第9話 コウシエン
「……どうかしたか? 挨拶をしてくれるなんて珍しいけど」
「いや、一言、いっておきたくて」
ゲットウは、ソラを指さすと、普段の彼が出すとは思えないほどに大きな声で、はっきりと宣言する。
「僕が……いや、僕とヒノツルギがコウシエンに出場したら、光彩 空爛(こうさい そら)は僕たちのモノだ!だから、彼女に近づくな!」
訳のわからないことを言ったゲットウに、ラオは冷めた目を向けてしまう。
そんなラオのことを見てもないのだろう。
ゲットウは、そのまま聞いてもいない話をする。
彼らの、スポ根の話を。
「僕とヒノツルギは、小学校の時から誓っていたんだ。コウシエンにソラを連れていった方が、彼女と付き合うって。まぁ、まさか同じ高校に通うことになるなんて思ってなかったけど」
(いや、その時点で破綻しているだろ、そのスポ根)
心の声は出さなかったが、ラオの彼らに対する心証はどんどん悪くなっていた。
「それでも、僕たちの誓いは変わらない。ソラをコウシエンに連れて行くって誓いは、終わっていないんだ。僕かヒノツルギ、レギュラーになって、活躍した方が彼女と結ばれる。わかったな?」
これで話は終わったのだろう。
ゲットウは満足したように自分の席に戻ろうとしている。
「聞きたいんだけどさ」
「なんだ?」
呼び止められたと思ったゲットウが振り返る。
「いや、悪い。ゲットウじゃない」
「……なに?」
「ソラ。今の話は本当か?」
ラオの質問に、ソラは即答しなかった。
ただ、悩んでいる。
「うーん。本当というか……」
「……聞き方が悪かったな。今の話、ソラは二人に誓ったのか? その、コウシエンに連れて行ってくれた方と付き合うって」
ラオの質問に、ソラは今度は即答した。
「いや、私は言っていない」
「えっ!?」
ソラの答えに、ゲットウは驚いている。
「言っていないって、どういうことだよ、ソラ。僕とヒノツルギは、誓ったんだよ? 小学校5年生の夏休みに……」
「だから、その誓いは、ゲットウとヒノツルギの誓いなんだろ?」
今にもソラに掴みかかりそうなゲットウの前にラオは立つ。
「おまえ達が誓いをしたとき、ソラはその場にいたのか?」
「は? 何を言っているんだ?そんなの、いるわけ無いじゃないか」
「……いないのかよ」
ラオは、一応ソラが誓いの場にいた可能性も考えていたのだが、その心配もないようだ。
「いないなら、話は簡単だな。ソラはコウシエンに行きたいのか?」
「もちろん、ソラは……」
「え? 別に。カンサイに行くなら、UPJ(ユニバーサルパークジャパン)の方がいいなぁ」
「えぇっ!?」
驚いているゲットウを無視して、ラオはソラに笑いかける。
「UPJか。面白そうだよな」
「でしょう? 夏休み一緒に行こうよ。日帰りは難しいだろうから、何泊かしてさ」
「泊まるのか」
「高校生だし、別にいいでしょ」
「ちょっと、待ってくれ」
ソラとラオが楽しそうに夏休みの計画を建てているところに、ゲットウが割り込む。
「……どういうことなんだ」
(その台詞はこっち、というか、ソラの台詞だと思うが)
困惑しているゲットウに、ラオとそろって呆れた顔をしているソラが言う。
「ゲットウさんとヒノツルギさんが、そういう話をしていることは、聞いたことがあるよ」
(とうとう、『さん』呼びか)
親しい人にはあだ名をつけるソラが『さん』で呼ぶということは、かなり距離がある相手、もしくは、距離を置きたい相手にする対応だろう。
「友達たちは、『素敵だね』なんて言っていたけど、正直迷惑だったかな。だって……キモいし」
「キモっ……」
(おおう、キツいな)
好きな人からキモいとダイレクトに言われ、ゲットウはものすごい勢いで顔を青くしていく。
「でも、だって、話してくれたじゃないか。コウシエンに出ている選手がカッコいいって。会いたいって……」
「言ってたっけ? そんなこと」
(……小学校5年生の時の話なら5年くらい前か? そりゃ、覚えてなくても不思議じゃないだろ)
もしかしたら、ヒノツルギやゲットウにとっては大好きな女の子が言っていたことだから強烈に記憶に残ったのかもしれないが、ソラにすれば、昨日見た動画が面白かったなど、そういった世間話と同程度の話だったのかもしれない。
そんな話を覚えていろという方が酷だろう。
だが、それをゲットウは強要する。
「言ったんだよ。あの日、コウシエンが終わった日。ヒノツルギの家で、3人で……だから、ソラが帰ったあとに、二人で誓ったんだ」
「……ごめんなさい。覚えていないです」
必死なゲットウを、明らかにソラは拒絶していた。
丁寧な言葉遣いが、それを物語っている。
「じ、じゃあ、僕たちがコウシエンに行っても……」
「付き合ったりとかは、ないかな? いや、ないです。ごめんなさい」
ソラはきっぱりと拒否をした。
ヒノツルギとゲットウの小学校からの誓いを、朝から、教室のど真ん中で、皆が見ている前で。
(いや、それを言い出したのはゲットウか)
拒否されるなんて思ってもいなかったのだろう。
自分たちの誓いが、こんな場所で、こんな形で崩れるとは思いもしなかったのだろう。
ゲットウは、放心していた。
(……顔は良いもんな。こいつも、ヒノツルギも)
おそらくだが、二人とも相当モテていたはずだ。
フラれるなんて、人生で経験したことがないだろう。
(でも、ダメだったな)
何がダメだったのか。
ラオは魂が抜けた顔をしているゲットウに近づいて、教えてあげることにした。
「と、いうわけだ。これでおまえ達のスポ根ラブコメも終わりだけど……何を間違えていたのか、教えてやるよ」
ラオは、わざわざゲットウの耳元でささやく。
「『僕たちのモノだ』なんて、モノ扱いしたからだよ。だから、勝手に誓いを立てて、勝手にフラれている。女の子は大切に扱えよ?まぁ、今更遅いけどな。コウシエン目指して頑張ればいいよ。俺たちがUPJで遊んでいる間に」
ラオのその言葉は、ゲットウの抜けていた魂を戻すのに十分だった。
彼を怒り狂わせるのに、過分だった。
「っっぁあああああああああああああ!!」
大きく、震えた声を上げながら、ゲットウはラオの胸ぐらをつかむ。
そして、握りしめた拳を振り上げた。
そのときだった。
「よっし! 間に合った! おはよう! アンド、やめよう!」
突然現れたイナリが、ゲットウの拳を握って止めていた。
「はなせ! はなせよ! コイツが、コイツが!!」
「まぁまぁまぁ。落ち着こうぜ? 朝からケンカはしんどいぞ?」
「うあぁああああああああ!!」
イナリは簡単にゲットウの身動きを封じると、そのまま彼を席へ連行する。
ホームルームが開始するまで暴れていたゲットウだったが、さすがに担任のトメサクが来ると、黙って席に座っているのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます