第21話 好き
「……ラオ」
「なんだ?」
「大好き」
リクが、唐突に言う。
「ラオは?」
「好きだよ」
答えて、ラオは口を何度か動かす。
言うか言わないか、悩んでいるのだ。
そして、けっきょぅは言うことにした。
「……さっき、ソラにも同じ事言われた」
「そう。じゃあ、同じなんだ」
リクは、少し悲しそうに笑う。
「……同じって、何が?」
「死ぬ前に、言っておきたいことだったから」
リクの答えは、実はラオもなんとなく解っていた。
ラオも、同じ心境だったから。
死を見て、死を意識していたから。
だから、素直に『好き』だと答えたのだ。
そう答えておかないと、いけない気がしたのである。
ラオには好きな人がいるが、しかしソラやリク、ウミに対して好意がないわけではない。
その思いは、ラオにとって友情に限りなく近いモノではあったが、『好き』だという答えに、偽りはないのだ。
もっとも、彼女達の言う『好き』が異なる意味であるのはラオも重々承知しているし、彼女達もそれは分かっている。
分かっているから言わなかったし、分かっているから、今言ったのだ。
運搬用の一輪車を動かしながら、ラオ達はソラの元へと向かう。
「こっちからはいけないか」
ソラがいる瓦礫の山から倉庫のある場所へ一直線に向かう道は、よく見ると瓦礫で段差が出来ている。
歩いているときは通れたが、一輪車を通すとなると難しそうだ。
「あっちからいく? ちょうど、職員室があるし」
「職員室?」
「電話が無いかなって。固定電話。スマホはつながらないけど、もしかしたら……」
学校で、唯一有線の電話が置いてある場所が職員室だ。
もしかしたら、先生達が使う部屋にはそれぞれ置いてあるのかもしれないが、そんな場所、一年生であるラオ達はまだ詳しく知らない。
「なるほどな。どうせ通れないし、そっちから行ってみるか」
「まぁ、職員室も壊れているだろうけど……」
ガラガラと運搬用の一輪車を動かしていく。
足や手が転がっているので、丁寧に避けて進んでいく。
死体の数が多すぎて、気に留める余裕はなかった。
「……あ」
だから、動いている人には過敏に反応してしまう。
だれかが、職員室のあった場所の付近で瓦礫を動かしていた。
「ウミ!」
その誰かの正体をいち早く察知したリクが、駆け寄る。
「ん? リク?」
「ウミ!ウミ!」
「うわっぷ!?」
生きていたウミに、リクは飛びついた。
「……生きて、いたんだな」
「ああ……」
泣いているリクをあやしているウミに、ラオは話しかける。
眼鏡に隠れてわかりにくいが、彼女の目にも涙が浮かんでいた。
「……っ。ふぅ。えっと、二人だけか? ソラは?」
「ソラは、向こうの瓦礫に埋まっている」
「生きて、いるんだな?」
「ああ。机が間に挟まっていて、無事だけど抜け出せない。瓦礫をどかしていたけど、素手じゃ限界だったから、道具を取りに行っていたんだ。そこでリクともあった」
「そうか。無事で良かったよ」
「ウミは、何をしていたんだ?」
「電話を探していた。スマホはつながらないからな。ケーブルが無事ならつなげるかなって思ったけど」
職員室も、跡形もなかった。
「見つけたのは、これだけだ」
ウミは、唯一の戦利品だと、電話の受話器だけをラオに投げる。
電話機の本体につながってさえいない。
「……これから、どうする?」
「私も、ソラのところに行くよ。何か出来るなら……友達を助けたい」
ウミは、泣いていたリクの背中をポンポンと叩く。
それで、何かを察したリクはウミから離れた。
ウミは、ラオに近づくと荷物を渡す。
「これは……?」
「ラオのだろう? 私が倒れていた場所の近くに落ちていたから拾っておいた」
ラオの通学用のカバンだ。
中に、スマホがある。
「ありがとう」
「ついでだ」
そう言いながらウミは、そのまま、流れるようにラオに抱きついてくる。
「ウミ?」
「ついでだ」
ウミは眼鏡を外して、ぎゅっとラオの胸元に顔を押しつけてきた。
「……ウミが生きていてよかった」
「私も。太刀宝が生きていて、本当に嬉しい」
しばらく命のぬくもりを感じ合ったあと、ラオはリクとウミを連れて、ソラの元へ戻るのだった。
「大丈夫?ソラ!」
ソラが埋まっている瓦礫の山に到着すると、リクはすぐにソラの元へと駆け寄った。
瓦礫の隙間から見えるソラの姿を確認して、リクは目に涙を浮かべていた。
「大丈夫だよ、リクルン」
「この状態で、よく無事だったな」
「ウミミンも。元気そうだね」
「……ソラは、逆によくそんな状態で笑っていられるな」
「リクルンとウミミンに会えたからだよ」
仲睦まじく、3人が話している間に、ラオはソラが埋まっている瓦礫の山を確認する。
持ってきた道具を使えば、壊したり、動かしたり出来そうだ。
主に使う道具は、バール。
てこの原理を利用できる、頑丈で便利な道具だ。
ラオはさっそく、道具を使って少しずつ素手では動かせなかった瓦礫を撤去していく。
「私もする」
すると、リクも手伝うためにやってきた。
「あー……いや、リクはソラのそばにいてやってくれないか?」
「でも……」
「俺が瓦礫を動かしていて、何かあったらすぐに教えてほしいんだ」
素人が撤去しているのだ。
ソラの上には偶然机が乗っていたため彼女は無事だが、瓦礫が崩れて危なくなるかもしれない。
そういう異常が起きたらすぐに教えてほしいとリクにお願いする。
「わかった」
「私は、ちょっと周りの様子を見てくる」
ウミの言葉に、ラオは少し険しい顔をしてしまった。
「大丈夫か? その……」
今、周囲は死体だらけである。
そんな場所をわざわざ見てこなくてもいいのではないのか、そんなラオの指摘をウミは拒否する。
「わかっている。私も見てきたから。でも、見てこないわけにはいけないだろ? もし救助隊が来ていたら、すぐに誘導できるだろうし」
ウミの意見はもっともだった。
「……任せた」
「気にするな。ちょっと学校の周りを一週してくるだけだから」
そう言って、ウミは立ち去っていく。
こうして役割分担をすると、ラオは瓦礫の撤去を再開した。
道具を使っても、大変なことは変わらない。
でも、大好きな友達を助けるため、ラオは無我夢中で瓦礫をどかし続けた。
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