第8話 〝魔王フレアベルゼ〟
シスが、ルプスの部屋から出てきて、雑魚寝の寝室に入る。普通の家で大人二人しか寝られない広さに、子供が二〇人を超えて眠っていた。シスはできるだけ踏まないように気を付けながら部屋の隅の壁に寄りかかる。
「(旅の路銀は足りても……――実力が足りないか……)」
シスは、独り言を漏らすとうつらうつらとし始める。シスは今日、森のダンジョンを攻略してきた帰りなのだ。シルバーウルフという魔導士殺しと呼ばれるモンスターと激戦を繰り広げた。だが、シスは勝った。初めてダンジョンを一つこの世から消した経験は大きい。
「(いっそのことこのまま……――旅立とうか‼)」
そう言った瞬間、紋章樹が黄金色の光を叫ぶように発し始めた。
「な、なんだよ、これ?!」
「シスの腕が光って……⁉」
寝ている子供たちが恐ろしいものを見るような目でシスから離れる。シスの脳内に声が聞こえる。ガツンガツンと頭をハンマーで殴り倒されるような痛みと共に声が洪水のようにシスの頭を襲ってくる。
「(お前は……――誰だ?)」
『(我が名は〝ルツィフェーロ〟……〝魔王の書〟である‼)』
「(〝生きている魔導書〟って……――本当だったのか⁈)」
『(シス・バレッタ……汝の願いは聞き入れた)』
シスは黄金の光が迸る右腕を天たかだかと掲げた。そして勝手に口が動く。
『冥府より出しものよ――――――汝に命ず――――――大いなる業火をもって――――――我の盾となり――――――敵を穿つ矛となれ‼ 顕現せよ――――――【火焔の鉄姫】フレアベルゼよ‼』
眩い閃光と共に、焔に包まれた美しい女性魔族の姿が現れた。顔半分は仮面で覆われており、魔族を表す二本の立派な角が生えている。昔読んだ物語の絵本と同じ魔族の姿だとシスは思った。
「うむ……一〇〇〇年ぶりの現世は気持ちがいい」
「お、お前は魔族か?」
恐怖のあまり、〝王の書〟を落としそうになった。そして思わずたたらを踏む。それをフレアベルゼはすらりと長い手で支えてくれる。豊満な肉体に見えるが、戦う為の筋肉もあり、どんな天才的な芸術家にも表現できない美しさがあった。
「くくく、わっちはまた老いぼれのローバレルに呼ばれたのかと思ったが、こんなに可愛い子共に召喚されんしたのう」
「これはもしかして……〝魔王の書〟の力なのか?」
「そうでありんす」
そこにルプスの護衛の兵がやって来る。だがフレアベルゼが掌圧のみで兵士たちを吹き飛ばした。ハチの巣を突いたかのような大混乱が起こる。子供たちは一斉に逃げ出し、大人たちは武器を持ってやって来るもフレアベルゼにまとめて失神させられた。
「お、お、お前は……――いったい何者だ?」
「わっちは〝第三〇代魔王〟フレアベルゼでありんす。そんなこともルツィフェーロは教えてござりんせんのか? ボケたに違いありんせん」
ルプスが大勢の大人を連れてやって来た。シスはルプスの顔が驚きに満ちるのを目にする。
ルプスが目を見開いてい、腰を抜かす。
「そ、その黒い角は、ま、魔族……生き残りがいたなんて……シス……逃げるわよ」
「まったくわっちの話を聞かない奴ばかりでありんすね。危害を加えるつもりはありんせん」
――――え⁈
その場が静まり返った。魔王と名乗ったフレアベルゼが言った言葉がその場にいる者から戦う気を失せさせた。〝魔王の言葉〟には魔力が宿っており、意志の弱い耐性ないものが聞くと言葉の通りの動きをしてしまうといわれている。
「シスを返して……魔族になんかやるものですか‼」
「ほお、わっちの〝声〟にひれ伏さない豪胆なものがいるのでありんすか?」
シスは、不自然だがフレアベルゼに対して恐怖は感じていない。むしろいてくれて安心感を覚えている。それをフレアベルゼは知ってか知らぬか顔を向けた。雪のような白い肌に燃えるような髪を持つ魅了されかねない美しい魔族。フレアベルゼは静かに何かを待っている。
「シス……私が時間を稼ぐから今のうちに逃げて。速く立ち上がりなさい」
「そこの女……わっちのぬしに何を命令しているのでありんすか?」
「ルプス……――早まらないで‼ 僕は大丈夫だから……――もう誰も死んで欲しくない‼」
シスは、本で読んでたことを思い出していた。魔族は一騎当千の力を持つと。魔力も底なしに重い感覚がするほどだ。人族や亜人族とは全く次元が違うのが魔族という生き物だった。
「わっちのいうことが信じれないのでありんすか?」
「当たり前よ、魔族の言うことなんか信じられないわ‼」
「では、こうしんしょう。勝ったら何でも言うことを聞きんしょう?」
「私が負けたら?」
「わっちの主の決めることに文句を言わないでもらいとうござりんす」
ルプスは、魔法を詠唱始める。それを聞きながらフレアベルゼは終始余裕の笑みを浮かべていた。
「突き刺す氷よ――――――アイシングスピア‼」
「炎よ――――――我が威を示せ……‼」
「魔法が効かない? そんなレベルの存在一握りの強者だけじゃない……⁉」
「わっちの勝ちでようござりんすか?」
「私はシスを見捨てたりしない‼ やーッ‼」
ルプスは、魔鉄鋼製の剣を引き抜き、気合と共にフレアベルゼに向かっていく。シスの目から見て、フレアベルゼは何もしようとしない。それは強者ゆえの余裕なのか。今の混乱で頭が揺れ動いているシスには分からなかった。
ギーンッという金属が折れる音がする。見ればルプスの魔鉄鋼の剣が根元から折れていた。少なくともルプスが所持している剣は鈍らではない。折れるなどあるはずがなかった。折れていいはずがない。
「ではわっちの勝ちでよろしゅうござりんすか? わっちの望みはわっちの主の命令を聞くことでありんす」
〝火焔の鉄姫〟フレアベルゼはシスの前にひざまずく。そして手を取りキスをする。シスは、驚きで戸惑うばかりだった。それは人族や亜人族がするのと同じ〝従属の証〟だ。
「わっちの主よ、何でも言っておくんなんし。世界を滅ぼすのも全力で、世界を救うのも全力で、わっちの主の言うことを聞きんしょう」
「それは……――本当なのか? ウソ偽りがないなら……――頼みがある」
「ダメよ、シス、相手は魔族なのよ‼」
ルプスが叫ぶが、シスは決断してしまった。もう後戻りはできないし、しない。相手は最初自らを〝魔王〟と呼んだ。そして、〝ルツィフェーロ〟と名乗る書物も自らを〝魔王の書〟と呼んだ。魔王が召喚でき、味方にいるならば、これほど心強いことはない。
――――それは運命だった。
「〝魔王フレアベルゼ〟……――僕の命令を聞き、妹のフィオを助けてくれ」
「分かりんした。わっちの主の言うことなら喜んで聞きんしょう」
そこで異変が起きる。フレアベルゼの姿が光に包まれて、縮んでいく。そしてシスと同じくらいの少女の姿へと変貌した。大きな二つの立派な角も可愛らしいとさえいえる大きさになる。
「〝火焔の鉄姫〟フレアベルゼ……――どうしてそんな姿に?」
「わっちの主が、魔力枯渇で死なないようにする為でありんす」
「フードでも被れば綺麗な子供で済ませられるか……」
――――わっちを大切にしてくりゃれ
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