲荷パンでも食いながら」
「俺は目玉焼きパンがいいかな」
「は? お稲荷パンの美味さを話題にしてやろうか?」
「やめてくれ。それだけでお昼休みが終わるだろ」
笑いながら、ラオとイナリはそれぞれ席に着く。
ラオはこのとき、もう少し考えて行動すればよかったと後悔することになる。
目玉焼きパンやお稲荷パンなどのおいしいパンを、イナリと談笑しなら味わう楽しい昼食の時間は、もう二度とおとずれないのだから。
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