第41話 〝黄金妖精との再会〟
シスが気を失ってから一週間ロンドニキア大陸中で前竜王グレン・ジオ・ロンドニキアの国葬と異界からの敵骸人族の襲撃の注意が呼びかけられた。魔蒸気船で一年はかかる旧大陸の方に情報が回るのはかなりの時間を費やすと予想されている。
「あっ、ここは……――どこだ?」
『シス、気がついたのね?』
「君は……――ベルなの?」
『そうよ、力も使い果たしたし、吹いて消えるほどの存在力しかないけどね』
「リンドベル・ベルリリーが生きていてよかった。ところで……――僕はなぜ治癒院なんかにいるんだい?」
リンドベルは、はあーッとため息を一つ吐き、黄金の粒子にしか見えない身体をシスの上に乗せた。シスは潰したら消えるんじゃないかとヒヤヒヤする。そんなシスの考えも無視してリンドベルは叫んだ。
「あの後大変だったんだからね」
リンドベルが言うには、シスが気絶した後フレアベルゼとレナスがケンカをしたらしい。どの程度の事象が発生したのかは、濁されていたが、相当なものだった様子だ。下手にいえばシスに心理的な負担をかけかねないという配慮。
「お兄さま……――?」
ガシャーンッと花瓶が割れる音がする。フィオはもう巫女服ではなく普段着を着ている。そして、花瓶を入り口で割ったフィオの後ろからホロウ・アストレアが放心したのち、治癒士を呼んだ。その後は大変だった。ロンドニア竜王国の都だったらしく、王宮には〝偉大なるグレン王〟と〝大召喚士シス・バレッタ〟を称える者たちで溢れかえっているらしい。
「シス・バレッタ、王宮の外はアンタのファンでいっぱいよ」
ブリジットが忌々しそうに言いながら血液パックから血液を飲んでいる。そしてマグナスがやって来た。ホロウとフィオが場所から少し離れる。マグナスは王者の紫に染まったマントを羽織っており、竜王へと即位した旨を伝えた。そして、シスに伝えた。冥王ユーグレイが再び〝異界浸食〟を行うのは一年後と王都の未来予知演算宝珠エキドナが予測したという。
「これも使おうかと思ったが、シスお前から俺はドラググレイヴをもらった〝魔王の眼鏡〟はお前が役立ててくれ。これから先、ホロウを含めて七人の勇者候補とシスとブリジットを合わせた七人の魔王候補を早急に集めたい」
「ホロウが勇者候補?」
シスは自分の素っ頓狂な声に自身が驚きを禁じ得ない。ホロウは驚くシスに竜と盾の紋章が手の甲に描かれているのを見せた。シスはそれを見て納得した。
「あと、父の竜王グレンは冥王軍と相討ったということにした。実際はそうなった可能性は高いからな。あとはイヤな話だが竜王国の品位と影響力を失わない為のウソだ」
グレンと言った時のマグナス竜王の顔が一瞬暗くなったのをシスは見逃さなかった。大分痩せたなという印象を受ける。睡眠もとれぬほどの激務ゆえか父を失くした心労なのかはシスには見当もつかないが。
「とにかくだ。今はシスが二週間ぶりに目を覚ましたことだし、明日祝いの席を用意することにしよう」
そう言ってマグナスがみんなを連れて帰ろうとしたのをシスは呼び止めた。
「再生した左手の〝紋章樹〟について分かったことはありませんか?」
「東のラナフォード公国に紋章学に詳しい獣人族の学校がある。そこを訪ねるといい。ルプスという〝泥棒組合〟のリーダーのことを聞いた。紋章について詳しかったようだな。本名を知りたいならそこへ行けば何かわかるかもしれない。あとは……ベオグランデ自治領は平和な土地になるようにまともな執政官を派遣した」
シスに付いている気難しい治癒士が王たる者をさっさと帰らせた。起きた直後だと魔力の循環が上手くいっていないような印象を受けるからだ。ジーっとリンドベル・ベルリリーがシスを見つめているのが分かる。
「リンドベル……何をしているんだい?」
『魔力と寿命を計算しているのよ』
「怖いから寿命は知りたくないないな」
『魔力値の下限は五〇〇〇代だね。上限は……一万五〇〇〇代。大召喚士の呼び声に恥じぬレベルには相当するんじゃないかしら』
金色の粒になってしまったリンドベルは〝寿命〟については一言も話さないでいる、視線が絡み合うのをシスは感じた。そして真っすぐにリンドベルを見続ける。
『うぅ……ん、誤魔化しきれないのは予測していたけど、まあいいわ。教えてあげる』
「ちょっと待ってくれ。心の準備をするから」
シスは、スーッハーッと息を吸ったり吐いたりを何度か繰り返した。
『シス、あなたの寿命は六〇年ほどに減っているわ。このままだときっと骸人族との戦いに勝っても長くは生きられないわ』
「ベル……――いや、リンドベル・ベルリリーが正直に話してくれて嬉しいよ」
『たった数日で二〇年近くの寿命が消えたのよ。なんで平気でいられるの?』
「死んでも父さんや母さんのところへ行くだけだし、怖くはないよ」
細い金色の光を発しながら、リンドベルは宙を舞う。シスはそれを見ていると父の大好物の蜂蜜酒をちょろまかして、飲ませていたことを思い出す。一年ぶりに自宅に帰りたいという衝動が鎌首をもたげた。行ったところでシスに残るのは虚無感だけだと分かってはいるのだ。
『シスは変わったわね。残飯漁りをして魂が死んでた頃とは大違いよ』
「あれはルプスが助けてくれたんだよ」
『違うわよ。環境はどうあれ、自分を救うのは自分よ』
そう言われて、ルプスのことを思い出す。一つ言われたことがあった。
――――――シスは大英雄になる素質があるよ。
ルプスは紋章は人の人生を現していると言っていた。そしてそれをこんなにも宿しているシスはきっと大成すると言っていたのをシスは思い出す。ルプスのことを考える度に心の傷が痛んだが、彼女の作ってくれた道はまだ続いている。シスは決意を固めた。
決めたらテコでも動かないのがシスのいいところでもあり悪いところでもある。
『ベル……――君は今から王宮を抜けると言ったら反対するかな?』
「シスのよくやる無理無茶無謀に離れているから反対はしないわ」
『じゃあ……――今から脱走だ』
「お兄さま、誰が脱走するんですか?」
一番見つかってはならない相手に見つかってしまったシス。青ざめて、汗を垂らす。
「私とホロウ、フェシオンも連れて行ってくれるなら騒ぎにはしませんよ」
「そこまで予想していたんだろう? さすがのフィオには敵わないな」
『シスは……行動が読みやすいのよ』
「ベルはどっちの味方なんだよ」
それは聞かなかったことにしたのか人々の周りを舞う黄金の筋。楽しそうに揺らめいて、シスの前に躍り出る。
『早いことはなにものよりもいいことって昔の東の国に伝わっているわ』
「ベル様……善は急げですか?」
『それそれ、ホロウ・アストレア……ボケっとしてそうだけど頭はまあまあいいみたいね』
「はははは……褒められているのでしょうか?」
シスたちは竜王国の関係者に見つからないように準備を進めた。
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