第7話 〝泥棒組合〟
半年後、シスは元帝都の泥棒組合の下っ端に身をやつしていた。それでも〝王の書〟だけは手離しはしないでいる。泥棒組合は帝都の無人の家から勝手にものを盗んだり、ロンドニキア竜王国からやって来る旅人から金を盗んだりとやりたい放題をしていた。
「おい、シス……今日の稼ぎはどうした?」
「これだけだよ。金は持っていなかったから、護身用のナイフを盗んできた」
「魔鉄鋼のナイフなら分かるがこれはただの鋼鉄製だぞ? ルプスの耳に入れて見ろ。またひどい目に遭うぜ」
シスはそれには答えず、粗末なバックを枕にしてアジトで休んでいる。そこへ盗賊組合のリーダーのルプスが現れた。古傷のついた猫耳、白い髪に、眼帯を付けた青い瞳の女の獣人族だ。ロンドニキア大陸では、獣人族は肩身が狭い。それは識字率の低さからだった。文字が読めず、力仕事ばかりをさせられるのだ。
「シスの坊や……今度の稼ぎは幾らだったんだい?」
「ルプス……これだけです」
「こんな鈍らなナイフだけだって? ふざけているのかい‼」
シスは顔を思いっきり引っ叩かれた。口の中に広がるのは鉄の味。ルプスは横暴なことで知られており、みんな彼女を恐れている。片目は人間の騎士とやり合った勲章だとか、耳の古傷は、巨人族と殺し合いをしたものだとか、とにかく物騒な噂しか聞こえない。そのルプスに目を付けられたシスは周りから遠ざけられていた。
「あとで……あたしの部屋に来な……よーく、覚悟するんだね」
「分かった……――ルプス」
「毎日毎日……シス……お前も大変だな」
「ああ……――まあ……――みんな痛いのはイヤだよな」
昼間の組が食事をする時間になった。夜の帳はすぐそこまで降りて来ている。シスは食堂に向かった。大柄なルプスの護衛に声をかけられる。満足な食事もとれずに罰を受けるのだと泥棒組合の少年少女たちは囁き合う。
ルプスの部屋は泥棒組合のアジトの最奥だ。なにかあった時の為の脱出経路まである。ルプスは計算高く、冷徹で、暴力的な存在だと思われている。
「入りな。シスの坊や……」
大きな扉が開いてシスは中に入る。そこには大きな地図が広げられていた。世界の中心ロンドニキア大陸の地図だ。相当な値打ちものだということが分からぬ者はいないだろう。そこには赤い点でベオグランデ自治領と書かれた大陸の中央よりやや東の点が記されている。中央から西側の地域は全てロンドニキア竜王国と記されていた。王都はやはり赤い点で記されている。
「資金を稼ぐのに三ヶ月もかかっちまったね」
「でもルプスのおかげで……――僕は旅に出られる」
「なんとしても妹さんを探して……敵討ちを果たすんだね」
「うん、もう財産なんて……――全て奪われて、残っているのはこの〝王の書〟だけだ。でも、僕は召喚士の名門バレッタ家の当主であることは間違いない。そしてフィオは血が繋がっていなくても、僕の大切な家族だ。助け出さなければならない」
ルプスは気恥ずかしそうにしながら腕を広げた。シスは胸に飛び込んだ。ベッドに二人で座る。別に恋人でも愛人でもないが、いつも一人でいる寂しさからルプスはスキンシップは多い。獣人族は他種族よりもそこら辺には抵抗がないといわれている。
「泥棒組合の情報網からは、銀髪金眼の美少女は〝神骸宮殿〟から半年ほど動いていないわね」
「ロンドニキア竜王国王都そばの宮殿か……神の死骸から作られたといわれる宮殿か……」
「ビビったかい? 〝神骸宮殿〟はその下に七窟と呼ばれる世界で七つの大ダンジョンが口を開けている。〝神骸宮殿〟の下のそれは〝巨人の鋸〟と呼ばれている。入ることはないだろうが気を付けた方がいい」
「ねえ、ルプス……――また会えるかな。フィオを連れて、バレッタ家を復興させたら泥棒組合ごと買い取ってあげる」
シスはいまだに世間との常識が乖離していた。だが、それをルプスは咎めるようなことはしない。少年の純粋な思いからの発言だとしかと分かっているからだ。本気のシスは、ルプスの瞳を見つめながら発言する。
「シス、あんたはきっといい男になる。強くて優しい男は、頼りにされるからね。だけど、この先きっと辛い決断や苦汁を舐めることもあるだろう。自分の憧憬を忘れちゃダメだよ」
「じゃあ、今日の傷を見せてごらん」
シスは服を脱いで、昼間、鈍らナイフ一つで森のモンスターと戦ってできた傷を見せた。シスが使える傷を閉じる程度の治癒術ではケガは完治しない。ルプスは天性の治癒魔法の力があった。シスの生傷を一つずつ治していく。とても丁寧で安心感を覚えるシス。
「前に比べたら……――かなり強くなったでしょう?」
「だが、森のモンスター程度でこれだけ傷ができるようでは、まだ〝アロンド平原〟を超えるのは無理だね。妹のフィオはまだ〝神骸宮殿〟から出ていないんだ。慌てることはないだろう」
「まだダメか……剣も魔法も上達したけどそこから先が見えてこないよ」
「あいつを呼べばいいじゃないか? そろそろ出てくる時間だろう?」
シスは、明るさがある口笛を何節か吹いた。
「(~♪♪~~♪~♪~♪♪~)」
『シス、呼んだのかしら?』
「ベル……僕の剣と魔法の腕前はどうだろう?」
『え~、その為だけに黄金妖精の私を呼んだのかしら?』
リンドベル・ベルルリーは片手で指眼鏡をして、シスの魔力を測る。魔力で身体が構成されている妖精だからこそできる芸当だ。人族や亜人族、二〇〇年前に滅んだとされる魔族は魔力視で大まかな数値は測れるが、はっきりとは分からない。
「魔力値の下限は二〇〇代だね。上限は……五〇〇代。並みの魔導騎士レベルには相当するんじゃないかしら」
シスは肩を落とした。この半年必死の思いで、森で修業したのに下っ端の魔導騎士レベルにしか到達できなかったというのか。がっくりと項垂れていると、ルプスが慰めの言葉をかける。
「たった半年で半人前の剣士レベルから魔導騎士様に育ったんだ。諸手を挙げて喜びなさい」
『これじゃ、フィオを助けに行って野垂れ死にね』
「ベルは口が悪いよ。僕、泣いちゃうぞ?」
『男の涙ほど、みっともないものはないとローバレルも言ってたわね』
そう言った瞬間リンドベル・ベルリリーはしまったという顔をした。すかさず小さな身体のリンドベル・ベルリリーをシスは捕まえる。ベルは力では対抗できないとあきらめた。
「バレッタ家の真祖〝ローバレル〟はどうやって竜狩りをなしたの?」
『禁忌の大召喚魔法を使ったんだよ。でもそれはまだ教える時じゃない』
「なぜ、そう言えるの? 僕はかなり成長してと思うけど」
『そういうんじゃないんだ。時期が来れば、〝王の書〟から声がかかるんだ』
そう言うとリンドベル・ベルリリーはシスの手から逃れて、ルプスの飲みかけの火酒を飲んだ。全く酔っ払い妖精なんだから、とシスは呆れ果てる。だが、有益な情報も手に入ったのは事実だ。
「ベルは、〝王の書〟を生きているみたいに、話すんだね?」
『こくごくごく……ぷは~生き返る~♪ そうだよ、〝王の書〟は世にも珍しい〝生きた大魔導書〟さ。絶対に奪われてはいけないよ』
珍しく酔っているのにリンドベルはまともなことを言う。シスは、心に留め置き、絶対に忘れまいと誓った。リンドベルは自分の身体ほどの量の火酒をゴクリごくりと飲み干す。一体小さな身体のどこに入っていくんだと改めてシスは思った。
「じゃあ、シス……アレを見せな」
シスは右腕の包帯を外した。右腕全体に大小無数の紋章が刻まれている。それは静かに黄金色に輝いており、鈍い痛みが半年経っても収まらない。経過をルプスは見てくれている。
「シス、紋章樹の方は大丈夫だよ。何も異常はなかった」
「ルプス……――本当にありがとう‼」
その言葉にシスはルプスに抱きつく。ルプスは、親愛以上の愛を感じていたが、告げまいと決めている。シスの枷になりたくないという大人の配慮からだ。シスはそれに全く気付いていない。
シスにとってルプスは――――――あくまで姉のような存在だった。
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