第39話 〝魔王覚醒〟
有翼の巨神ニケはロンドニキア竜王国の東にできた骸人族が溢れ出る穴を塞ぐことはできなかった。だが、シスは、絶対的な勝利の鍵を握っていた。更に左腕に宿った〝紋章樹〟の使い道は分からないが、ルツィフェーロから聞いた〝全ての歴代魔王〟を召喚することができる。
「骸人族があんなに沢山……はあはあ、このままじゃ竜王国を飲み込んでしまう」
「マグナス陛下、フィオさんから治癒術を受けてください」
「ホロウ、お前もずたぼろじゃないか……優先するのは優れた力を持つ者だ」
マグナスはそう言うと、一人佇むシスの方を向いた。
「あの様子だと戦いに交わったら間違いなく死ぬ」
「マグナス陛下、私も同意見です」
「わっちの主はそれくらいで死ぬような人物でありんせん」
フレアベルゼは手を組みながら断言する。異議があるなら火焔の錆剣の前に出よというくらいには、理不尽で、尊大で、正直で、冷静だった。
「それに……まだリンドベル・ベルリリーが消えたとは限らないでありんす」
「奇跡的な力を使い果たしたと聞いたが?」
「マグナス陛下の仰る通りです。どんな力でも……ほぼ死んでいる人間を生かすなんて奇跡をおこしたら、存在が消滅するのは過去の戦いの歴史でも同じです」
ホロウが、真っ当なことを言う。それには、フレアベルゼはくくくと笑みを作る。面白くてたまらない様子だ。フレアベルゼほどの強さを持つ魔王にもなると未来の簡易的な予知など造作もない。
「わっちはこの眼で奇跡が起こる瞬間を何度何度もも見てきんした」
シスが、マグナスとホロウのところへフィオを連れてやって来た。そして、歴代魔王を船員召喚するつもりの旨を打ち明けた。真っ先に反対するのは意外にもホロウだ。やっと兄妹二人揃ったばかりなのに死ぬ気なのかと正論を吐く。
「フィオさんをまた泣かせるんですか?」
「フィオには君がいるだろう……――僕の勘違いか?」
その言葉一つで、いい意味で青臭いホロウは黙ってしまう。考えを巡らせたマグナスが発言する。
「敵には最初に現れたような強き者は今は確認されていない。魔導砲を喰らわせて最大限お膳立てしたところで、歴代の魔王を召喚するのがいいと思うんだが……シス、お前はどう思う?」
「俺は――――」
言いかけたところで、フレアベルゼが割り込む。
「わっちが覚醒を果たしんしょう」
その場の雰囲気が「んんん?」と訊き返したくなるような雰囲気になった。魔族の覚醒は、幼少時の弱い魔族が強力な力を得る為に必要なものだ。今のフレアベルゼは正真正銘の大人の姿。覚醒などできるわけがない。
「わっちは成体でも覚醒できる特殊な魔王でありんす」
「う……誰かが自分も召喚しろと叫んでいる」
フレアベルゼはそれを聞いて不敵に笑った。見当がついている様子だ。
「冥府より出しものよ――――――汝に命ず――――――永劫の氷雪を持って――――――我の盾となり――――――敵を穿つ矛となれ‼ 顕現せよ――――――【断罪の冷嬢】レナスよ‼」
シスの両腕の〝紋章樹〟が黄金色に光り輝く。そして右腕を高らかに天へとかざし、叫んだ。左手に持つ〝魔王の書〟はレナスのページで自動で捲れるのが止まり、光と共に幼女の魔王レナスが現れる。
「くくく、かかか、ははは、嫉妬心から召喚を願うとは小物でありんすね」
「オバサンより若い方が、我が主様は好きに決まっているわ」
「その平たい胸を、わっちの主が好むと思っているのでありんすか?」
――――――シュワーッと冷気があたりを包んだ。
「君は……――レナスなのか?」
青白い肌に、露出度の多めな青いドレスを着た者は、間違いなく魔王レナスの覚醒体だ。
「つ、強さがこの場の誰よりも段違いだ。これが魔王の真の力?」
そこで魔王レナスは、跪きシスの目の前で従属の証として手の甲にキスをした。
それを見て、逆に嫉妬心を燃やす者が一人。魔王フレアベルゼである。
「わっちも覚醒をして見せてやりんしょう」
――――――ボワッと灼熱があたりを包んだ。
「フレアベルゼ……――それが真の姿?」
燃え滾るような髪は、長く腰まで伸びており、黒と赤のドレスを着ている。半分仮面で隠れていた顔が見えるようになっており、美しさが言語化できない程、ただただ美しく凛としていた。
「つ、強すぎて、どちらが強いとか言えるレベルじゃない」
ホロウが恐れ入ったという感じで、竦み上がった。
フレアベルゼの炎の中にシスはいた。抱きしめられたのだ。だが熱さは感じず、不思議と安らぎを感じた。そこに氷の弾丸が無数に発射される。レナスがキレたのだ。ブワーッと炎が舞い起こり、攻撃を無効化するフレアベルゼ。
――――――二人の相性は最悪だな。
だが、従えられればどんな力にも勝る強さを得ることができる。シスは二人を交互に見て言った。ルツィフェーロの言った魅了の呪いのせいで、好意を向けてくれている二人には申し訳ないと思いながら、シスは宣言する。
「現界した骸人族をより多く倒した者に僕はキスしてあげようと思う」
「んん……あ?!」「ええ……え⁈」
他にも話を聞いていたフィオやマグナス、ホロウにブリジットまでが言葉を失う。はっきり言って、自分に女を天秤にかけるなんてクズだろうとシスは自嘲する。だが、思いつくのは、これくらいだ。
「わっち一人で充分でありんす」「オバサンの出る幕はないわ」
「わっちは歴代最強の魔王でありんす」「二番の勘違いね、歴代一番は私だわ」
バチバチと本当に熱気と冷気がぶつかり合って火花を散らせていた。だが、このやる気を上手く生かせば……充分に通用する。間違いなくこのシスたちの世界で頂に立つ者たちだとシスは思う。
「二人共まずは、あの虚空を閉じてくれ。それが戦闘開始の合図だ」
「ああ……少し遅かったみたいね」
シスの言葉に、大人びた妖艶さを醸し出すレナスが言った。
「確かに、あと一歩、遅うござりんしたね」
その場に空震が走る。まるで空気に亀裂が入るかのような圧をシスは感じた。
急に外気の温度が下がった。おかしい今は夜にしても寒季でこんなに寒くなることなどない。
次元の裂け目から出てきたのは氷を纏う〝朱殷色の鬼〟だ。大きさもウヴォルス・ヘリオステスを一回り超えている。フレアベルゼとレナスが同時に口を開く。
「わっちが」「私が」
「敵をたおしんす」「倒します」
「倒した方が勝ちでありんす」「倒した方が勝ちでいいですね」
「わっちの主よ」「我が主様」
シスは、迫られたのと、〝強さと恋焦がれる乙女のギャップ〟で、タジタジになる。それは全世界の男共が悔し涙を流す絶景だった。白と青が基調のレナスと赤と黒が基調のフレアベルゼはまさしく正反対の容姿をしている。憧憬としているものも対照的だ。
――――我が名は、ヴァイエル・カナレ……序列三位の骸人族冥王軍の〝凍将〟よ。
それを聞くとフレアベルゼとレナスは、〝凍将〟ヴァイエル・カナレに一直線に飛翔していく。
黄金の粒子が一粒肩に乗っているのをシスは気が付いていなかった。
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