第3話 狐支 稲理(こと いなり)

「おはよう、太刀宝君」


「おはようございます」


「おはよー」


 すでに到着していたほかのクラスメイトが挨拶をしてくる。


 もちろん女子が、ラオにである。


(子墨(ねすみ)さん。丑歩(うしあるき)さん。寅爪(とらつめ)さん。兎月(うつき)さん。辰川(たつかわ)さん。巳道(みみち)さん。馬走(うまそう)さん。未嶋(ひつじしま)さん。申木さん。酉朝(とりあさ)さん。犬鳴(いぬなき)さん。亥狩(いかり)さん……)


 ほかの女子生徒達も、皆、ほかの学校ならば確実に学年で一番可愛い女の子と言われていても不思議ではない少女達だ。


 彼女たちが皆、ラオの近くにやってきては挨拶をするのだ。


 そうなれば、当然面白くない者たちがいる。


「おい! いい加減にしろよ!」


 ほかの、クラスメイト。


 つまり、男子生徒達である。


 今、苛立ちを隠さずに声を上げたのは、赤い髪をツンツンと立てている日剣 一芽(ヒノツルギ ハジメ)だ。



「朝からイチャイチャしやがって……おまえら何しに来ているんだよ!」


「もー、相変わらずうるさいなぁ、ヒノッチは」


 ヒノツルギに、呆れたような目を向けるのは、未だにラオの腕に抱きついているソラである。


「っ……ソラ。俺はおまえに言っているんだよ。なんでそんな奴の腕に朝から抱きついて……」


「ヒノッチに、そんなこと言われる筋合いは無いと思うけど?」


「俺は、おまえの幼なじみだろうが……」


 顔を赤くしながら言ったヒノツルギを一度見た後、ソラは目を閉じて、ラオにしな垂れかかる。


「家が隣で、高校まで学校が同じだっただけでしょ? じゃあ、やっぱり筋合いはないよ、ヒノッチ?」


「……ヒノッチっていうなよ。おまえは、俺のことを……」


 ヒノツルギは、小さな声で言う。


「ハジハジって呼ぶなっていったのは誰だったかな? ヒノッチ……いや、ヒノツルギくん?」


 あだ名ではなく、ただ名字で呼ばれたことに、ヒノツルギは赤かった顔を青く変える。


「ソラ……俺は……」


 ヒノツルギの目は揺れていた。


(……朝から何を見せられているんだ)


 この場の誰よりも、この空気に耐えられなくなったラオは、ソラを含め周囲にいる女子生徒達にいう。


「あの……そろそろ席に座りたいんだけど」


「はーい」


 ラオが自分の席にたどり着くと、女子達が去っていく。


 ソラは、最後までラオにくっついていたが、離れる直前にラオの後頭部に額を当ててきた。


「……またね」


 そう小さくつぶやいて、ソラも自分の席に戻っていく。


 そんなラオとソラの様子を離れて見ていたヒノツルギが、恐ろしい形相でラオをにらみ付けていた。


 ヒノツルギの視線を感じながら、ラオは思う。


(やめさせないとな、こんなこと)


 担任であるまだ20代の男性教諭、留柵 停矢(とめさく ていや)が、ホームルームを開始する。


 トメサクの話を聞き流しながら、ラオは自分の思考に没入していた。


(……幼なじみの女の子。気になるのは正直わかるよ、ヒノツルギ。俺だって、幼なじみの女の子が好きなんだから)


 もし、仮にラオがヒノツルギの立場で、ミコトが別の男の子と仲良くしていたら、嫉妬していたはずだ。


 許せないはずだ。


 それが、変な力のせいなら、よりその思いは強くなる。


(それに、俺はやっぱりミコトが好きなんだ。ソラでも、リクでも、ウミでも、なくて)


 最悪だろう。


 誰にとっての最悪といえば、ラオのことを好きになっている女の子と、その女の子のことを好きな男の子達が、である。


(俺がモテているんだ。ということは、当然誰かがモテなくなっている。しわ寄せが来て……異常が出ている)


 例えば、ソラとヒノツルギの関係のように、幸せになっているはずの二人の運命を、ラオの『モテる力』が壊している可能性が高い。


 そう、ラオは考えた。


(でも……どうやめさせる?)


 ラオは、ミコトという少女のことをよく知っている。


 可愛らしくて、他人の幸せのことを考えることができる少女だが、とても頑固な一面もあるのだ。


 特に、彼女が決めて行動したことにたいしては、曲げることはほとんど無い。


 しかも、今彼女は神様になっている。


 お百度参りをしても願い事を叶えてくれない神様だ。


 生前よりも、頑固な面が強くなっている気がする。


(でも、どうにかやめさせないと……)


 ラオがさらに深く思考していたときだ。


 教室の扉は勢いよく開かれる。


「おっはようございまーす!!」


 教室に入ってきたのは、ニッとした笑顔が印象的な少年。狐支 稲理(こと いなり)。


 1-Aの男子生徒で、唯一ラオと仲が良い少年であり、尊敬している人物だ。


「おそいぞ。遅刻だ」


 トメサクが、遅刻したイナリに注意する。


「すみません。大きな荷物を持ったおばあちゃんがいて……」


 イナリは、笑顔で遅刻した理由を話し始める。


「おばあちゃんの荷物を運んであげたら、とても嬉しそうに笑いながらお礼に風船をもらって。そのまま学校に向かっていたら、風船を無くして泣いている女の子がいたので、もらった風船をあげたら、とても嬉しそうに笑ってくれてですね。で、女の子からお礼に綺麗なコインをもらって歩いていたら、今度は素敵なおじさまがコインを探していたので、女の子からもらったコインを渡したんです。すると、おじさんはとても嬉しそうに笑顔で不思議な模様の鍵の形をしたキーホルダーを……」


「ゲームのお使いクエストか!」


 ペラペラと遅刻した経緯を話したイナリに、トメサクのツッコミが入る。


 しかし、イナリの話した内容そのものは否定しなかった。


「で、これがもらったキーホルダーです」


 イナリは、証拠とばかりに不思議な模様のした鍵の形のキーホルダーをトメサクに見せる。


「またか……わかった。もういい。席に座りなさい」


「はーい」


 イナリは、笑顔で自分の席に座る。


 そう、このイナリという少年は、毎日のように誰かの手助けをし、おまけに遅刻をしてくる少年なのである。


 ちなみに、今回は何かをもらっているようだが、無償で助けていることの方が多い。


 ラオも、入学してからすぐに、彼に助けてもらっている。


 いわゆる、英雄(ヒーロー)のような少年なのだ。


(……イナリに相談してみるか)


 イナリなら、何かいい考えがあるかもしれない。


 そう思い、ラオは、イナリに悩みを相談することにした。

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