第8話 月刀 二龍(げっとう ふたつ)

「おはよん! ラオラオー」


「おはーラオー」


「おはよう。太刀宝」


 昨日と同じように、ソラとリクとウミの三人がラオに挨拶をしてくれる。


「おはよう」


 ラオが笑顔で返事をすると、3人はいつものように抱きついてきた。


 ソラはラオの腕をとり、リクは背後から抱きしめて、ウミは手を握る。


 幸せそうな3人の笑顔に、ラオが今朝見た光景が上塗りされる。


 上級生に強姦されるソラ。


 二度と子供を望めない体になったリク。


 飛び降りて、体がぐちゃぐちゃになったのに、どこか安堵している顔を浮かべている、ウミ。


 その顔を見た瞬間。


 ラオは3人を抱き寄せていた。


「うわっ!?」


「ん?」


「えっ!」


 何が起きたのかわからない3人は唖然としているが、驚いたのはラオもだった。


 自分がこのような行動を、ミコト以外にすると想わなかったのだ。


「あ……っと。ごめん。その……おはよう」


 すでに朝の挨拶はしたのだが、どう言えばいいのかわからなくてラオはとりあえず再度挨拶をした。


「う、うん。おはよう」


「おは……よう」


「なんのマネだ?」


 ソラとリクは呆けた顔をしているが、ウミは冷たい目をラオに向けている。


 もっとも、3人とも顔が赤いのだが。


「悪い。手を……」


「どけなくてもいいけどな」


 ウミの冷静な言葉に、自分が何をしでかしたのか気がついたラオは慌てて離れようとするが、それをウミは止める。


 両手でしっかりとラオの手をつかんで、自分の胸元まで持ってきたのだ。


「いや、これは……」


「太刀宝がしたことだろ?」


 ウミがラオをにらみ付けるが、熟した果実のように真っ赤である。


「じゃあ、私も!」


「私は……じゃあ、こう?」


 ウミとラオのやりとりと聞いていたソラとリクは、すぐに行動を開始した。

 ソラはウミとは逆側の手をとり、自分に抱きつかせ、リクはそのまま正面からラオのに抱きつく。


「ちょっ!? これは、さすがに動けないんじゃないか?」


「ラオラオがはじめたんじゃん」


「がんばー」


 ソラもリクも、ウミに負けないくらいに顔が赤いが、とても嬉しそうにしている。


「あの、本当に……ああ、ごめんって!」


 そのまま抱きついて離れない3人を連れて、ラオはゆっくりと教室へと向かった。



 十数メートルほど移動して、このままでは間に合わないと気がついた3人とラオは、離れて普通に歩きはじめる。


「あーあ、残念」


「またしてね」


「いや、もうしないって」


 恥ずかしさと疲労を考えると、もう一度同じことなどできるはずもない。


 名残惜しそうなソラとリクに、ラオは正直に答えた。


「……もうしてくれないの?」


 すると、ウミがラオの手を取った。


 少し目をうるうるとさせているのがあざといが、いつもはクールなウミが見せる、あまりに違う一面が、ラオの心を動揺させる。


「いや、その……」


「……ふふふ。何だよ、その顔」


 ラオが慌てると、ウミは楽しそうに笑い出す。


「冗談かよ」


「冗談じゃないって答えたら、もう一度してくれるか?」


 ウミはまだ、ラオの手を握ったままだ。


 そんなウミの質問を、ラオは視線をそらしてやり過ごす。


「あー……そういえば、ソラに聞きたいことがあったんだけど」


 露骨な話題の変更に、ウミは不服そうにしているが、ラオは気づかないフリをする。


「何?」


「ヒノツルギのことなんだけど」


 ヒノツルギの名前を出した途端、ソラは明らかに不機嫌そうな顔になった。


「こんなときに男の子の話題を出すのは、マナー違反だよ」


「それは、普通は別の女の子の話題じゃないか?」


 それに、それはデートの時の話だ。


 学校の廊下で、一緒に教室に向かうときにクラスメイトの名前を出すのは別に不思議ではない。


 もっとも、昨日の出来事を知っているのに、ソラにヒノツルギの名前を出すのは、あまり良くはないだろうが。


「気分を悪くしたなら謝るけど……ヒノツルギは、ヤキュウ部なのか?」


 ソラはまだ頬を膨らませているが、ラオの質問に答えてくれる。


「うん。小学生の時からね。この学校にも、ヤキュウの推薦で入学したんだよ」


「そっか。ヒノツルギは、ヤキュウ部の先輩と仲が良いのか?」


 ラオの質問に反応を見せたのは、ウミだった。


 ウミは、興味深そうにラオとソラの話に耳を傾ける。


「……どうなんだろうね。中学校の時は、よくヤキュウ部の集まりで遊びに行っていたみたいだけど……」


「……海水浴とか?」


「うん。でも、どうしてそんなことを聞くの?」


「いや、なんでもない。ありがとう」


 ラオがソラとの会話を終えると、ウミがこっそりと耳元に話しかけてくる。


「太刀宝を襲った上級生は、ヒノツルギと仲の良かったヤキュウ部員だ」


 ウミが補足の情報を教えてくれた。


 もちろん、情報の対価を求めてのことである。


「なんで、彼らのことを質問したんだ? まさか、また何かされたか?」


「いや、そういうわけじゃない。ただ、昨日ヒノツルギが話しかけてきただろ?だから、気になっただけだ」


「そうか。もし、また何かされたら必ず相談しろよ」


 ウミの声は、決意にあふれていた。


 正義感の強い、良い子だ。


(でも、その正義感で……)


 ウミは、潰されるのだ。


 そう考えると、何か起きたときに彼女に気安く相談はできない。


 彼女も魅力的で、狙われる対象なのだから。


 そんな会話をしている間に、教室へとたどり着く。


「おはよう!」


「おはははは!」


「おっはようごっ!」


 いつもと同じように、クラスメイト女子達が挨拶をしてくれる。


 昨日と同じように、ヒノツルギが何か言ってくるかもしれないとラオは教室を見回すが、ヒノツルギの姿がなかった。


「おはよう」


 代わりに、金髪の少年が話しかけてくる。


「おはよう、ゲットウくん」


 彼の名前は月刀 二龍(げっとう ふたつ)。


 朝、ミコトが話していたヒノツルギとスポ根をしているライバルの少年だ。

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