第20話 〝黄金妖精の秘密〟

 地下水路は段々と地上に近づいていてた、現れるモンスターもアンデッドは消えた。リンドベル・ベルリリーとシスが話し合った結果、地下水路の一部が大死霊術師ノア・フランマによりダンジョン化していたのではないかという結論に至った。


『そろそろ、忌々しい太陽が目覚める時間だわ』

「なあ……ベル一つ訊きたいんだけど、なんで太陽と不死者が嫌いなんだ?」

『一つ目は、太陽神とケンカ別れしたからよ。太陽神は魔王に屠られるまでずっと傲慢の極みだったわ。二つ目は妖精族は死んだ者と相性がいいから、不死者に喰い殺されかねないからよ』

「いい栄養源ってことか……大変だな」

『そろそろ、お暇するわ……レナスはあんまり、落ち込んじゃダメよ』

「ありがとう、ベルさん」


 しばらく無言の時間が過ぎる。レナスはたまに鼻歌を口ずさんだりしながら、モンスターを氷の弾丸で殺しながら道を進んでいた。シスは、急激な睡魔に襲われる。左腕を失くしていて、意識を保てる方が異常なのだ。シスは、そのくらい我慢強い。


「我が主様、ゆっくりお休みになって下さい」

「ああ……――レナスも疲れたら休むんだぞ」

「ええ、勿論です」


 シスは、泥のように眠った。思えばルプスの〝泥棒組合〟を抜けてから、ネェル・アロンドの街まで休む暇もなかった。ネェル・アロンドでも気分を緩める隙などない。その後は言わずもがなだ。シスが……再び起きるまで、心地いい歌が聞こえる。それはレナスの子守歌だった。

 心の底から安堵できる優しい調べ。

 昔聞いたことがあるような錯覚を覚えてしまう。穏やかな声、ゆっくりとした安心感。


 ――――だが、突如止まる。


「我が主様……なんだか様子がおかしいわ」

「うぅ……ん? レナス……――どうかしたのか?」

「ここはダンジョンの中だわ……‼」

「ええ⁈」

「我が主様……匂いを辿っても地上へ出れないの。きっとこの水路自体がダンジョンで……目覚めたばかりの大迷宮なんだわ」

「なぜ目覚めたんだろう?」

「〝竜王の長刀〟――――〝ドラググレイヴ〟が封じていたのかも」

「ならこいつを使ってまたどこかを刺せば……痛っ……弾かれた」


 シスは考えた。竜王と魔王は常に反発し合って来た。清廉潔白ではないにしても竜王は魔王を倒す為に勇者と共にあるのが普通だ。初代勇者の名は忘れられて久しい。そのパーティーメンバーは詳細は不明だが、のちの竜王アルメリオス・ジオ・ロンドニキアが在籍していたことは事実だ。


「我が主様には魔族の血が入っているわ。たった一滴でもこの〝ドラググレイヴ〟は使われることを許さないんだわ」

「一滴くらい我慢しろ‼ 捨てちゃうぞ‼」


 痛みに耐えながら右手で、〝ドラググレイヴ〟を持つ。桜花国でいう薙刀という武器に近いらしい。シスは、腕を切った時と同じかそれ以上の反発する痛みを感じた。だが、耐える。耐えなければならない。不屈の精神が奇跡を起こした。


「アンタ、魔王候補なのにそんな〝聖遺物〟扱えるわけ?」


 聞き覚えがある声がして、シスは振り返ると、馬車の後ろに、ブリジット・レイラ・アリントン――――吸血姫が傘を差していた。日も差さないんだから畳めばいいものをとシスは思ってしまう。


「〝聖遺物〟ってなんだよ。魔王候補が持つべきじゃないみたいな言い方だな」

「〝聖遺物〟は、死んだ勇者の剣みたいな聖なる力を封じた魔道具よ」

「邪悪なる魔族の血筋には、扱えないってわけか。でも持つことはできたんだ。使うことだってできるはずだ」

「根性ってヤツね。嫌いじゃないけど……やるならもっとスマートに行きましょう。ダンジョン主に向かって使うのが一番効率がいいわよ」


 ブリジットはなんだか、少し様子が変だ。何かを隠しているような気がして、シスはじっと見つめる。レナスがずっと不思議そうな顔をしてシスとブリジットを見ていることに誰も気が付いていない。


「我が……主様?」


 一瞬、体感温度が下がった気がするシスは、レナスの話に耳を傾けた。ブリジットも、レナスの方を向くが、初対面のはずなのに、冷や汗をかき始める。


「ちょ、ま……待って……彼女は――――〝断罪の冷嬢〟レナス?」

「なんで……私のこと知ってて、怖がっているの?」

「だ、だって、〝滅びの丘〟事件を起こしたって、有名だから……」

「どういう事件なんだ?」

「嘘偽りを平気で行う魔族やその眷属を一人残らず氷砕したって事件よ」


 レナスは、クスクスと、ブリジットの方を向いて笑い始める。シスは体感温度がまた下がったのを自覚した。訊くのは禁忌だったようで、レナスはブリジットから目を離さない。青白い目が殺気を帯びているのが分かる。不死者を殺す魔王なのだから、ブリジットも簡単に捻れるだろう。


「ふ~ん、あなたは正直な人なのね。吸血姫さん。でも我が主様には自分で伝えたかったな。すごく私不愉快な気持ちだわ。いずれ我が主様に危害を加えるならここで始末する方がいいのかもしれないわね」


 レナスは無数の氷の弾丸を一瞬で形成した。シスも〝紋章樹〟を通さなくても空気で、理解できる。レナスは、ただただ静かに、怒りを募らせていた。シスは、思い切った行動をとる。レナスの角を優しく掴んだ。


「ヒャッ、我が主様……〝夫婦〟になるつもりですか?」

「いずれそうなる可能性もあるだろうな」

「誤魔化した我が主様はズルいわ。でも、契ってくれたのは嬉しいな」


 さっきまでの殺意はウソのように融けて消え、弛緩した空気が作られる。ブリジットは余程怖かったのか、尻もちをつく。人だろうと吸血姫だろうと殺されるのを見るのはいい気分はしない。きっと妹のフィオも同じことをするだろう。


「そ、そ、そうよ……ダンジョン主の場所ならアタシに任せて」


 なんで知っているんだよとは訊かないシスは呆れていた。恐らく貧民街の入り口から迷い込んだとかそんな感じだろうと決めつけている。ブリジットは飛翔魔法で悠々とダンジョンを移動した。


「ねえ、我が主様……人族の男と女は結婚の前に、〝恋人〟になるんでしょう」

「ああ……――レナスも、興味があるのか?」

「我が主様……――今日のこの場で契り合いませんか?」


 ――――っち?!


 シスの感覚は〝魔王の書〟のせいで、常識の埒外へと変わっていた。不滅の魔王の魂の声を聞くこともできる。シスは確実に〝誰か〟の声を聞いた。聞いた感覚が耳に刻み込まれている。


「怒っている魔王が一人いるわね」

「レナスには分かるのか?」

「ええ……流石に全員の声は聞こえないけど」

「ああ……ならいいんだが――――」

「――――フレアベルゼとかの声を聞いたな」


 ――――ッッ⁈


「ゴホゴホッ」

「我が主様、平気?」

「(二人を同時に召喚できるようになっても……――絶対にフレアベルゼとレナスは会わせない。会わせたら世界が滅ぶ……かもしれない)」

「え? 我が主様……なんて言ったの?」

「何でもないよ。それより……――ブリジットの後を追ってくれ」


 シスは、ブリジットが何故この大迷宮にいるのかを真面目に考え始めた。

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