第7話 『モテる力』の影響

「な、んで?」


「高校に入学してすぐに、ラオは上級生の男子生徒に囲まれたでしょ?」


「ああ」


 ミコトが言っているのは、イナリとウミに助けられた件のことだろう。


「あのとき、ラオを囲んだ上級生は、ヤキュウ部だったんだけど、ヒノツルギも同じ部活に入部しているんだよ」


 ミコトは、次のお菓子を探して荷物を物色する。


「ちなみに、同じクラスに月刀 二龍(げっとう ふたつ)って男の子もいるでしょ?」


「ああ、いるけど」


 熱血少年といった感じのヒノツルギとは対照的で、クールな秀才という雰囲気の金髪が綺麗な少年だ。


「そのゲットウって子も、ヤキュウ部員なんだ。ヒノツルギとライバルで、二人はレギュラーを争って競い合っている。スポ根漫画みたいなことをしているんだけど……」


 ミコトは、結局次もクッキーにしたようだ。


 とおりよんしゃあは、結構重たいので後で食べるようである。


「ラオの『モテる力』がなかったら、ヒノツルギとゲットウはソラをめぐって争うラブコメみたいなこともするんだよ。それはそれで、傍目には幸せかもね。でもさ」


 パリっと、クッキーが割れる。


「ラオの件がなかったら……ラオが『モテる力』を持っていなかったら、あの上級生達は普通に学校に通って、ヒノツルギやゲットウと仲良くなるんだ」


「それが、なんで……」


「仲良くなった先輩に、ヒノツルギとゲットウの二人は、仲の良い女の子、ソラを紹介する。遠く離れた海水浴場に先輩達と一緒に遊びに行って……二人は競い合って、ソラの事を放置する」


「まさか……」


「どっちが離れた島に先にたどり着けるか。なんてどうでもいい競争をしている間に、ソラはラオを襲った上級生達に『可愛がられて』……彼女は心に深い傷を負う」


 ミコトは、クッキーを食べ終えると、手を合わせた。


 おなかいっぱいになったのだ。残りは後で食べるのだろう。


「それから何度も彼女は上級生達に『可愛がられて』しまうんだけど、なんやかんやって、最終的にはヒノツルギと愛し合えるようになる……みたいな、そんな純愛ストーリー」


「そんなの、純愛じゃないだろ」


「昔は多かったよ? ヒロインがレイプされるっていう純愛話」


 そう語っているミコトの顔には、はっきりと嫌悪感が表れていた。


「ちなみに、この話、ゲットウはソラと結ばれずに少年院に入ることになる」


「……もしかして」


「上級生達を殺してしまうからね」


 どこまでも、胸くそ悪い話である。


「まぁ、今のはソラだけの話だけど、ほかの女子生徒も似たようなモノだよ」


「他のって……」


「例えば、ソラと同じように2大美少女って呼ばれている暁闇 凜陸(ぎょうあん りく)の場合。ラオは知っていると思うけど、彼女、案外正義感が強いというか、友達を傷つけられる事に対して怒るでしょう? だから、ソラの件に巻き込まれて、ヤキュウ部のOBとかに襲われる。最終的にはヤキュウ部のつながりで、歌い手の男性に孕まされて……流産させられて、二度と子供を望めない体にされる」


 耳を塞ぎたくなるような話が、ミコトの口から語られる。


「彼女たちの親友の黄昏 海満(たそがれ うみ)は、問題を解決しようとして、学校に相談するんだけどね。担任の留柵(とめさく)に密室に連れ込まれて、暴行される。心を病んでしまった彼女は、2学期の最初に屋上から飛び降りて……」


「もう、やめてくれ!」


 ラオは、神社の参道でうずくまる。


「なんで、そんな……」


 ラオの体は震えていた。


 ラオには、ミコトの話が嘘だと思えなかった。


 ミコトの口調が、声色が、そうなる未来をはっきりとラオに想像させたのだ。


 鮮やかに、その光景を思い起こせるくらいに。


 そして、彼女たちのいきつく未来は……ラオが『モテる力』を持っていないときの彼女たちの姿は、とても見るに堪えないモノであった。


 吐き出しそうになっているラオの頭を、ミコトはそっとなでる。


「ラオの『モテる力』で集まっている女の子達はね。そのままだと近い将来に不幸な目にあってしまうと思った少女達を対象にしているんだ。ラオの『モテる力』の対象になることで、その不幸な将来を回避できる女の子達。むしろ、幸せになる女の子たちを選んでいる。だから、ラオにはそのまま『モテる力』を持っていてほしい」


 ラオは、吐き気を飲み込み、落ち着いたあと、ゆっくりと顔を上げる。


「それは、俺じゃないといけないのか? 例えば別のヤツ……イナリじゃダメなのか?」


「イナリって、狐支 稲理(こと いなり)のこと?」


「ああ。あいつは、勇者になりたいっていっていた。神様に『力』を与えられた勇者になりたいって。だから、『モテる力』は、イナリに。イナリなら、きっと……」


「ダメだよ」


 ラオの提案を、ミコトは却下する。


「ラオが『モテる力』を持っていないと……ラオの『モテる力』じゃないと、彼女たちは救えない」


「なんでだよ。なんで……」


「ラオは、なんでそんなに『モテる力』を消したいの?」


 ミコトの質問に、ラオは言葉に詰まる。


「さっきも話したけど、ラオが『モテる力』を持っているからって、不幸になる女の子はいない。男の子たちも……まさか、好きな女の子が強姦されるような未来なんて望んでいない。ラオは、ヒロインが強姦されるような純愛ストーリーが好みなの?」


「そんなわけないだろ!」


 ラオは、力強く否定する。


 ソラも、リクも、ウミも、とても良い子なのだ。


 彼女たちには、不幸な目にあってほしくない。


「じゃあ、なんで?」


「……忘れたくないんだ」


 ラオは、言いたくないことを、思いたくもないことを、口にした。


「ソラも、リクも、ウミも……クラスメイトの女の子達は、とても良い子なんだ。話していると、とても楽しくなるんだ。だから、そんな子達と仲良くしていると……ミコトの事を、忘れそうになるんだ。ミコトへの想いが、消えそうになるんだ」


 ぎゅっと、地面を握る。


「そうか。それは、良かった」


 ミコトは、微笑んだ。


 その顔をラオは見ていないが、どんな表情をしているか、ラオにはわかった。


「良くないんだ。良くないんだよ、俺には」


「でも、私にはいいんだよ。そのためにも、ラオに『モテる力』を与えたんだから」


 ラオは、泣いた。


 泣き疲れるまで泣いて、涙が涸れるまで泣いて、ようやく、ラオは学校へ向かった。


 遅刻することはないだろうが、涙で真っ赤になっている顔を拭いてあげる事ができなくて、ミコトはぎゅっと胸元を握った。


「最近は毎日泣くね。ごめんね……泣き虫にさせて」


 ラオが『モテる力』という、他人の運命を変えてしまう力に苦しんでしまうと、ミコトはわかっていた。


「でも、ラオじゃなきゃダメだったんだ。私の望みのためにも、ラオのためにも……そして、彼女たちのためにも」


 しかし、ラオ以外に、『モテる力』を与えてしまうわけにはいかなかった。


「ヒノツルギや、ゲットウたちは良い子すぎる。極悪人の上級生やOB達とすぐに仲良くなってしまうくらいに。だから、『モテる力』を与えると、女の子達を差し出してしまう。本人の意思とは、無関係に」


 だから、ラオのクラスメイトの男子に『モテる力』を与えるわけにはいかない。


 しかし、彼らよりもミコトが警戒している人物がいる。


「狐支 稲理(こと いなり)は、上級生やOBみたいな男性と仲良くはしないだろうけど……彼は『勇者』を望んでいる。『英雄(ヒーロー)』じゃなくて、ね。そんな人物に、私は『力』を与えるわけにはいかないんだよ」


 イナリのことを、ミコトはよく知っていた。


 ラオよりも、そして、おそらくはイナリ自身よりも。


 だからこそ、イナリにミコトが『力』を与えるわけにはいかなかった。


 ラオが置いていったお菓子を持って、ミコトは空を見上げる。


 青い空に、徐々に雲が増えてきた。


 これから梅雨になるからか、それとも、不穏の予兆か。


 ミコトには、まだわからなかった。

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