第11話 〝束の間の休息〟
シスは黒い竜馬を少し早めに走らせた。もうすぐ日が暮れる。そうしたらきっと〝ネェル・アロンド〟の門は閉まってしまうだろう。竜馬が急いで走る度に〝竜除けの鐘〟がゴーンッゴーンッと早鐘のように鳴る。日暮れまであと少しというところで、近隣の小麦畑を耕している農夫の乗る馬に追いついた。
「お兄さん、若いね。冒険者か何かを目指している旅人かい?」
「いえ……ロンドニキア竜王国にいる妹に会いに行くんです」
「それで〝アロンド平原〟を目指すのは、ちょっと無謀過ぎないかい?」
「ええ……――ようやく〝ネェル・アロンド〟に着いて実感しているところです」
優し気な農夫は続けてシスと話をする。フレアベルゼはフェシオンと遊ん部のに夢中だ。
「最近はこの〝ネェル・アロンド〟もきな臭くなっていますよ。竜王国の巨人族の兵士が、飛竜を何匹も生け捕りにやって来るんです。あ、でも今のは内緒ですよ。国の緩衝地帯とはいえ、今の竜王国は恐ろしいですからね」
「おじさん、〝ネェル・アロンド〟の街で、一番流行っている宿はどこか分かる?」
「ああ、それなら〝おおかみ亭〟がおススメだよ。東門の近くにあるんだ。店主も獣人族の女将さんもとても親切だからね。おまけに温泉が湧いているから街の連中も入りにくるよ」
シスは、農夫の男性に礼を言うと東門へと回った。夜の緞帳がそこまで迫っていることが分かる。〝ネェル・アロンド〟の街はまるで城塞都市のようだった。高台には大きな投擲装置があり、飛竜の侵入を許すまいとしている。東門に入る時は飛竜の赤子〝フェシオン〟は隠し、フレアベルゼには、黒い角がある頭にルプスから渡された〝不死鳥のスカーフ〟を頭に巻いた。
「わっちの鼻が言ってやす。〝おおかみ亭〟では美味い麦酒が待っていると……じゅるり……温泉の後の酒は身体に染みんす」
「路銀を無駄に使う気はないぞ? それだけの稼ぎをできるならともかく魔王様ともあろう御方が、飲み代を恵んでもらうなんて聞いたことがない」
「ふ、ふん、わっちがその気になれば、飲み代くらい簡単に稼げんす。酔い潰れたわっちの介抱は頼みんすよ」
シスが〝おおかみ亭〟の主人と話をしている間にフレアベルゼは、フェシオンと干し肉を食べていた。長旅だと水が腐るので蒸留した酒精の強い酒も樽に入っている。既に、フレアベルゼは……、自分で〝最強の魔王〟と旅の中で何度も言った者は……酔っ払っていた。
「フレアベルゼ……温泉は無料で入れるようにした。酒も一杯までなら麦酒が無料で飲める。そのくらいで済ませておけよ?」
「わっちの主は、しつこい男でありんすね。わっちは、〝火焔の鉄姫〟と謳われた存在でありんすよ。金など余裕で稼いできんす」
それを宿の二階の廊下で聞くと、シスは手をひらひらさせて少し笑う。フレアベルゼは、その態度にムッとした様子で、階下に降りていく。まだまだ始まったばかりの旅だ。あまりガチガチになるのもよくないとシスは考えている。
二階の相部屋に入ると飛竜の子供〝フェシオン〟がミィミィと鳴いていた。餌をやりながら、この〝フェシオン〟をどうするか考えていると階下から少し大きな歓声。
「(まあ、風呂に入って麦酒を飲めば満足するだろう)」
そう呟いて、眠りに落ちそうになると、ワーワーと群衆の声がする。確実に何か異常事態が起きている。その源が何なのか少し考えるが、想像したくなくて、頭を振った。
「わっちの主ではないか‼ ほれ、炎の投げキッスじゃ‼」
――――はッ⁈
間の抜けた空気が抜けるような声を出したのが自分だと気付くのにシスは少し間が空いた。
「あの年ですげえ美人だな。おまけに炎の魔法があんなに綺麗に使えるなんて⁉」
「いーぞ‼ お嬢ちゃん‼ 飲み代は俺たちが持つから、最高の芸を見せてくれ‼」
シスは苦笑いしかできなかった、フレアベルゼは魔王としての誇りを捨てたのか、それとも酔っ払っているだけなのか、口から炎を出したり、美しい炎の蝶を舞わしたりと、観客の男たちの要望に応えている。シスは、世の中の価値観と自分の価値観がすれ違いを起こしているのではないかと眩暈が起こりそうだった。
「ああ……――旅で疲れた身体に染みる」
シスは温泉に入ることにした。男女に分かれており、男性の風呂は岩で囲まれた丸い湯船が湯気を出している。夏季とはいえ、〝アロンド平原〟は夜は冷える。温かい湯が骨身に染みた。温泉の外ではまだワーワーと叫び声が聞こえる。街に着く度にこれではどうしようもないとシスは対策を考えようとした。だが、無意味だと悟る。なにかのかけ引きでフレアベルゼから一本取ったことはまだない。
「まだ……やってるな。本当に魔王らしい一面もあるのに、生娘がはしゃいでいるよう面まであるよな」
魔王フレアベルゼのことがもっと知りたくなったので口笛を吹く。
「(~♪♪~~♪~♪~♪♪~)」
『な~に、私今寝てたいんだけど?』
「黄金妖精は日が暮れて起きて、日が出る頃眠るから黄金妖精なんだろ?」
『ふ~ん、そうだけど……なんか妙な感じなのよね』
「妖精族特有の勘ってやつか?」
『西のロンドニキア竜王国にいる妖精と話をしていたんだけど……〝神骸宮殿〟に人が集まっているらしいのよ』
「フィオは関係あるのか?」
『まだ、全然分からないわ』
フィオのことになるとシスは、前のめりになってしまう。我ながら情けないと自重したいが、中々そういうわけにもいかない。シスの旅の目的はフィオを取り戻すことと復讐を遂げることなのだから。
「なあ、ベル、魔王フレアベルゼって……――一体どんな奴だったんだ?」
『えええ、私に聞くの? 直接、本人に聞けばいいじゃない?』
「わっちの主は、わっちにメロメロなんでありんすね」
『私は二人の間に挟まるつもりはないから……ばいば~い』
黄金妖精リンドベル・ベルリリーは光の粒子となって〝妖精郷〟に帰った。
「わっちの主よ……恥ずかしがらずにこっちを向いてくれんせんか?」
「お、お、お互い裸だろ。まだ、ぼ、僕はそういうことには疎いんだ」
「わっちも、シス様と同じじゃ」
〝シス様〟という単語を聞いて、シスは背中がぞわぞわした。怖いからではない。逆に、フレアベルゼという女に好意を抱いてしまったからだ。
「わっちはな……幼い頃に魔王に即位したが信じられる友人も恋人もいのうござりんした。生涯を孤高で過ごして、最後は〝初代竜王〟と刺し違え〝ワルプルギスの凶炎〟を起こして、ロンドニキア大陸を半分燃やして果てんした」
「友人も恋人もいなかったのか……悲しい人生だな」
「その通りでありんす。だから今度は守ってくりゃれ」
シスが風呂から出ようとすると背中にフレアベルゼのすべすべした肌と胸のふくらみを感じる。シスは、心臓が太鼓のようにドンドンドンと鳴り響くのが分かった。この一線を越えたら、間違いなく関係性は変わる。
「フレアベルゼ……今の僕にはその気は……」
ボチャンとフレアベルゼが湯船に沈む。酒を浴びるように飲み過ぎたのだ。
――――このタイミングで泥酔してくれてよかった。
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