第四章
第33話 〝ルツィフェーロ〟
パトゥ・ルツィフェーロの記憶をシスは見ていた。ルツィフェーロは街の中を走っていた、姿は、黒い学生服に、大量のスクロール――――巻物を鞄に入れている。歳は一〇を超えているかだろうか。だがシスが注目したのはその頭だった。小さな黒い角が二本見え隠れしている。
大通りを走っていると、魔列車が入っており、その煤で咳き込んでしまうルツィフェーロ。そこに肩を叩く者が一人現れる。
「やあ、ルツィフェーロ、魔法学院に行ったら、まずは顔を洗わないとな」
「ノア・フランマ……おはよう……また死んだペットを死霊術で操っているのか?」
「だってさ……愛着が沸くだろう? いつまでも一緒にいて欲しいじゃないか」
ノア・フランマは素直に言い切った。ノア・フランマは大死霊術師――――グランドネクロマンシーを祖父に持つ天才的な問題児だ。この前は死んだ妹を学校に連れてきて、魔都のグランツフェミナス魔法学院を大騒ぎさせたばかりだった。
「俺もそれは分かる。だけど……普通の魂は浄化されて魂のサイクルに乗るか、異界へ飛ばされるだろう。この世にあり続けるなんて……」
「どうしたルツィフェーロ?」
「究極の魔道具が作れるかもしれない」
フランマは、呆れ果てた。このパトゥ・ルツィフェーロはスクロールや魔導書や剣やら傘まで、魔法の力を込めた最高の魔道具を作ることに執心している。
問題は、不滅の魂とどうやって契約するかだ。
「ルツィフェーロ……スルマンド先生の授業に遅れるからそろそろ急ごうぜ」
「ああ……ちょっと待ってくれ。魔法契約の〝紋章〟を書いてから学校へ行く」
「みっちり怒られろよ」
フランマはルツィフェーロの才能を高く評価していた。だが、天才肌過ぎて、稀に奇怪な行動をとる。それはフランマも同じだとクラスや魔都の魔法学院でもみんなが知っていることだ。
惹かれ合う素質と感性を二人は持っていた。
――――――数ヶ月が一気に経ったのをシスは実感する。
「おい、フランマ、この剣に犬の魂を移植することはできないか?」
「前みたいに、魔法契約の不備で暴れ出すなんてことはないよな」
「今度はより強い魅了の呪いをかけたから、持ち主は基本的に好かれる」
フランマは、つい数日前、猫の魂を移植した斧に殺されそうになっていた。詐欺心が沸くのは仕方がないことだった。だが、ノア・フランマは、パトゥ・ルツィフェーロのやることに興味を惹かれていたことは事実だ。
「で? いつやるんだ? あの実験は?」
「英雄墓にこっそり忍び込んで、魔王陛下の魂をこの〝魔王の書〟に封じ込める」
「歴代の魔王陛下全ての魂と契約を結ぶんだよな」
「一度上手くいけば、あとは歴代の魔王陛下の魂と魂がが共鳴し合い〝魔王の書〟へ封印される」
「歴代の魔王陛下への不敬罪で殺されるかもしれないな」
ルツィフェーロはウキウキと内心喜んでいるが、フランマは大いにビビっている。まさに凸凹コンビというやつだろう。ルツィフェーロは研究になったら奇人変人を余裕で超えるし、フランマは死霊術を使う時だけ、正確が変貌する。お互いどっちもどっちの性格ゆえ馬が合うのだ。
――――――それから数週間後をシスは見ている。
「ルツィフェーロ‼ 罠だらけだったが、ついに第三〇代魔王フレアベルゼ様の墓にやって来れたぞ。お前ももっと喜べよ」
「帰り道……またあの罠だらけの道を通らなきゃいけないと思うとげんなりしてるんだよ」
「バカだな……計画したのはお前だろう?」
「バカって言うな、僕は天才だぞ」
「同じ天才だからバカって言えるんだろう?」
そりゃそうだ、とルツィフェーロはフランマと笑い合った。
二人は仲の良い兄弟のような関係だ。天才過ぎて議論が白熱し、殺し合いにまで発展するが、そんなどうでもいいことを考えるなら実験と研究をしていた方がいいというのが共通した話だった。
「英雄墓ってもっと金銀財宝ばかりだと思っていたよ。不気味だな」
「ルツィフェーロは怖がりだな。ほら足下にダンゴムシの魂が飛んでいったぞ」
「ひっ⁈」
「そんなんじゃ彼女もできないぞ?」
「俺の彼女は研究対象だけだ」
「言うと思ったぜ」
フランマは笑い、ルツィフェーロはなぜ笑うのかと憤った。二人は更に奥へ奥へと向かう。神聖な宝珠が安置されていた。その下には棺がある。
「魔王憑きになったらどうしようか?」
今度はフランマが心配し始めた。それを見ておかしなやつだなと思うルツィフェーロ。
妖精や何かの魂に愛されるのを○○憑きと呼ぶ。
「そんなことにはならないさ……早くフレアベルゼ様の魂を〝魔王の書〟に移植してくれ」
「理を紐解く我が命ずる――――――死にたる者と生きる者を――――――分けし壁を崩したまわん――――――ネクロスサモン‼」
英雄墓に常に点いているはずの魔石灯が消えていき、宵闇のごとく暗くなった。光っていた神聖な宝珠がヒビを生じさせる。フランマは少しちびるし、ルツィフェーロは怖れで涙が出る。だが、こうして二人の魔道具作りは成功していく形になる。
――――――それから数年後をシスは見せられている。
「ダメだ……魂は憑依しているのに呼び出せない」
「私たちの時間をつぎ込んだ歳月が無駄に終わるというのか?」
「いや、フランマ、そんなことにはならないさ」
若いのに白髪が目立つフランマはルツィフェーロの言葉を訊く気になどなれなかった。二人は魔都の魔法学院から落第し、放校処分となった。それでも優秀なパトロンを味方につけ研究を重ねている。
「〝剣〟、〝槍〟、〝盾〟、〝傘〟、はあと少しで、歴代魔王の力を再現できるが、〝魔導書〟のみが、歴代の魔王様を召喚するという機能がどうしても上手くいかない。他の剣や傘も安定しない‼」
「ここに妖精珠がある。これに俺の魂のコピーを移植するんだ」
「そんなことをしたらオリジナルのお前がどうなるかくらい分かっているだろう?」
「消えるだろうな。だが、演算宝珠の回路代わりにはなるだろう?」
ノア・フランマはパトゥ・ルツィフェーロの頬をぶん殴った。親友にそんなことをさせることに対しての怒りからだ。だがルツィフェーロは笑顔のままだ。
「俺は現魔王様が作った未来予知演算宝珠エキドナで、魔族が滅び耐えることを密かに伝えられている。将来、魔王の力が必要になった時、俺たちが作った魔道具が運命を切り開く者たちに与えられるように現魔王様は因果律を変えると仰った」
「だからと言ってルツィフェーロ……お前が死ななくても……フランマ……いつかまた会えるさ。その時は酒でも飲み交わそう」
――――――これが〝魔王の書〟ができた経緯なのか。〝〟
――その通りだ。魔王候補よ。
――――お前には世界を脅威から守る義務がある。
――――――シス・バレッタ、大いなる魔王へなるがよい。
シスは答えられなかった。自分はもう死んだのだから。だが、目を開けるとフィオの顔。傍らにはホロウ・アストレアの姿もある。死ななかったのはなぜだろう。そう思った瞬間、ルプスがくれた〝不死鳥のスカーフ〟がボロボロと燃え灰に変わった。
――――ルプス……――ありがとう。
そしてシスは立ち上がる。敵から味方を守る為に。
守る者がある男は――――――何者よりも強くなれるだろう。
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