第14話 〝追跡者の娘〟 

「わっちらは魔族でありんす。分りんしたか?」

「おお……――だが、そんな汚名を着て、この先大丈夫なのか?」

「巨人族の戦士を倒したわっちの主の強さを見たのじゃろう?」


 卵を王国兵士にぶつけた女の子が手を挙げる。


「何やってるか分からなかったけど、みんなすぐに襤褸々々になってた」

「そういうことで、ようござりんすか? 領主様?」


 ネェル・アロンドの街の住人はみんな揃ってうなずいた。どこの国にも属さないアロンド平原の民は、処世術に長けている。シスは街の住人が酷い目に遭うことがないように信じられなくなった神に祈った。


「では……――僕らは……――これでお邪魔しました」

「シス様、フレアベルゼ様‼ いつかまた来てくださいね‼」


 〝おおかみ亭〟の店主が声いっぱいで別れを惜しむように叫んだ。

 フレアベルゼは燃えるような髪をポニーテールにして、手を大きく振った。シスはその姿が綺麗で頬を赤く染めてしまう。人々が見えなくなったところで、フレアベルゼは荷台の椅子に座った。


「いい街でありんしたな。わっちの主よ」

「また来たいな。誰かさんは大樽の麦酒を買い込んだから……大変な出費だったが……」

「その代わり、〝神骸宮殿〟に早く着くダンジョンを教えてもらったでありんしょう」

「で、まだ見られているか?」

「そうでありんすね。しつこい吸血鬼でありんす」


 吸血鬼――――〝闇の大陸〟の住人の一族。魔族の血を濃く受け継いでいる。シスは、そんな存在がどうして、シスたちを追いかけてきているのか、分からなかった。


「相手はこちらが気付いていることは知っているのか?」

「わっちの主に惚れているようでありんすね」

「惚れ……んん……――どういうヤツだ?」

「わっちの炎で撃ち落としてやりんしょうか?」


 シスは、フレアベルゼの手を繋いで、それを制した。フレアベルゼは少しばかり顔を赤らめる。〝おおかみ亭〟での、軽いすれ違いが二人をただの召喚主と召喚者の関係から一歩変えた。


『ミィミィミィ‼』


 なにも分からないフェシオンは少しフレアベルゼに遊んで欲しいようだ。フレアベルゼは干し肉を一齧りさせると、同じ干し肉をかじりながら寝っ転がり始める。フレアベルゼは快楽主義者だ。寝っ転んで、干し肉を肴に酒を飲むのを旅の醍醐味としている。


「わっちの主よ、そろそろ〝ロンドニキア大塩湖〟でありんす。その前に決着を付けんしょう」

「ああ……――そうだな。そろそろ、真意を問いたいところだ」

「闇より黒き炎よ、爆ぜろ――――――ハイエクスプロージョン‼」


 フレアベルゼが短文詠唱し指をパチンと鳴らす。

 空中に黒い炎が爆発し少女が目を白くして背後の平野に落ちる。


「ふん、陰気な吸血鬼風情が‼」

「吸血鬼には何かイヤな思い出でもあるのか?」

「幼い頃、吸血鬼の長に貞操を奪われそうになりんした」


 ――――ッッ⁈


「そいつは……――今どこにいるんだ?」

「わっちの主も知っている場所でありんすよ」

「僕も知っている……――場所だって?!」


 フレアベルゼは燃えるようなポニーテールを揺れしながら、シスの耳元に囁きかける。


「地獄でありんす。襲われそうになった時燃やしてやりんした」


 話しながら、吸血鬼の落ちているところに向かうと、血の斬撃が飛んで来る。シスは、身体を阿修羅に貸してから、勘がよくなった。フレアベルゼが手助けする前に避ける。


「もっとわっちの主は、手助けできる方が可愛いんでありんすがね」

「ははは、自分の身体じゃないみたいだよ」

「アンタたちアタシをこんな目に遭わせて……ただで済むと思っているの?」


 シスは少女の方を向いて魔鉄鋼の剣を抜く。噛まれただけで、支配下に置かれるという吸血鬼の特性は恐ろしい。シスは、準備万端で戦闘の直感を思い出す。鋭い刃物のように鋭利な感覚。魔王アシュラが放った殺気を思い出す。


「ただの人間の子供だったのが、一日でこんなに変わるなんて?!」

「人間を舐め過ぎでありんすね。我々、魔人たち――――魔族を滅ぼしたその力は測り知れないでありんす」

「ちッ、〝ルツィフェーロ〟に見初められたのはアンタだけじゃないんだからね」


 グルリと吸血鬼の視界が反転する。バタンと音がして、吸血鬼の少女はシスに投げ飛ばされたのだと知った。彼女は吸血姫だ。吸血鬼の中でも高貴な身分だ。燃やされて、土を二度も付けられるなど許されざることだった。


「いいわ……次期魔王に選ばれる私の力を知りなさい」

「小娘がわっちの主に勝てると思っているのでありんすか?」


 吸血姫は、詠唱を始める。


「赤い血が満ちる――――――双子の月よ――――――嗚呼、我が力を解放したまえ――――――フルムーンクイーン‼」


 吸血姫は身体を悶えるようにして抱きしめて、一気に成長した。まるで数十いや数百年を生きた古い吸血姫のように。


「これがアタシの第一形態よ。アンタ、そんな貧相な武器で勝てると思ってるの?」

「そうだね……僕はあくまで召喚士の一族だ。だから魔王フレアベルゼに戦ってもらう」

「魔王フレアベルゼ?! あのワルプルギスの凶炎を起こした最強の一柱? あはははは、アンタ、ただのバカね。そんなもの召喚できるわけがないじゃない?」


 フレアベルゼはポニーテールにしていたバンドを外した。長い髪がまるで王女のようにフサーッと広がる。そして、詠唱を開始した。


「わっちが炎の威を示す――――――神狩りの剣――――――顕現せよ――――――火炎の錆剣よ」


 なにもない宙からフレアベルゼは、燃える赤錆の目立つ剣を取り出した。刀身からは金色の血がしたたり落ちている。それはかつて魔王フレアベルゼが神殺しの大罪を犯してから呪われてしたたり落ちている。地上のどんな猛毒よりも身体を蝕む恐ろしい呪いが付与されていた。


「吸血姫の私がビビっているの? 息をするのが……上手くできない」


 空気が薄まったような気配がして、シスは一瞬呼吸ができなくなった。フレアベルゼは手を抜いているが、それはシスの為。フレアベルゼは、今まで全力の一厘も出したことはない。


「〝ルツィフェーロ〟とは何者でありんすか?」

「それを教えたら……見逃してくれるのかしら?」

「わっちが主、シス・バレッタ様の考え次第でありんす」


 シスは考えた。〝ルツィフェーロ〟という何者かが他人の運命を変えているのではないかと。もしかしたら、〝魔王の書〟は、バレッタ家の真祖ローバレルが作成したものじゃないのかもしれない。呪うべきはその人物か? だが目標はフレアベルゼとのすれ違いでシスは確認した。フィオを助けること。復讐は二の次だ。


「交換条件よ……アタシが情報を教えたら、アンタたちは、アタシの味方に付いて欲しい。他にも巨人族の王や獣人族の狂戦士なんかも〝ルツィフェーロ〟の遺物の呪いにかかっているから」

「つまり、仲間……――もしくは不戦条約が結びたいと?」


 少し間を開けてうなずく吸血姫は――――――〝ルツィフェーロ〟について話し始める。


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