第19話 〝竜王の長刀〟

 〝巨人の鋸〟の昇降機を下りると、そこは水路だった。元々が一〇〇〇年以上前王都がそこにあった名残だといわれているが真偽は不明だ。水路の道を竜馬に引かれた馬車が通る。通れない場所はレナスに凍らせてもらい、地上を目指した。


『まったく迷路みたいで、わけが分からないわね』

「モンスターがダンジョン外なのに繁殖している」

『どこかに古いダンジョンがあるのかもしれないわね』

「我が主様は、荷台で休んでいて」

「レナス……――ありがとう。でも大丈夫だから」

『レナス、シスは頑丈だから凍らせた腕をくっ付ける治癒士ぐらいいるわよ』


 レナスはこくりとうなずいて、竜馬を歩かせた。四方を黒くタールのようなスライムが囲んだ。レナスは手を挙げ振り下ろすとスライムたちが凍って動かなくなる。

 誰も使っていない秘密の通路らしく魔霧が濃く、シスは遠近感が狂う。


「我が主様……気分が悪そう」

「ただの魔力酔いだから……――気にしないで大丈夫だよ」

「そう……早く抜け出したいけど……」

『かなり地下深くの道みたいね』

「少なくとも……――一晩はかかると思う」


 シスが少し苦し気に発言をする。そのまま浅い息を肩でするシス。手の施しようがない為、レナスは悲しそうな顔をする。一筋の雪の融けたような涙が落ちた。シスはそれを見逃さない。残された腕で、レナスの涙を拭ってやる。


「我が主様……ありがとうございます」

「レナス……――もっと笑ってよ。悲しそうな顔をして欲しくない」

「でも……でも……」

『レナス、このシスは、頑固で強情で融通が利かないのよ。覚悟してつき従うことね』

「ベル……――ひどい言いようだな」


 リンドベル・ベルリリーは舌を出してから、宙を黄金の軌跡を描きながら飛んだ。慣れたとはいえ、黄金妖精の飛翔は美しいなと弱っているシスはボーッと考えた。


『変なモンスターの匂いがするわね』

「ベルさん、どんな匂いなの?」

『なにか強力な魔力を持った者が腐ったような変な匂いなの』


 それを聞いてシスは起き上がった。体調不良とはいえ、やれることはやるしかない。

 常備している魔法薬を飲み、魔力酔いを鎮静化させる。魔法薬には魔力を正常値に戻す効果がある。


「この距離でも……――腐臭が分かるようになってきたな」

「我が主様……やっぱり、ここで待っていてください」

『レナス……このシスは一度決めたら諦めない鉄心の持ち主よ。無駄だから説得なんてやめなさい』

「ベルさんは……我が主様のことを何でも知っているのね」

『上っ面だけよ。人の心を見通す妖精の目をもってしてもシスの心は読めないわ』


 どんどん腐臭が強くなってくる。それと共に濃い瘴気も漂う。シスは布に聖水をかけて灰に瘴気が入らないようにした。目に見えて空気が黄褐色に腐っていくのが分かる。シスは、腐ったネズミに蝙蝠の翼が生えたバットラットのゾンビに出くわした。だが、レナスが一撃で氷砕する。


「我が主様……必ず地下水路から出て腕を治しましょうね」

「ああ……――レナスも無理はするなよ」


 シスたちは大きな空洞に出た。現れたのは山羊頭の腐った肉を纏うグレートデーモンだ。シスの父アーヴィンが召喚した姿を思い出す。そんな悠長なことをシスが考えていると巨大に過ぎる大鉈がシスを襲う。

 ギーンッと耳障りな音がして、シスが目を開けるとレナスが氷の小剣で、大鉈を受け止めきった。巨大なグレートデーモンのゾンビはたたらを踏む。レナスが飛翔。頭蓋を氷の小剣で無理矢理切り裂く。暗緑色の腐った脳漿がぶちまけられて、滴った脳漿が地下水に垂れるとジューという音がして、蒸気が上がる。


「レナス……――直接攻撃じゃゾンビは倒せないぞ」

「分かったわ。生き返らないようにバラバラになって貰うのがよさそう」


 レナスは幼くして魔王になった。戦闘経験は他の魔王に比べて低い。


『グレートデーモンがゾンビになるなんて……ね』


 シスは、リンドベルの言うことに一理あると思った。召喚獣の中でも、グレートデーモンは上位に位置する。それをゾンビに落とすとはこの地下水路のダンジョン主は相当な強さを誇るだろう。シスは、隻腕を魔鉄鋼の剣にかけた。


「氷よ――――――我が意を示して」


 レナス自身の力の根源を放つだけで、グレートデーモンは彫像のように凍り付いた。シスは、率直なところ、レナスの精神が大人だったら誰にも負けないのではないかと思った。


「(ご機嫌を……――損ねたら大変そうだな)」

『(そうね……昔は、怒るとすぐ家臣を凍らせていたらしいわ)』


 シスとの会話に自然となるリンドベルの話術にシスは驚きを隠せない。


「…………そんなに横暴だったのか?」

『違うわよ。逆に……自身を傀儡にして魔族を操ろうとしていたうつけ者を断罪していただけよ。通り名に〝断罪の冷嬢〟ってあるでしょう?』

「なるほど……――罪深い連中を断罪していたのか。でも一つ分からないことがある。逆賊のことを幼い身でなぜ知れたんだ?」

『あの子はウソを見破れるのよ。ウソを吐く者が醸し出す雰囲気を感じられるみたい』

「一番は己の心に正直になることか。あんな幼女を悲しませたくないからな」


 ドスーンッと敵が倒れ、バラバラとグレートデーモンが氷砕された。血肉も分からない程なので復活することはないだろう。シスは、安堵したと思ったら声が聞こえる。


『ニンゲンナノカ……?』

「誰だ? どこに……――いるんだ……?!」

『ワガナハ〝ノア・フランマ〟アンデッドニシテ、コノヨノシンリヲキワメシモノ』


 黄金妖精はアンデッドを嫌う。リンドベル・ベルリリーは姿を消した。

 濃い瘴気と魔霧から姿を現したのは槍で腹を貫かれて身動きがとれない一匹のアンデッドだ。


「不死者の王だと自ら名乗るなんて、脳みそも腐っているんじゃないか?」

『ワレヲブジョクシタナ? ケンゾクニカエテコウカイサセテヤル‼』

「氷よ――――――我が意を示して」


 氷が床を迸りながら走り、〝ノア・フランマ〟を砕くかに見えた。が、しかし、無詠唱でファイアウォールが作られて、氷は止まる。レナスが目を大きく見開いていた。異常事態のようだとシスは思う。


『ソノタマシイノハチョウ……〝ローバレル・バレッタ〟ノマツエイカ?』

「よく分かったな。不死者には魂がよく見えるようになるんだったな」

『コノイマイマシキ〝ドラググレイヴ〟ヲサシテ、フウインヲシタ〝ローバレル・バレッタ〟ヲユルサナイ‼』

「レナス……――どこかに不死者の刻印があるはずだそれを壊せば、そこの大死霊術師〝ノア・フランマ〟は消滅する」


 更に怒りを爆発させた大死霊術師の成れの果ては、次々に死霊犬〝マッドドック〟を三〇匹ほど放った。だが、レナスが地面をトンッと踏むと氷が広がり、死霊犬は凍り付き動かなくなる。


「クソガーッ」と〝ノア・フランマ〟は叫ぶ。そして、通常魔法を無詠唱で放つ。

 だが――――レナスが手を口元に持ってきて息を吹きかけると、魔法の術式が凍りついたかのように魔法が不発した。


「ナ、ナニガ?!」

「さようなら、なんとかさん」


 そう言うと、レナスは氷の小剣で胸を刺し貫く。〝大死霊術師〟の成れの果ては黒い染みになって消え去った。刺さっていた武器だけが残る。馬車から下りたシスはそれを引き抜く。刃には赤い文字で〝ドラググレイヴ〟と彫られている。


『ふーッ、やっと臭いのが消えたのね。あら、それは初代竜王の武器じゃない?』

「初代竜王の武器?! じゃあ、何者もを封印できるっていうのは?」

『正真正銘ホントだし、邪なる者を封印する効果も継続どころか強化されているみたいね』

「身に余るものだし、抜かないでおこうか……」

『シス……あんたバカね。盗人のような連中に盗まれたらどうするのよ』


 黄金妖精リンドベル・ベルリリーの叱咤もあり、〝竜王の長刀〟を持っていくことにしたシスだった。

 地上までの出口は――――――まだまだ遠い。

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