第5話 イナリに相談する

「神様から『力』を与えられたって、どういうことだ?」


「例えば、眠った分だけ強くなって洪水をとめたり、動物たちを使役して鬼のような海賊を懲らしめたりとかだな」


「……それ、童話の内容だよな?」


 イナリの話は、三年寝太郎や、桃太郎の話をしているとしかラオには思えなかった。


「そうだね。そういう童話の原典が、神様に認められて『力』を与えられた勇者だよ」


 イナリの話は、普通ならラオは冗談だと笑い飛ばしただろう。


 しかし、ラオはすでに神様から力を与えられている。


『モテる力』という、異常な力を。


「イナリはその話を信じているのか?」


「調べたから。神様に与えられた『力』の内容とか、どうすれば神様から『力』を与えられるのか、とか」


「……どうすれば、神様から『力』を与えられるんだ?」


「多いのは奇跡を起こして生き返ることとか、異世界に行って戻ってくるとかだね。そうすると、神様に認めてもらえる。一応、何もしなくても神様が気に入った相手にはけっこう簡単に与えることもあるみたい」


 イナリは、あっさりと答える。


 ラオの場合は、ミコトに気に入られているから、『力』を与えられたのだろう。


(……というか、お百度参りは?)


 ミコトがいうには、ラオのお百度参りで貯まったお願い事パワーで『モテる力』を与えたという話だったはずだ。


「お百度参りとかじゃ、与えられないのか?」


「お百度参りって、たしか神社を100回往復しながらお願い事をするってヤツでしょ? どうなんだろうね。お百度参りだけで『力』を与えられるなら皆もらっているだろうし。むしろ、お百度参りをして、神様に顔を覚えてもらって、気に入られることが大切なんじゃないか?」


 イナリのいうことは的を射ているような気もした。


 そもそも、お願い事パワーとか言い出したのはラオな気もする。


(お百度参りをしなくても、『モテる力』は与えられていた……まぁ、ミコトは昔から適当なヤツだったしな。ウソというか、言わない事も多いし)


 人を害するようなウソはないが、必要無いなら言わないし、適当に誤魔化すタイプである。


「……別にいいか。それにしても、そんな事どうやって調べるんだよ」


 ラオは切り替えることにして、イナリに質問する。


「図書館で」


「そんなこと書いてある本があるのか? 図書館」


 スゴすぎる。


 どこの図書館なのだろうか。


「……なぁ、イナリは神様に認められて『力』を与えられたいってことだよな?生き返るとか……大丈夫だよな?」


 ラオの質問の意図に気がついたイナリは、少し慌てたように答える。


「ん?ああ、自殺とかしないから安心して。というか、自殺なんてしたら神様に認められる前に地獄に行くって。自殺は結構重たい罪なんだぞ? 地獄とか考えると」


「それならいいが……」


「でも、異世界には行きたいと思っている」


 イナリが、真面目な顔で目をキラキラさせている。


「異世界って、そんなのあるわけないだろ」


「いやいや、異世界って別にゲームみたいな世界とかだけじゃなくて、昔から語られているから。極端な話、さっきの地獄とかも異世界といえば異世界だし」


 イナリは地獄にいきたいのだろうか。


「それに、この『カンノバル』って地域は、『力』を与えられた勇者とか、異世界の伝説が多いんだよ。神隠しとかな。土地柄なのか、神様とか異世界とか関わりが強くて……」


「はいはい。わかったから」


「神様の話を振ってきた奴がそんなこというのか?」


「神様の話は、別だ」


 ラオが神様の話をしたのは、大好きな子が神様だからで、そのことが悩みの原因だからだ。


「……話をもどしていいか?」


「話してってなんだっけか?」


「俺の悩みの話だよ」


「ああ」


 イナリはポンと手を打つ。


「なんか、イナリの夢が俺の悩みにピンポイント過ぎてかなりズレたけど、もう、直接聞くな」


 本当は、もう少し濁しながら相談するつもりだったのだが、イナリが持っている情報はかなり有用だろう。


「神様から与えられた『力』を消すには、どうすればいい?」


 ラオの質問を聞いて、イナリは大きく深呼吸をした。


「なんとなく思っていたけど……そうか。ラオが勇者だったのか」


「勇者とかじゃねーよ」


 ラオはかいつまんで、ミコトのことと『モテる力』のことを説明する。


 ラオの話を聞いて、イナリは興味深そうにうなずきながら腕を組んだ。


「なるほどなぁ。ラオは異様にモテると思っていたけど、『モテる力』か」


「そうだよ。そんな力でもなきゃおかしいだろ。俺がモテるなんて」


「そうか?ラオならそこまでおかしい話でもないと思うけど」


「なんでだよ」


 どちらかと言えば、モテるならイナリの方がモテる気がする。


 人助けが好きなイナリは当然人格もよく、また容姿も整っているのだ。


「まぁ、そこら辺の話は置いておくとして、神様から与えられた『力』を消す、ねぇ。そんなのその神様にお願いするしかないんじゃないか?」


 当たり前といえば当たり前の答えを、イナリは返す。


「そりゃそうなんだろうけど……言っただろ? ミコトは簡単にお願い事を聞いてくれるようなヤツじゃないんだよ」


「って言われてもな。普通は、神様に与えられた『力』なんて、どんなに気に入らなくても諦めて受け入れるしかないだろうし」


 イナリの答えは、正論ではあった。


 そもそも、人智の及ばない領域の話なのだ。


 神様の言うことは、神様の言うとおりだと受け入れるのが普通だろう。


「でも、これは俺だけの話じゃないんだ。『モテる力』のせいで不幸になっている人がいるなら……消さないと」


「良い奴だよな。ラオって」


 善人の化身のようなイナリに良い奴と言われて、ラオは喜びよりも困惑が強くなる。


「どこがだよ。ヒノツルギとか苦しんでいるヤツはたくさんいたのに、俺は何ヶ月もその状態を放置していたんだぞ?」


「普通のヤツは、そのまま放置すると思うけどな。まぁいいや。そんなに神様から与えられた『力』を消したいなら、方法がないわけでもない」


 イナリは呆れたように肩をすくめる。


「方法って、なんだ」


「どっちにしても神様にお願い事を聞いてもらう必要があるからな。そんなとき、人間ができることはただ一つ……生け贄を捧げること、だろ?」


 イナリの答えを聞いて、ラオの喉が鳴る。


 同時に、午後の授業の予鈴が鳴り出していた。

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