第18話 転入生:アイプフェン
「へー、どんな子かな? あだ名、どうしようかなー」
「ふーむ……」
「転入生……こんな時期に?」
ソラ達も、それぞれ反応は異なるが、興味はありそうである。
そうして、少しだけざわついた教室の雰囲気を、トメサクは手を叩いて止める。
「よーし、静かにしろ。じゃあ、さっそく入ってきてもらおうか。転入生の、アイプフェンさんだ」
(……外国人?)
ラオが思った疑問は、出席していたクラスメイトたち全員が思ったことだろう。
トメサクに呼ばれて、転入生が教室に入ってくる。
その転入生を見た瞬間。
トメサクがやけにテンションが高かったのか、解った。
(……綺麗だ)
その感想以外、ラオには思い浮かばなかった。
銀色、と呼ぶにはあまりに複雑な色合いの、この世の美しい色をすべて混ぜたような輝きの髪が腰まで伸びている。
肌も、くすみなんてまるでない。
どんなにファンデーションを塗っても、彼女の肌以上に綺麗にはならないだろうと確信できるほどに美しい。
そして、その顔の……いや、全身の造形が、神によって作られたかのように、完璧であった。
どんな名工の彫刻よりも、彼女の方がバランスがとれているだろう。
黄金比、白銀比。
あらゆる美術品を評価する項目も、彼女の肉体は完璧だと評価すると確信できる。
絶世の美少女。
それが、転入生。
アイプフェン・オランジェマーロンだった。
(……あ、れ?)
ラオは、自分の胸に手を当てた。
間違いだと思ったのだ。
しかし、確実に、ラオの心臓は激しく鼓動していた。
(いや、いやいや……)
それでも、ラオは間違いだと頭を振る。
そんなわけがないのだ。
アイプフェンが、教壇まで歩いてくる。
その歩く姿さえ、美しい。
ふわりと風にのって、甘い香りが漂ってきた。
それが、彼女の香りなのだと気がついて、ラオは慌てて頭を振る。
だが、ラオの目は、ずっとアイプフェンから離れない。
教壇の前に来たアイプフェンは、教室を見回す。
他のクラスメイトも、彼女の美貌に目を奪われていた。
2大美少女と呼ばれるソラとリクも。
そんな二人を見慣れているウミも、アイプフェンを見て放心している。
アイプフェンは、一通りクラスメイトを見ていくと、最後にラオに目線を止めた。
そして、なぜか、ラオにだけ微笑んだ。
(うっ!? あっ!……)
その、まさしく天使の微笑みに、ラオの思考は停止した。
心臓の鼓動が早くなりすぎて、止まってしまったのではないかと錯覚する。
このような感情、今までラオに生まれたことはなかった。
ミコトにでさえ、この感情は抱かなかったのだ。
ラオに生まれた感情の名前は、まさしく一目惚れである。
(いや、そんなわけ……そんなわけ……)
ラオは懸命に自分の感情を否定するが、鼓動が収まることはない。
目は、ずっと彼女に奪われている。
(俺は、ミコトが好きなんだ。俺は……俺は……)
そんなラオの葛藤を知ってか知らずか。
アイプフェンは、ラオを見つめたまま、話はじめる。
転入生が一番最初にすること。
自己紹介だ。
「皆様、はじめまして」
声さえも、美しい。
アイプフェンの声は、天才的な歌手であるリクにも劣っていない。
いや、ただの挨拶であるのならば、リクの声よりも美しいかもしれない。
アイプフェンが、クラス中に笑みを浮かべる。
その人当たりの良さそうな笑みは、ソラよりも親しみを感じるかもしれない。
アイプフェンが胸に手を当てた。
その豊かな胸は、ウミよりも大きい。
なのに、太っているようには見えないのだ。
どのようなバランスで、神は彼女を生み出したのか。
完璧な美少女。
それが、アイプフェン。
「私の名前は、アイプゥルベエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンベッ!!!!!????」
そんな、完璧な美少女が突然膨れ上がった。
「アッ……ィクゥ」
そして、弾けて、飛び散る。
「……はぁ?」
同時に、ビチャビチャと何かがラオの顔に飛んできた。
その物体を、ラオは拭う。
髪の毛だった。
複雑な色合いの髪の毛。
つい先ほどまで、美しいと放心した髪の毛が、何やら堅い物体をくっつけて飛んできた。
アイプフェンの髪の毛が、彼女の頭蓋骨と一緒に、飛んできたのだ。
よく見ると、球体もくっついている。
アイプフェンの、目玉だった。
「は……はぁ?」
放心していると、ぬったりとした液体をまとった何かがラオの頭を伝って落ちてくる。
それを、反射的にラオは受け止めた。
とても柔らかいモノだった。
まだ温かくて、ずしりとした重さがある。
一見、いちごのソースがかかったプリンのようにも見えるそれは、アイプフェンの乳房だったもの。
ドクンドクンと、まだ鼓動をしているモノがくっついているが、それは、きっとアイプフェンの心臓だろう。
元気よく、動いている。
目の前のモノに、自分の顔についていたモノに、頭からこぼれておちたモノに、まだ現実感がわかなくて、ラオはただ動かないでいる。
「アチマレ」
そのとき、声が聞こえた。
弾けたアイプフェンの肉体を浴びたことに反応するよりも早く、その声は、教室にいた者すべての聴覚を揺るがした。
全員が、声が聞こえた方向を向く。
そこにあったのは、実であった。
ブドウのようにも見えるし、稲穂のようにも見える。
いくつかの実がくっついている、物体。
ただ、誰もそれをおいしそうだとは思わなかった。
誰も、食べ物だとは思わなかった。
なぜなら、その物体についている実の一つ一つが、人間の赤ん坊に見えたから。
無数の、赤ん坊の集合体が、声を出している。
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「アチマレ」
「ニンゲン、アチマレ」
そのとき、ラオにはその赤ん坊のような実が笑ったように見えた。
泣いているようにも見えた。
いや、叫んだだけかもしれない。
ただ、事実のみを述べるなら、このときすべてが吹き飛んだ。
ラオ達がいる教室も、ラオ達がいる学校も、カンノバル高等学校の周辺、およそ半径一キロの建物が、すべて破壊されたのだ。
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