モテる力の使い方
おしゃかしゃまま
第1話 『モテる力』
6月11日。
「これで、お百度目じゃああああああああ!!」
少年の元気な声が、朝の平和な時間に響いていく。
場所が人のいない神社の境内だからよかったが、これが住宅地なら確実に苦情が来ていただろう。
もっとも、仮に苦情が来ても、この少年は同じように叫んだだろうが。
彼の名前は太刀宝 力雄(たぢから らお)。
短髪で名前のように力強い顔をしている彼は、近所のカンノバル高等学校に通う、高校一年生だ。
趣味、というより彼には日課がある。
それは、彼が今いるこの神社。
寄道神社で、お百度参りをすることである。
「やっと、千回目のお百度参り達成だ……」
その数、なんと1000回。
彼は、今日1000回目のお百度参りを達成したのである。
ラオは軽く呼吸を整えたあと、手を合わせる。
1000回ものお百度参りによって叶えたい願い。
その願いは、決まっていた。
「大好きなあの子から、モテモテになりますように!!」
大きな声で元気よく叫んだラオの前に、美しい少女が現れる。
黒くて長い髪に、艶やかな肌。
大きな目は宝石のように輝いていて、全身に目を奪われる。
絶世であり、神秘的であり、まさしく神懸かっている少女は、一メートルほどの高さでふよふよと浮いていて……つまり、彼女は本物の神様である。
少女は、ラオの願いに笑顔で答えた。
「その願いは叶いませーん!」
少女は、自身の手で大きくバツの文字をラオの願いを却下する。
神である少女の答えに、ラオは微笑んだ。
「……モテモテになったら大好きなあの子に告白してOKをもらい、恋人になって、ラブラブな高校生活を満喫できますように。放課後にクレープ屋さんによって二人で食べたり、夏休みに海にいって帰りの電車で二人で寝てしまって知らない町にたどり着いてお泊まりとかしたり、クリスマスにプレゼント交換しておそろいのマフラーとかつけられますように! そして、結婚して夫婦になったら子供は3人は作って一緒にピクニックに行ったりして、生涯仲良く一緒に生きていけますように!!」
微笑みながら、願いを続けた。
「だから、その願いは叶わないっていっているでしょ!?なんで神様である私を無視して言い続けているのよ! ラオ!」
「おまえが問答無用で却下するからだろうが、 ミコト!」
神様である少女をラオは呼び捨てにする。
気安い間柄を思わせるやりとりのとおり、二人は知り合いだ。
「却下するに決まっているじゃない、毎日毎日、同じような願いを言って……馬鹿じゃないの?」
「毎日毎日言っているだから、いいかげん叶えてくれてもいいだろ? なんでダメなんだよ!」
「だから、ダメに決まっているじゃない。その願いを叶えることは、できないの」
「どうしても、か?」
「どうしても、よ」
神様である少女ミコトは悲しそうに眉を下げて、でも少しだけうれしそうに口角を上げて、言う。
「だって、その大好きな女の子は私なんでしょう? ラオ」
ラオは、うつむいて、一度だけうなずいた。
ラオとミコトは知り合いだ。
昔からの知り合いで、幼い時からの知り合いで、つまり、二人は幼なじみである。
ミコトが人間だった時の名前は、寄道 美命(よみち みこと)。
この寄道神社の神主の娘で、3年前、交通事故でその命を落としている。
「私の49日が終わって1000日間。毎日毎日この神社でお百度参りして……毎日毎日私に生き返ってほしいって……『生涯仲良く一緒に生きていけますように!!』かぁ。色々言っていたけど、結局はそれなんだよね」
太陽が、二人を照らす。
「……悪いかよ」
「うれしいよ」
毎日毎日、照らしている。
「でも、ね。言ったよね? 私は死んで、神様になった。ラオがはじめてお百度参りをしたあの日に」
その日のことは、ラオも覚えている。
「……遅かったんだよな?」
「ちょうどよかったのよ」
ミコトは、ふよふよと宙に浮きながら近づいて、ラオの頭に手を乗せる。
「私が死んでから、49日。現世から離れる日にラオはお百度参りをしてくれた。私にもう一度会いたいってお願いしてくれた。だから私は神様になれたんだから。ラオに会えたんだから」
今日は快晴だ。
でも、ラオの足下に滴が一つだけ落ちた。
「……神様は、死んだ人間を生き返らせることができるんだろ?」
「うん。神様だから、人間の魂は比較的自由に動かせる。私の神社の敷地内に人間の体があれば、簡単に生き返らせる事ができるだろうね。でも、神様になった私の魂は……この神社から簡単に動かせないし、そもそも、体は必要だからね。燃えて骨になった体に魂を戻しても、怖いでしょう?」
この話は1000日間。何度も話している。
ラオも知っている。
でも、聞かないでいられるかは、別の問題だ。
「1000日も、お願いしたんだ。なんとかできないのか?」
「なんとかしたいけどね。こればっかりはね」
ラオは顔を上げる。
「ケチな神様だな」
「ケチとはなんだ。ケチとは」
ミコトは頬を膨らませて、ラオの頬をつねる。
幽霊ではないので、普通に接触することはできるのだ。
ただ、神様というだけである。
ただ、人ではないというだけである。
「ケチはケチだろ? 俺のお百度参りで神様になったのに、1000回もお百度参りをした俺の願いは一つも叶えないなんて、な」
「それはラオができないことをお願いするからだよ」
ラオもミコトの頬をつねりかえす。
二人で頬をつねっている姿は、高校生のカップルがじゃれ合っているようにしか見えない。
「1000回もお願い事をしたんだ。お願い事パワーみたいなやつが貯まっているんじゃないか? 返せよ、お願いごとパワー」
「なにそれ? 初耳のワードなんだけど」
「神様なんて、お願い事パワーで生きているんだろ?」
「違うよ! もっとちゃんとした星とか世界のエネルギーとかそんなモノだよ!」
「それはそれでフワフワしているなぁ」
クスクスとラオが笑うと、ミコトは悔しそうに唸った。
「うー……まぁ、いいか。ラオの言うお願いごとパワーが、ないわけじゃないし」
「あるのかよ」
「ラオの分のパワーはほとんどないけどね」
「ないのかよ」
あるといわれたパワーがなくて、ラオは困惑する。
「人間にお願いごとをされると、神様が元気になるのは間違いないからね。信仰心。人の祈る心は馬鹿に出来ない。だからお百度参りとかあるんだし」
「え、それで、なんで俺の分のパワーがないの?」
「使ったから」
ミコトは当たり前のように答える。
「使った? え? 俺のお願い事は叶えることはできないんだよな?」
「うん。だから、ちょっと解釈を変更して叶えているよ?」
「変えるなよ、人の願いを! え、どんな願いを叶えたの? いや、変えられたならそれは願いじゃない気もするけど」
困惑しているラオに、ミコトはまさしく悪戯が成功した子供のように笑う。
「じゃあ、ヒント。ラオが言っていた願いだよ」
「いや、俺の願いはミコトと一緒に生きていくことなんだけど……」
「もう一つヒント。そのミコトちゃんは、超絶美少女でしょうか?」
「なんで疑問形で聞いてくるんだよ」
ドヤ顔でいっているので、たとえ好きな相手でもとても腹が立つ。
「って、いうか。もしかして美少女ってのがヒントなのか?」
「ふふふ……では、最後のヒント。ラオの学校生活はどんな感じかな?」
「どんな感じって……あ」
ここで、ラオは気がついた。
高校に入学してから、約2ヶ月。
その高校生活に違和感がなかったといえば嘘になる。
「わかったかな?」
「おまえ、まさか」
ミコトは、ラオから離れて、くるくると回り、ビシっとポーズを決める。
「そう。そのまさか。ラオのこれまでのお百度参りで貯まったお願いごとパワーで、ラオに『モテる力』を授けてみました!」
「何を授けているの!? なんかロクでもない力としか思えないけど!」
「そのまま、『モテる力』だよ。具体的に言うと、周囲に美少女が増えて、美少女にモテる力」
「やっぱり、ロクでもないな! なんだその力!」
ミコトの言う力に、ラオは今までの高校生活を思い返す。
たしかに、ラオのクラスには美少女と言ってもいいほどに容姿の整った女子生徒が多いのだ。
しかも、その女子生徒たちと、ラオは交流が多い。
非常に、そして異常に。
そのうっすらと感じていた疑問の答えを聞いて、ラオは嘆いていた。
一方、ミコトは不思議そうにコテンと首をかしげる。
「えー、世の中の男子高校生なら、泣いて喜ぶ力だと思うけど。美少女がワラワラと湧いてくるんだよ?」
「ワラワラって表現やめろ。良いイメージから遠ざかるから」
「じゃあ、ガサガサ?」
「さらに遠ざかったな。それは主に捜し物をしているときか、茂みに何かいる音だ」
「どんぶらこーどんぶらこー」
「桃が流れる時にしか使えない音もやめろ」
一通りミコトのボケにつきあったと、ラオは切り替えるために息を吐く。
「で、なんでそんな力を授けたんだよ。人の許可もなく」
「うーん。なんとなく。じゃあ、物をモテる力がよかった?何でもモテる力」
「それこそ、何に使うんだよ」
「美少女の荷物を持ってあげるとか。怪我をした美少女を運ぶとか。崩壊した建物から美少女を救うときとか」
「美少女から離れろ。何だよ崩壊した建物って。怪獣でもやってくるのか、この町」
ミコトと話すと話が進まないのは、ラオにとっていつものことだった。
「そんなミコトを可愛いと思うラオであった」
「勝手に人の心を読むな。まぁ、ミコトは可愛いよ」
「ふふ。ありがとう」
ミコトの笑顔にあきれながらも言い返そうとすると、ラオの持っている端末からアラームが鳴る。
「っと、もうこんな時間か。もっと話したかったけどな」
「お百度参りをしなかったら、もっとお話できるよ?」
ミコトの提案を、ラオは拒否する。
「お願い事をすると、神様は元気になるんだろ?ミコトが元気になるなら、続けるよ。願いが叶わなくてもな」
「……そっか」
ミコトが悲しそうな顔をしているのを、ラオは見ないふりをした。
「じゃあ、またな」
「うん。また」
ミコトに手を振って、ラオは学校へと向かう。
大好きなミコトがいない学校へ。
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