第17話 いつもの登校風景

「ラオラオオオオオオ!!」


「うおっ!?」


 学校に到着し、上履きを履き替えると、いきなりソラが突撃してきた。


「なんだ、急に?」


 ラオはとりあえずソラを受け止めたが、返事がない。


「あのーソラさん?」


「……んへへへ……おはよう、ラオラオ」


「おはよう?」


 ソラは、なぜか満足げに笑っている。


「朝から何をやっているんだよ」


 そんなソラとラオの様子を見て、呆れたようにウミが言う。


「おはよう、太刀宝」


「おはよう、ウミ。あれ? リクは……」


 いつもは3人そろって挨拶をしてくるのに、リクだけが姿が見えない。


「ああ、リクは……」


「おはよう……」


「うひぃ!?」


 突然、後ろから声をかけられ、ラオは飛び上がるほどに驚いてしまう。


 ラオが振り向くと、すぐそこにリクが立っていた。


「なんだよ、後ろにいたのか……って、おい」


 リクは、背後からラオを抱きしめる。


「いや、いきなり何を……」


「んー? なんだろうね?」


 リクの美声が、耳元でささやかれる。


 ぞくぞくと背筋を走る快感に、ラオは思わず身震いした。


「んゃ!? ちょ、リク!?」


「ふっふふ……んゃ!? だって。可愛い……どうやって出すの? その声」


「ちょ、本当にやめろって。これ、なんか、ヤバい気がする」


「むー……ラオラオ、気持ちよさそうだね。こんな感じ?」


「ひぅん!?」


 リクとは逆側の耳に、息を吹きかけるようにソラがささやいてくる。


 そもそも、正面からソラは抱きついているのだ。


 前後を美少女にサンドされて、耳元にそれぞれの声を聞かされるという、どう考えても朝の学校でするべきではない光景が繰り広げられる。


「……おまえら、何をしているんだよ」


そんな光景を、ウミは呆れたように見ていたのだが、それをソラが許さなかった。


「ウミミン! さぁ、ウミミンも参加するんだ!」


「嫌だよ。それに、どうやって参加するんだよ、その状況で。私が入る余地はゼロだろ」


「ラオラオの両手が空いているでしょ?」


「だからなんだ」


「ウミミンのたわわなたわわを、ラオラオの両手に持っていくのだ!」


「しねーよ! 馬鹿か!」


 ウミの拒否は最もである。


「あー……そろそろ、離れてくれないか? じゃないと、マジで引き剥がすけど」


 ラオの方も色々と限界なので、離れるように二人に言う。


「えー……ダメ……」


「やれるもんなら、やってみろー」


 リクもソラも、ラオのお願いを却下する。


 ならばしょうがないと、ラオは軽く体をひねると、簡単に二人を引き剥がした。


「あ……」


「きゃうん!?」


 もちろん、引き剥がしたといっても、倒れないように支えてはいる。


 しかし、二人は悔しそうにラオに睨んでいた。


「むー、ケチ」


「ケチってなんだよ」


 ふくれているソラをラオは立たせる。


「残念……」


 そう言って、自ら立ったリクは、そのまま流れるようにラオの背後に回って抱きついた。


「って、おい! これだと一緒だろうが」


「まぁまぁ」


 一応、先ほどのように耳にささやいてこないが、抱きつかれていることに変わりは無い。


「なんだよ、今日は……」


「昨日のことがあったからだよ」


 疲れ切った声を出すラオに、ウミが答える。


 はっきりとは言わなかったが、昨日の事とは、ソラがラオに告白したことだろう。


 確実に断られる告白。


 無かったことにした告白。


 それをうやむやにするために、いつも以上にじゃれついている。


「……いや、わかりそうでわからないぞ? なんでそうなるんだ?」


「んー……まぁ、一言で言うと、好かれたいんだよ。二人とも」


 いつのまにか、ラオの腕をとっているソラが、恥ずかしそうに笑う。


 背後にいるリクもそうだろう。


「……好かれたいのは、私もだけどな」


「は?」


 ラオの疑問符に答えないで、ウミがソラとは逆側の手を取る。


 こうして、いつもどおり、3人くっついて教室へと向かうのだった。






「おおおうはっっようう」


「おはよう! おはよう!」


「はよ!はよう!」


「おはよう」


 教室へ着くと、いつものように他のクラスメイト達がラオ達へ挨拶をしてくれる。


 それに返事をしていると、いつもと違う光景にラオは気がついた。


「あれ? なんか少なくないか?」


「え? 皆いるよ?」


「いや、女子はそうだけど……男子は誰もいないのか?」


 いつも、女子に囲まれているラオを呆れと恨みが混ざったような目で見てくる、他の男子生徒たちが誰もいない。


 その中に、ヒノツルギやゲットウももちろん含まれている。


「あれ? そういえばそうだね。子墨ちゃん、何か知っている?」


 毎朝一番早く登校をしているネスミに、ソラが聞く。


「私は何も聞いてないですね。風邪とかじゃないですかね?」


「こんな時期に風邪かぁ」


 季節は6月。


 風邪が多い季節ではないのだが。


「男子だけ、今日は登校日じゃないとか」


「何サボろうとしているんだよ。そんな日、ねーよ」


「ラオは帰さないよー」


 リクが、ぎゅっとラオを抱きしめる。


「いや、帰らないけど。けど、不思議だな」


「そうだな」


 そんな会話をしていると、担任のトメサクがやってくる。


「おーっし! おまえら、席につけー!」


 トメサクのやけに元気のいい挨拶に、ラオは思わず不快な顔をしてしまった。


 まだ、現実に起きていないこととはいえ、ウミに対する暴行の映像がどうしても脳裏に浮かぶのだ。


(なんか、テンション高いし)


 さらに、妙に声が大きいのも、ラオの癪にさわった。


「どうした、太刀宝?」


「いや、大丈夫だよ。ウミ」


「お、おう」


 心配そうに声をかけてきたウミに、返事をして、ラオは大人しく席に座った。


「さてと。全員いるかー? じゃあ、さっそくだが……」


「いや、休んでいる人がいますよ。ね?」


 ネスミの指摘に、トメサクは教室を見回す。


「ん? 本当だ。太刀宝以外、男子が休んでいるのか。何も連絡はなかったのだが……」


 トメサクは学級名簿を見ながら、出席している生徒たちを改めて確認する。


「休みは、日剣、月刀、火縄、水鏡、木弓、金鎚、土城の7人だな。なんだ、可哀想に」


(可哀想?)


 トメサクは、少しだけ意地悪そうな顔で微笑んでいる。


 その顔が、ウミに暴行しているときの顔とダブってラオは思わず殴りかかりそうになった。


(……いやいや。落ち着け。さすがに今そうするのはわけがわからない)


 なんとか自制して、ラオはトメサクの話を聞く。


「じつはな、今日は嬉しい話があるんだ。なんと、このクラスに転入生がくる」


 転入生。


 高校生になっても、クラスに新しい人が増えるのは、テンションが上がるモノである。


 もちろん、ラオたちも、ざわつきはじめた。

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