第20話 瓦礫の山
「ソラ? ソラなのか!? 大丈夫か? 一人か?」
ラオは呼びかけながら、瓦礫の山に手をかける。
重たい。
崩れそうにはないが、動かすことも難しそうだ。
「大丈夫……だよ。一人、だと思う。ラオラオは? 大丈夫? ケガはしていない?」
ソラにも、ラオにもお互いの姿は見えない。
「こっちは大丈夫だ! 待っていろ、今助ける!」
本当はケガをしているが、ラオは嘘をついた。
わざわざ、教える事でも無い。
「ソラはどういう状況だ? 瓦礫に挟まっているのか?」
「……机が間にあって、なんとか無事だよ」
「……机で瓦礫を支えている状況だな?」
ならば、多少瓦礫が崩れても、ソラは無事だろう。
とりあえず、ソラの顔が見られるように、声が聞こえている場所の小さな瓦礫をどけていく。
上の方から、順番に。
学校という頑丈な建物を構成していた瓦礫だけに、一つ一つが重い。
「……ラオラオ」
「なんだ?」
ラオが懸命に瓦礫をどけているとソラが声をかけてきた。
「……好きだよ」
「そうか」
パズルのように、瓦礫は組み合っている。
完全に崩壊してしまわないように慎重にラオは瓦礫をどける。
「ラオラオは?」
「……好きだよ」
素手で頑丈な瓦礫をどけたために、手が血だらけになっているが、痛さを感じない程度には、ラオはソラの事が好きだ。
「……ありがとう」
「こっちこそ……ありがとう」
ラオは、ひときわ大きな瓦礫をどける。
すると、ようやくソラの事を視認できるようになった。
彼女の言うとおり、机が重要な上半身の部分にあり、瓦礫の下敷きになるのを防いでいる状態だ。
「ソラ、出られるか?」
「……ごめん。多分、足が挟まっている。動けない」
「わかった。じゃあ、向こう側も……」
ラオがどうやって瓦礫をどかそうか悩んでいると、ソラが少し悩んで、言う。
「ねえ、ラオラオ。他に助けは呼べないの? それこそ、救助隊とか……」
「……助け、か」
ソラに言われて、ラオは周囲を見回した。
ラオだって、救助を呼ぶことはすぐに考えた。
しかし、無理だろうと思い直したのだ。
理由は、今の状況だ。
何が起きたのかわからないが、見渡す限りの建物がすべて瓦礫の山になっている。
このような状況で、救助隊というのは動けるのだろうか。
「スマホは? 持ってないの?」
「……カバンの中に入れていたからな」
電話が出来れば、もしかしたら来てくれるのかもしれないが、スマホさえ今のラオには無い。
「じゃあ、探してきたら? 私は、ラオラオが瓦礫をどけてくれたから、少しは大丈夫だと思うし……」
「けど……」
「ラオラオ一人で、残りの瓦礫、動かせそうなの?」
ソラの質問に、ラオは答えに詰まった。
残っている瓦礫は、大きなモノばかりだ。
ラオ一人で動かすには難しそうではある。
誰かの助けか、何らかの道具が必要だ。
ラオが険しい顔をしていると、ソラは笑って言う。
「救助隊の人、呼んできて……」
「……わかった」
ラオは、ソラがいる瓦礫の山を離れた。
(……救助隊。呼べるかわからないけど、どっちにしても何か道具がいる。瓦礫が動かせそうな……)
教室はさきほど向かったが、ラオの荷物もどこかに吹き飛んでいた。
今更向かっても無駄であろう。
だから、ラオは様々な道具があると思われる用具室の方へと走った。
用具室があった方へ向かうと、倒れている倉庫の前に誰かいた。
女子生徒だ。
(……また、か)
死体だろうと、気にしないように近づくと、その死体が急に動いた。
いや、死体ではなかった。
生きている、人だ。
「来ないで!!」
死体だと思っていた女性生徒はラオにとがった鉄の棒を向ける。
いわゆる、バールというモノだ。
バールの先を向けられて、ラオは慌てて手を上げる。
「落ち着いてくれ。俺は、別に……」
「……ラオ?」
バールを向けていた女子生徒は、ラオの姿をマジマジと見てくる。
「えっと、その声は……」
「ラオ!」
そして、女子生徒はバールを放り投げると、ラオに抱きついてきた。
「うおっ!? 落ち着けって、リク」
バールを持っていたのは、リクだった。
長い髪が前の方に来ていて、誰だか顔が判別できない状態になっていたため、声を聞くまでラオでも正体がわからなかったのだ。
リクは、ラオに抱きつくと、わんわんと声を出して泣き出した。
「よかった、ラオが生きていた! ラオが、生きて……生きて……」
「……ああ。生きているよ。リクも、生きているな……」
おそらく、リクも見てきたのだろう。
周囲にあふれる死体の山を。
バールを握りしめていたのも、恐怖からだろう。
泣いているリクを抱きしめながら、ラオも静かに泣いていた。
ひとしきり泣いた後、ラオはリクとお互いの状況を確認しあった。
「……やっぱり、電話は出来ないのか」
ラオと違い、リクはスマホをポケットに入れていたようで、すぐに救助を呼べないか確かめたらしい。
しかし、スマホは圏外で、どこにも電話はできなかった。
おそらく、近くにある携帯電話の電波塔さえ壊れているのだろう。
どれほど広範囲に、この破壊は続いているのだろうか。
「うん……誰か、助かる人がいるかもしれないって……でも、つながらないし、怖いし……」
リクは目が覚めると瓦礫の中にいたらしい。
しかし、ソラとは違って自力で抜け出すことができた。
そのときに、他の人たちの『死』を見たそうだ。
死んでいる人たちと、教室で見たアイプフェンの死から、リクは恐怖に駆られて無我夢中で走り、この倉庫の前まで来た。
落ちていたバールを握りしめて、ひたすらに恐怖していた。
『死』が来ると、『死んでしまう』と。
ラオは、そっと震えているリクの頭をなでる。
「……大変だったな」
「ありがとう」
リクは、撫でているラオの手に自分の手を重ねた。
「……ウミの姿は、見たか?」
ソラとリクが生きていたなら。
そんな微かな希望を持って、ラオは聞いた。
「ううん……ラオも見てないんだよね?」
「……ああ」
生きている姿も、死体も、ラオ達はウミの姿を確認していない。
「他に生きている人は?」
「私が見たところは、皆……」
リクの答えは、すべて聞かなくても解る。
「そうだよな。とにかく、今はソラを助けることを考えるか」
転がっていた倉庫の扉をあけて、ラオは救助に使えそうな道具を、倉庫にあった土嚢の袋に手当たりしだい入れた。
「う……重っ……」
がちゃがちゃと音を鳴らしながら、なんとか袋を持ち上げる。
「……ラオ、これ使ったら?」
苦戦しながらなんとか袋を持っていると、リクが運搬用の一輪車を持ってきた。
近くに転がっていたらしい。
「ありがとう」
ラオは素直に一輪車に道具が入った土嚢袋を入れる。
そのまま、一輪車を受け取って、ソラがいる瓦礫の山へ向かった。
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