第21話 〝待ち構える竜人〟

「なあ、ブリジット飛翔魔法で……――貧民街へ行ったんだろ? なんで地下水路なんかにいるんだ?」

「あはははは、道を間違えたからかな?」

「…………」


 シスはジト目でじーっとブリジットを見つめる。ブリジットは汗ばみ始めて、額から一筋汗が垂れる。そしてとってつけたかのように発言した。


「シス・バレッタ、アンタ、なんで腕がとれているの?」

「最初に訊く質問だろ?」

「だって不死である私は再生できるから……人族って不便なのね」

「で……誤魔化しても無駄だぞ。なぜブリジットは……――ここにいるんだ?」


 ブリジットは恥じらう乙女のような顔をして、発言する。

 レナスは凍てつくような瞳でブリジットを睨みつけていた。


「血に飢えて、眷属を作ろうとしたら、王国騎士に見つかって、追いかけ回されて逃げ込んだのが、このおかしなダンジョンよ。笑いたければ笑いなさいよ」


 シスはピクリとも表情筋を動かさず笑わなかった。空気がタールのようにねっとりと重くなっていく。それを破ったのは意外にもレナスだった。シスはレナスの話すことに耳を傾ける。


「この大迷宮には何か強いモンスターが召喚されているみたいな気配を感じるわ」

「レナス……――それは勘? それとも経験則?」

「我が主様、王者は勘と知識を二足の靴のように履くものです」


 その言葉に若干気圧されるシス。魔族の王――――魔王が言うのだから間違いはない。そして、ミィミィと鳴いているフェシオンに餌を与えた。気が付けばフェシオンは大きな猫ほどの大きさになっている。


「飛竜の赤ん坊まで連れて……アンタ何がしたいの? それでも魔王になる覚悟はあるの?」

「ないよ……俺は魔王になんか絶対にならないよ」


 その発言を聞いた時、レナスが少し雰囲気が変わり、空気が張り詰めるようになった。ブリジットはそれを聞いて、笑う。大笑いする。バカにしたように大袈裟に笑う。その頬を氷の弾丸がかすめた。


「我が主様を侮辱する者は、冷たい氷の棺桶に入ることになるわ」

「レナス……――いいんだ。そういう連中はこれからもうんざりするほど出てくるんだから」

「分かったわ。我が主様……でも……次はないわ。竜の逆鱗に触れるもしくはケルベロスの尻尾を踏む真似はよしてね。ブリジットさん」

「ええ、ええ……分かったわよ。分りました」


 ブリジットは、ぷいとそっぽを向く。頬は膨らんでおり、まるで齧歯類のようだ。シスは不覚にも、ブリジットのその様が可愛らしいと思ってしまい、顔を振って思考を振りほどく。


「それにしても……――ダンジョンって何なんだろうな。モンスターを生んで人族や亜人族を疲弊させる目的だってのは筋が通っているとは思うんだけれど」

「我が主様……人族や亜人族だけの考え方じゃ分からないと思うわ」

「魔族にも違う考えがあるってことか?」

「ええ、だけど今は教えてあげられないわ。ダンジョンリザードの変異種のお出迎えだから」


 ダンジョンにしか生息していないリザード――――大きな蜥蜴は、数十匹の群れを為していた。それを見て、吸血姫ブリジットは高笑いする。ダンジョンリザードごときに怯える実力ではないということだろう。


「理を紐解く我が命ずる――――――嘶く血の風よ――――――我が眼前の敵を引き裂け――――――ブラッディテンペスト‼」


 ブリジットの爪から血の刃が飛び出る。それは見る見るうちに血の暴風になり、数十匹のダンジョンリザードを血の暴風の餌とした。どうやらしばらく続く魔法らしく、そのままシスたちの眼前の敵を自動的に屠っている。


「便利な魔法だな。吸血鬼一族の〝固有魔法〟の一種だろ?」

「え⁈ そうだけど……なんでそんなこと知っているの?」

「僕は、〝魔王の書〟に見初められる前は、召喚魔法が使えなかった。だから、色んな本を齧りつくように読んだんだ」

「それはすごいわね。吸血鬼一族について書かれた本なんて殆どないのに」

「おかげで、理論だけの〝ブックマン〟って揶揄われたけどね」


 戦闘経験が少ないシスにも分かる殺気が前方から感じられる。流石魔王と言ったところか、レナスだけが平静を保っていた。シスもブリジットも目の前のとんでもない敵に気圧されている。


「我が主様……相手は、おそらくドラゴン種よ」


 レナスが短く言い終えると、ブリジットがシスに補足説明をする。


「しかも相当長い年月生きている古めかしい魔力を感じるわ」

「魔力に古いも新しいもないだろう?」

「はッ、こんなことも知らないなんて……人族の常識は何百年も遅れているわね」

「人間は……――長くいきれないんでね。てか……何なのかを教えろよ」

「澱んだ腐った水のような感じよ。色んな負の感情が入り混じってるの」


 シスは、なるほどなと顎に手を当てて納得した。御者台で竜馬をある明かせているレナスが急に馬車を止める。どうやら、ダンジョン主の近くへとやって来たらしい。シスは気を引き締めて、かなり痛みが走るが〝ドラググレイヴ〟の柄を握りしめた。


「相手は一体どんなモンスターなんだ?」

「ただのドラゴンとは思わない方がいいわ。少なくともこの澱みは一〇〇〇年は経っているわね」


 そうブリジットが言うのを聞きながらシスは二人と徒歩で、大きな黒い扉の前にやって来た。魔鉄でできており、魔力視をすると隙間からとんでもない濃さの濁った魔霧が出ているのが分かる。


「でもこんな大きな扉どうやって開ければいいのかしら」

「ブリジット……――魔法刻印をよく見ろよ。魔力を注げば自ら開く仕掛けになっているんだ」

「我が主様……右手は……大丈夫ですか?」

「かなり痛い……――」


 レナスは心配そうな顔を作る。だが、シスは〝ドラググレイヴ〟を壁に立てかけてから、レナスの頭を撫でた。


「――でも、レナスがいるから頑張れるよ」

「我が主様……必ず……必ず、敵を倒します」


 それを見ているブリジットが一言。


「シス……あんた魔王ばっか口説き落としているの?」


 ――――はあ⁈


「だって、前の魔王フレアベルゼ様だってなんとなくだけど……好意は持っていたみたいだし……魔王レナス様は確実にシスに惚れているでしょう?」

「そういうわけじゃないけど……――勝手に惚れられているんだから仕方がないだろ。それに憑依させただけだけど、魔王アシュラも呼んでるぞ」

「…………魔王のことはてんで知らないのね」

「文献がほとんどなかったからね。人族は魔族を知ろうとしないんだ」


 ――――〝人斬りアシュラ〟は女よ。


「ええ、じゃあ男の魔王ってどんなのがいるの?」

「ブリジットさん……少し雑音になっているわ。あとで口を氷漬けにしちゃうかも」

「分かったわ。もうレナス様の前ではあることないこと言うのはやめるわ」


 シスは、レナスが魔力を込めて黒い魔鉄の大扉を開いた。


 中にいたのは――――――〝ドラゴニュート〟だった。

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