第25話 黄泉がえり
「……生きている」
ラオが声を出したのは、目を開けてからしばらく経ってからだった。
空はどこまでも青く、雲一つ無い。
「……ソラ」
ラオは、友人の名前を呼んだ。
「リク……ウミ……」
目の前で死んだ彼女達の名前を、呼んだ。
もう、涙は出ない。
吐き出すモノも無い。
ラオには、声以外、出せるモノが無くなっていた。
どれだけ、彼女たちの名前を呼んでいただろうか。
とうとう声も枯れた頃、ラオはようやく起き上がった。
ラオが倒れていた場所は、校門とは真逆……裏門から少し離れた場所だった。
記憶の最後にある、あの光が放たれた場所から数百メートルは離れている。
あの光を放った女性……それに、勇者のような格好をした者たちは周囲にいないようだ。
いたところで、逃げ出す元気はラオには無い。
(立ち向かう勇気も無い)
勇者のような男性の前に立ったリクの姿を思い出して、ラオはキツく目を閉じた。
(……助けたい)
素晴らしい友人達。
(会いたい)
愛しい者達。
ラオの心は、今、願いに満ちていた。
「……生き返らせないと」
かすれた声でつぶやきながら、ラオは学校へ向かう。
もしかしたら、学校にはさきほどの勇者のような男性達がいるかもしれないが、関係ない。
学校に向かわなくてはいけないからだ。
(……ミコトは、言っていた。『死んだ人間を生き返らせるのは簡単だ』って)
神様である幼なじみの言葉。
決して、嘘を言っているようなそぶりはなかった。
(死んだ人間を生き返らせるには、『体』があればいい。だから、運ばないと……皆の体を)
ラオは、まずは一番近くのソラの肉体の場所へと向かい、彼女を回収した。
(リクと、ウミも……)
次に、リクと、ウミも集める。
(ネスミさん達も……)
死んでいる者全員は無理だが、クラスメイトくらいなら大丈夫だと思い、ネスミ達も運ぶことにする。
結果、とても重くなってしまったが、その重さをラオは感じなかった。
ただ、彼女たちを生き返らせなくてはいけないという強い思いだけで、ラオは歩く。
「……待ってて。絶対、絶対生き返らせるから……」
ラオは、ゆっくりとだが、目的地へ向かう。
ミコトがいる寄道神社へ。
寄道神社の参道は、ラオにはとても慣れた道だ。
毎朝、お百度参りをしているのだから、当然ではあるが。
しかし、今はその慣れた道でも、ラオの足取りは遅かった。
運んでいる彼女たちの重さもあるだろう。
しかし、何よりも重いのは、ラオの想い……願いだった。
「お願い……します。お願い、します。この願いは、叶えてください。皆を、生き返らせてください。お願いだから……お願いだから……」
願い事パワー。
などと冗談のようにミコトと話していたが、そういった力は実際にあるとミコトは言っていた。
だから、ラオはその願い事パワーが少しでも強くなるように、ゆっくりと、一歩踏み出すことに、強く、強く、ひたすらに願い続ける。
この願いは叶わなければダメだろう。
この願いを叶えないとダメだろう。
彼女たちは突然死んだのだ。
何の罪も無く、何の覚悟も無く、突然死んだのだ。
だから、生き返っても良いはずだ。
生き返らせることが出来るなら、良いはずだ。
強い想いと願いと共に、ラオはミコトがいる寄道神社へ到着した。
呼吸が荒くなっていた。
毎朝100往復している道を歩いただけなのに、これほど疲れた事は無い。
「……ラオ」
ミコトが、出迎えてくれる。
いつもは、ラオが願い事を言わないと出てこないのに。
「ミコト……お願いだ」
喉はすでにすり切れていた。声が声にならない。
しかし、はっきりと言わなくてはいけない。
ここで、間違った願い事をいうわけにはいかない。
ラオは、ぬっとりとした液体で自分の喉を湿らした。
「生き返らせてくれ。ソラを、リクを、ウミを!俺の大切な友達を!」
一度咳き込んで、ラオはまたぬっとりとした液体を口に含む。
声を出すのも限界だ。
でも、言わなくてはいけないのだ。
「ネスミさん。ウシアルキさん。トラツメさん。ウツキさん。タツカワさん。ミミチさん。ウマソウさん。ヒツジシマさん。サルキさん。トリアサさん。イカリさん。俺のクラスメイトも、生き返らせてくれ」
ラオは、大きく咳き込んだ。
いや、吐き出した。
声を出すために、願い事を言うためにぬっとりとした液体を口に入れたが、限界だった。
ぬっとりとした液体は、ラオの血だった。
体中の至る所から流れている、血液だ。
口を血だらけにしながら、ラオは、重ねて言う。
「お願い、だ。頼む……ミコト。これまでのお百度参りの分を使ってもいい。お願いだから、生き返らせてくれ……頼む。出来るって言っていただろ? 神様だろ?」
ラオは何度も、何度も言う。
少しでも強く、願いが届くように。
そんなラオの願いに、ミコトが答える。
「……無理だよ、ラオ」
願いが叶わないと、答える。
「な、んでだよ。なんで、だよ! 生き返らせることが出来るって言っていただろ、ミコト。死んだ人間くらい、生き返らせることが出来るって。体があれば、生き返るって……」
「そうだよ、ラオ」
叫び、激昂するラオに、ミコトは優しく語りかける。
まるで、幼子をあやす母親のように。
「体があれば、神様は人を生き返らせることができる。この神社まで持ってくれば、出来る。そうだよ、ラオ」
「じゃあ、早く……体は……」
「ラオ。それは、もう、体じゃ無い」
ミコトが言っていることを、ラオは理解出来なかった。
「何を、言っているんだ? 俺は持ってきただろ? 彼女たちの体を、こうやって、ほら。学校から、大切に……」
「通学カバンに入れて、持ってきたの?」
ラオは、ミコトに指摘されて、動きを止めた。
そして、ラオは自分が持っているモノを見る。
彼女たちの体を……いや、体だと思っていたモノを。
通学カバンに入った、大量の黒い塊を。
「……あ……あ……」
「見ていたよ。神様だから。見ていることしか出来なかったけど……ヒドいことだよ。皆、ヒドい目にあっていた。ラオが体を持とうとしても、簡単に崩れてしまうくらい、ヒドい」
そう、ラオはちゃんとソラ達の体を持って行こうとしていた。
しかし、ソラの体は頭から三等分になっていて、持とうとしても、持てるような状態ではなかった。
それは、リクも、ウミも同じだ。
リクの体は溶けていたし、ウミの体はバラバラだ。
そんな彼女たちの体を持って行こうとするならば、何かに入れて……ラオの通学カバンに、体の一部を、髪の毛を入れることしか出来なかった。
そうやってソラ達の髪の毛をいれた通学カバンをもって、ラオは思ったのだ。
人の体にしては軽すぎる、と。
だから、ラオは並べていた他のクラスメイトたちの髪の毛も詰め込んだ。
軽いモノを少しでも重くするために。
人の体の重さに近づけるために。
何より、これは本心からだが、ラオは一人でも多く生き返ればいいと、思っていたのだ。
「あ……あ……」
「例えば、ミイラでも肉体の原型は残っている。あそこまで残せば、なんとか生き返らせることができるから。でも、さすがに無理だよ、ラオ。髪の毛だけで人間を生き返らせるのは。神様でも無理」
ラオはゆっくりとその場に崩れ落ちる。
「あ……あぁあああああああああああああああああああああああああ!」
枯れた声が、境内に響く。
ミコトはただ黙って、ラオの頭をなで続けるのだった。
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