第22話 『モテる力』について話す

 しばらくすると、ウミが戻ってきた。


 本当に、学校の周りを歩いてきただけのようだ。


「……ダメだな。見渡す限り、瓦礫の山だ。救助隊が来ている様子も無い」


「そうか」


「……不思議だよな」


「何が?」


「こんな状況なのに、ヘリさえ飛んでない。瓦礫があって車が近づけなくても、ヘリくらいは飛ばすだろ?」


 ウミの指摘に、ラオも今更ながらそのことに気がついた。


「……何か起きているのか?」


「さぁ、わからない。詳しく調べてみるにしても、ソラを助けたあとだ。ところで、太刀宝」


「何だ?」


「『アレ』は、太刀宝がしてくれたのか?」


「ああ……見かけたからな」


 ウミが言っている『アレ』とは、おそらくクラスメイトの死体のことだろうか。


 ソラを発見する前に、見かけたクラスメイトの死体をラオは一カ所に並べていた。


 そのまま放置するには、あまりに悲惨な状態のモノもあったからだ。


 本当は、見かけた死体をすべて丁寧に並べたかったが、その余裕はさすがになかった。


「そうか。ありがとう」


「お礼を言われるようなことじゃない」


 ラオの言葉に、ウミは少し悲しそうな表情をする。


「……さて。帰ってきたし、手伝うよ。何をすればいい?」


「いや、大丈夫だ。後は、これをどけるだけだからな」


 一際大きな瓦礫をラオは指さす。


 この瓦礫をどかせば、ソラの下半身を抜け出せそうだ。


「ふぅ……ふんぬぅうう!!」


 バールも使ってどかそうとするが、まったく動く気配が無い。


「…太刀宝。それ壊して小さくしたほうが良いんじゃ無いか?」


 ウミの指摘に、ラオは大人しく従った。


「そうだな」


 ハンマーと鉄の杭を使って、瓦礫を砕くことにする。


「……『モテる力』か」


 ふと、ラオはつぶやいた。


「……どうしたの?」


 特に意識して声を出したわけではないのだが、リクに聞かれてしまった。


 誤魔化すか一瞬だけ悩んだラオは、そのまま素直に話すことにした。


「なぁ、リクは不思議に思ったことはないか?」


「何が?」


「俺がモテすぎるって」


「それ、自分で言うか?」


 話を聞いていたウミが、呆れたように笑う。


 その反応は、ラオが求めていたモノだった。


「実はさ。神様に『モテる力』ってのを与えられているんだよ、俺」


「へー」


 ウミとリクのそろった相づちは、ラオの話を冗談として受け取っているモノだった。


 それはそうだろう。


 こんな話、信じる方がおかしい。


 簡単に信じたイナリが異常なのである。


(まぁ、イナリの場合は『勇者』になりたいって夢があったからだけど)


 ラオは思わず苦笑する。


『勇者』なんて、こんな状況でも異質だと思えるような夢だ。


 ラオもミコトの存在がなければ、イナリの夢をあり得ないと笑っていただろう。


(イナリ、か。無事だといいけどな)


 幸い、イナリは今日学校に来ていないようである。


 学校以外の周囲の建物も崩壊しているが、いつものように人助けで遠くに行っているのならば、生きている可能性は十分あるだろう。


(っていうか、イナリ以外の男子も……あれ?)


 そこでふと、ラオは気がついた。


(男子生徒が……いない? 倒れていたのは女子だけ? 先生も、女の人ばっかりだたような……トメサクも、倒れていなかった。なんで……)


「じゃあ、ラオラオは、私たちがその『モテる力』のせいでラオラオのことを好きだって思っているの?」


 ラオの思考を、ソラの声がかき消した。


 ソラにも話が聞こえていたようだ。


(……まぁ、これはあとでもいいか)


 まずは、瓦礫の隙間からのソラの質問に、ラオは少し悩みながら答えることにした。


「んー……そうだな。そんな変な力の影響でも無いと、ソラやリク、ウミみたいな素敵な女の子が俺のことを慕ってくれないだろ?」


 ラオの答えに、ソラも、リクも不満げな表情を浮かべる。


 ちなみに、二人と違ってあまり褒められることのないウミは、素敵と言われて照れていた。


「そんなことないよ! 私も、リクルンもウミミンも、そんなのでラオラオのことを好きになったわけじゃないんだから!」


「ちょっ、ソラ、何を言っているんだよ」


 照れているウミは置いておくとして、ラオはソラに質問してみる。


「じゃあ、なんで俺のことを好きなんだ?」


「え!? いや、それは……ねぇ、リクルン?」


「私に振らないでよ。ソラが言い出したんだから、ソラが答えて」


「えー……ウミミンは?」


「ばっ!? だから、私は……」


 顔が真っ赤なウミの答えを待たずに、ソラは、しばらく悩んで、少しだけ照れを隠すように明るい声で言う。


「そうだね。私がラオラオのことを好きな理由は、瓦礫に埋まった私を一生懸命助けようとしてくれるから、かな?」


「なんだよ、それ。今の話じゃねーか」


 埋まる前から、ソラはラオのことを好きだと言っていたはずだ。


「じゃあ、私は、ソラを一生懸命助けようとしてくれるから、ラオの事が好き」


「リクも、なんだよその答え」


 便乗して答えたとしか思えないリクの答えに、ラオは苦笑する。


「ウミも同じで良いよね?」


「は!? いや、そりゃソラを助けようとしている太刀宝はカッコいいと思うけど……」


「カッコいいかは知らないけど、こんなの当たり前だろ?」


 理由になっていそうで、理由になっていない。


 ラオが呆れたように息を吐くと、リクはじっとラオのことを見つめながら言った。


「……私も、ウミも、ソラも。ラオなら私たちのことを必ず助けてくれる。そう思っているから、ラオの事が好きなんだよ」


 まっすぐにそう言われると、ラオもさすがに照れてしまう。


 瓦礫を砕くためのハンマーに力をこめて、リクから目をそらす。


「おお、リクルン良いこと言うね。そうそう。ラオラオの事が頼りになるから、ラオラオの事が好きなんだよ」


「わかった。わかったから」


 ラオは、ガンガンと瓦礫を砕いていく。


(……なんだよ、それ)


 ラオは罪悪感を持っていた。


『モテる力』で彼女たちの運命を変えてしまったことに対して、ずっと。


 その罪悪感が、薄れていく。


 その感覚を、ラオは瓦礫を砕くことで誤魔化していた。

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