第19話 ○○だ
「……う」
思考が、まだ白い。
それでも、ラオはゆっくりとだが目を開けた。
視界がぼやけている。
風の音が聞こえた。
鼻は、とても煙たい匂いを感じ取っている。
おそらくは砕けたコンクリートの匂いだ。
「……いっ」
痛みと共に、状況に気がついた。
崩壊した建物と一緒に、自分が倒れている。
「な、にが……」
思考には、まだ靄が残っている。
その靄が、自分に何が起きたのか考えようとすることで徐々に晴れてきた。
生まれてはじめて体験した、一目惚れ。
その相手である、絶世の美少女、アイプフェン。
転入生だった彼女が、自己紹介の時に、死んだ。
醜く膨れ上がり、バラバラに弾け飛んで、死んだ。
彼女の肉片が、皆に飛び散った。
ラオに飛び散った。
頭蓋骨のついた髪の毛が、目玉が、元気よく鼓動する心臓と、豊かな乳房が、べっとりとラオの体にまとわりついたのだ。
「うっっ!? ぐぇぇえええええええええええ!?」
せっかく靄がついていた記憶をすべて思い出し、ラオは盛大に吐いた。
感じていなかった血の匂いが、戻ってくる。
髪の毛に、まだ油が残っていた。
アイプフェンの、体脂肪だ。
「っっひ、ひ、ひ……」
呼吸がおかしくなる。
吐瀉物がつまったわけではない。
ただ、呼吸することが怖くなった。
生きていることが、怖くなった。
死ぬ間際の、美しい少女の顔がラオの生に恐怖を与えていた。
「ひぃー……ひぃー……」
涙と吐瀉物にまみれながら、ラオはその場でうずくまった。
自分の心臓を守るように丸まりながら、ラオはただおかしな呼吸を繰り返した。
しばらくして、ようやくラオは落ち着きを取り戻した。
アイプフェンの死を思い浮かべないという、その場しのぎであるが、なんとかラオは立ち上がる。
あたりを見回すと、何もかもが崩れていた。
自分が立っている場所がどこなのか、なんとなくはわかる。
おそらくは、学校の校門近くであろう。
「何が、あったんだ?」
過去を思い出そうとすると割り込んでくる美少女の死をラオはなんとか振り払い、そのあとを思い出す。
「あれは、なんだったんだ?」
おそらくは、アイプフェンを吹き飛ばした原因である、赤ん坊の顔を実らせた物体。
あれが、学校さえも吹き飛ばしたのだろう。
「……皆、は?」
ラオの脳裏に、クラスメイトの姿が浮かぶ。
「ソラ……リク……ウミ……」
特に親しい3人の名前を呼びながら、ラオは歩き出した。
体は痛むが、歩くことができたのは幸いだっただろう。
普段よりもゆっくりではあるが、ラオはなんとか、昇降口のあったであろう場所までたどり着く。
「ネスミ……さん?」
そこで、倒れている女子生徒を見つけた。
クラスメイトのネスミだ。
ラオは駆け寄ると、彼女を抱きかかえた。
「ネスミさん。ネスミ……」
呼びかけて、すぐに悟った。
ネスミが死んでいることに。
理由は簡単だ。
よく見ると、頭の左半分が無くなっていた。
「そ……んな……」
ネスミの死体を抱いたまま、ラオはしばらく放心する。
「………………あ」
ラオが視界の端に映った別の女子生徒に気がついたのは、どれほど時間が経過したあとだろうか。
一時間のようでもあるし、数秒のことのような気もする。
おそらく、本当はそれほど時間は経過していないのだろう。
ただ、ラオの様々な感覚は正常ではなくなりつつあった。
だから、特に何も思うことができずに、ラオはネスミの体をその場にそっと置くと、女子生徒に近づく。
「ウシアルキさん」
クラスメイトのウシアルキはネスミに比べるとわかりやすかった。
何が、とは死体であることが、だ。
ウシアルキの体は、上半身と下半身で綺麗に分かれていた。
ラオは、ウシアルキの下半身を、彼女の上半身のところまで持って行ってあげた。
離れているのは、可哀想だと思ったからかもしれない。
「……あぁ」
次に、ラオはクラスメイトのトラツメを見つけた。
顎が無くなっている。死体だ。
ウツキの体があった。
トレードマークのツインテールが、彼女の可愛らしい顔と分かれていた。
死体だ。
タツカワが横たわっていた。
皮膚が剥がれていた。
死体だ。
ミミチが立っている。
いや、鉄の棒に突き刺さっていた。
死体だ。
ウマソウの足があった。
死体だ。
ヒツジシマが眠っていた。
首が取れかけている。
死体だ。
サルキが木の上にいる。
枝が全身に刺さっていた。
死体だ。
トリアサから音が聞こえる。
壊れたスピーカーが、体内にめり込んでいた。
死体だ。
イカリの体がガチャガチャと音を鳴らしている。
金網に突っ込んでいて、風で動いていた。
死体だ。
死体だ。死体だ。
死体だ。死体だ。死体だ。
死体だ。死体だ。死体だ。死体だ。死体だ。
死体だ。
ラオのクラスメイト達の死体が、次々と見つかった。
つい先ほど、朝の挨拶をしたはずの少女達の死体をたくさんラオは見つけた。
もちろん。
別のクラスの生徒達の死体も見つけた。
たくさんあった。
先生の死体もあった。
たくさん、たくさんの死体が、至る所に落ちていた。
「あ……は……は……は……?」
泣いているのか笑っているのか……そもそも、思考さえラオはできなくなった。
正常な感覚でいるには、あまりにも『死』が多すぎる。
「は……は……あ……は……」
ラオは、ふらふらと歩いていた。
思考はしていなかったはずだが、その足は自分の教室があった方へと向かっている。
なぜ、ラオがそこへ向かうのか。
もしかしたら、教室にはまだ、正常が残っているかもしれないと思っていたのかもしれない。
『生』が、残っているかもしれない。
もっとも、その教室も、跡形も残っていないのだが。
何もない教室で、ラオは呆然としていた。
何も無いのだから、何もできないでいた。
「……………………ぁ」
風に乗って、かすかに声が聞こえた。
トリアサの死体から聞こえた、壊れたスピーカーの機械音ではなく、ちゃんとした人の声。
ラオは、その声が聞こえた方に駆けだした。
教室があった場所から十数メートルほど離れた場所に、瓦礫の山がある。
その瓦礫の下から、確かに人の声が聞こえている。
「誰かいるのか!」
ラオは、自分でもこんなに大きな声が出せたのかと驚くほどの声で、瓦礫の山に呼びかける。
「……ラオラオ?」
声は、ソラのモノだった。
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