第16話 イナリがいなくなる理由
6月13日
「大好きなミコトとラブラブな生活がおくれますように!」
「その願いは叶いませーん!」
いつものように、お百度参りを終えたラオの願いを、ミコトが却下する。
「なんでだよ! ちゃんとお百度参りしただろ!?」
「残念でーす。今日は100回参れてませーん。99回でーす」
「まさかの数え間違い!?」
毎日お百度参りをしていると、たまに回数を間違えることがある。
「じゃあ、今からもう一回、参ってくるから……」
「まぁ、100回参っても、ラオのお願いごとは叶えられないけどね。だから……ソラちゃんの告白、受けてあげたら?」
「……知っているのか」
「これでも、神様だからね。自分が運命を変えた人の事は、知っておかないと」
ラオは、ゆっくりと息を吐いて、ミコトと向き直る。
「ミコト。聞きたいことがあるんだ」
「なに?」
「ミコトが言っていた、ソラ達が不幸になるって話……本当か?」
ラオの質問に、ミコトは笑みを浮かべる。
「……どうして、そんなことを聞くの?」
「ミコトの話はリアリティがあったし、その様子も思い浮かべる事ができたんだけど……けど、やっぱりあり得ないだろ」
「あり得ない?」
「だって、イナリがいる。あの正義マンがいるのに、ソラ達があんな不幸な目にあうとは思えないんだ」
ラオの言葉に、ミコトは目を細める。
「イナリがいるから、あり得ない、か」
「ああ。イナリは……アイツは、スゴいんだよ。本当に。冗談みたいだけど、毎日誰かを助けている。まるで、物語のヒーローみたいなヤツなんだ。そのイナリがいるのに、あんな悪行が許されるなんてありえない」
「なるほどね」
ミコトは、つぶやくように相づちを打つと、少し悩んでから口を開く。
「……あんまり、こういうことは言いたくないんだけど」
「なんだ?」
「そのイナリって子。そろそろいなくなるよ」
「……は?」
ミコトの答えに、ラオは疑問符を浮かべることしかできなかった。
「いなく、なる?って、なんで? いや、何を言っているんだ? ミコト……」
「ラオは、イナリって子から、『勇者』について聞いたでしょ?」
『勇者』という単語のことを思い返し、ラオはうなずく。
「ああ……けど、それがどうしたんだ?」
「その『勇者』に、イナリは選ばれる」
「『勇者』って、ミコトが選ぶんじゃないのか?だって、神様が選ぶんだろ?」
ラオの質問にミコトは少々呆れた顔を浮かべた。
「ラオ。神様って何人いると思っているの? 八百万の神って言葉くらい聞いたことがあるでしょ?」
「いや、それくらいは聞いたことあるけど……ミコト以外にも神様っているのか」
「まぁ、この国は特に多いんだけどね。神様。でも、イナリが『勇者』になるのに、この国の神様は関係ない。というか、神様そのものが、関係が薄いかも」
「どういうことだ?」
「イナリからどこまで聞いたのか知らないけど……『勇者』にはいくつか種類があって、異世界を移動することで超人的な能力を身につけた者も『勇者』って呼ぶの」
「神様から力を与えられた者じゃなくてか?」
「それも『勇者』と呼ぶけど……今回は違うパターン。とりあえず、イナリは、ラオが知っているくらい、日常的に人助けをしているんでしょう? そんな変人、神様達に目をつけられないわけがない。特に、『異世界の神様』にね」
ミコトは、少しだけ顔を不快そうにゆがめた。
「『異世界の神様』って……」
「この世界の人間ってね。強いんだよ」
「そうなのか?」
そんなイメージ、ラオにはないのだが。
「うん。だって、堂々と『霊長類』なんて自分たちの種族につけるんだよ? 他の世界だと、そんんことできない。だって、人間よりも強い種族はたくさんいるから。例えば、有名なヤツだとドラゴンとか、魔族とかね」
「あー……他の世界って、そういうのがいるんだ。本当に」
ファンタジー的なお話でよく聞く名前ではある。
「そういった存在を打ち倒して『霊長類』になった人類は、他の世界の神様にとっては喉から手が出るほどにほしい人材でね。ましてや、人助けが趣味みたいな珍しい人は、なんとしても手に入れようとするんだよ」
人助けが趣味なら、自分たちの世界の人を救ってくれるだろう。
そんな計算が働くらしい。
「……手に入れようとするって、もしかして」
「『異世界転移』簡単にいえば、神様の誘拐だね。『神隠し』なんて言葉、文字通りすぎて笑える」
「イナリは、そうなるっていうのか? 神様にさらわれる?」
「確実にそうなるんだろうね。逆説的だけど、ソラたちの未来予想図にイナリが登場しないのがその証拠だよ」
ミコトの話を、ラオはにわかには信じることができなかった。
「それは……いつなんだ?」
「そこまでは、私もわからないよ。今日かもしれないし、明日かもしれない。でも、ソラ達の不幸は夏休みに発生しているから、そのころにはいなくなるんだろうね」
「止めることは、できないのか?」
ラオは反射的にそういった。
「ラオは止めたいの? イナリは、『勇者』になりたいんだよね?」
ミコトの反論は、ラオも言いながら自分自身で思い浮かんだことだった。
そう、イナリ自身が『勇者』になることを望んでいる。
ならば、たとえ止める方法があっても、決めるのはイナリ自身だろう。
「仮に……イナリ自身が行きたくないって言ったら、止めることはできるのか?」
「それは、できるよ。というか、『異世界転移』なんて、本人が拒否すれば簡単に阻止できるんだから」
「そうなのか?」
「うん。異世界につれて行く前に、本人の意志の確認が絶対に必要だから。もっとも、誘う側も、言葉巧みに良いこと伝えて連れて行こうとするから、難しいところではあるんだけどね」
「なんか、本当に誘拐みたいだな」
「この場合、使われるのはお菓子じゃなくて、特殊な能力のことだけど。ちなみに、事前に接触自体を禁止することもできるけどね」
「へー……」
「ちなみにラオのことだけどね」
「へえっ!?」
ミコトのカミングアウトに、ラオは驚く。
「な、なんだそれ。おまえ、俺にまだ何かしていたのか!?」
「当たり前じゃん。ラオって自覚がないかもしれないけど、私っていう神様の関係者なんだよ? そんな人間、『異世界の神様』は自分の世界に引きずり込みたいに決まっているじゃん」
「決まっているのか!? そんなことが!? 神様ってどういう存在なんだよ」
「自分のモノは譲らなくて、人のモノを欲しがる、そんな精神の持ち主」
「そんな有名漫画キャラみたいなのかよ、嘘だろ!?」
「まぁ、それは異世界の人をさらおうとする根性の悪い神様の話だけど」
ラオは神様の事をよく知らないが、そんな性格の悪い神様ばかりではさすがにないようである。
「って、よく知らない神様のことはいいや。それで、接触を禁止って、どうやったんだ? なんか守護みたいなことをしたってことだよな」
「ん? 特に何も、というかその『モテる力』が、接触禁止の守護みたいなモノでね。簡単にいうと、その『モテる力』があるだけで、この人間は私のモノだ、手を出すな! って知らせているのさ」
「つまり……マーキング?」
「そうそう。犬みたいにおしっこかけているわけじゃないけどね」
「おしっことか言うんじゃありません」
一瞬。イメージしようとして、すぐにラオは頭を振る。
変態的すぎる想像である。
「んー?ラオは今、何を考えたのかな?」
「別に、何も」
「本当かなー?」
「本当です」
ラオは、なんとか顔をそらしつづけた。
「……でもさ。俺なんかに、そんな守護なんてしなくてよかったんじゃないのか?異世界に連れて行かれるのって、イナリみたいな人助けが好きな人物なんだろ?」
「別に人助けが好きってだけじゃなくて、特殊な才能を持っている人とかも対象だしね。あとは単純に顔が好みだったり」
「顔って」
「神様は美形好きが多いから」
世知辛いが、確かにそういう伝説がないわけではない。
「それに、イナリが狙われるなら、ラオも狙われるに決まっているでしょ?」
「は?なんで?」
「ラオみたいなお人好し、そうそういないって話」
ミコトの言葉に、ラオは首をかしげる。
「俺がお人好し? 何を言っているんだ? 別に悪人のつもりはないけど、良い奴のつもりも……」
「昨日、ソラ達を助けたでしょ?」
ミコトが言っているのは、カラオケの一件のことだろう。
しかし、ラオは特別何かをした覚えはない。
「助けたって……別に、ウザい大学生を追い払っただけだぞ?それがなんだっていうんだ?」
「それをできる人はそう多くないんだよ、ラオ。だから、彼女たちも、ラオのことを慕っているんだ」
「ソラ達が俺に行為を寄せているのは、『モテる力』の影響だろ?」
「本当に、それだけだと思っている?」
ミコトの言葉に、ラオはすぐに反論しなかった。
「私が与えた『モテる力』はきっかけなんだよ。女の子達がラオと同じクラスになる。ちょっと、気になる存在にする。接する機会が多くなる。その程度。それから先は、ラオ自身の魅力さ」
「そんな、こと……」
「あるわけないのか、どうなのか。判断するのはラオだけどね。ちょうど、今日は良いタイミングかもよ?」
「どういう意味だ?」
「それは学校に着いてからのお楽しみってことで。今日は色々ありそうだねぇ」
ミコトは、空を見上げる。
ラオもつられて空を見たが、特に変わった様子のない、青空だった。
「ほら、そろそろ学校にいかないと、遅刻しちゃうよ?」
「わかったよ」
ラオは荷物を背負って学校へと向かう。
その背中に、ミコトは手を振り続けた。
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