第9話 〝ルプスとの離別〟

「魔族が……魔王が幼くなった?」


 ルプスがらしくもなく素っ頓狂鳴声を上げた。フレアベルゼは大人の姿だとシスの魔力を際限なく消費し尽くしてしまう。その為の配慮なのだ。シスは、召喚した時にかなりの疲労感を覚えた。だが、自分とほぼ同じくらいの歳になったフレアベルゼは魔力を減らすことはなくなったと感じる。


「我が主よ、わっちの幼生の頃の姿も可愛かりんしょう?」

「ま、まあな。なんだか……――変な感じだ。さっきまで……――美人の魔族だったのに……」

「さっきの方が趣味でありんした?」


 シスはポッと顔を赤くして、フレアベルゼやルプスに見られないようにそっぽを向く。フレアベルゼはその様子に笑顔を作り、見守っている。そこでルプスがシスに声をかけた。


「まさか、魔王を召喚する魔導書だったとは……」

「僕も……――驚いて……――呆然としているよ」

「強大な……強大すぎる力を手に入れたけど……シス、あなたはロンドニキア王国〝神骸宮殿〟に向かうの?」

「今すぐにでもと言いたいけれど準備に時間がかかるよね?」


 フレアベルゼからシスを離すようにして、ルプスは手を取った。そして倉庫に招き入れる。フレアベルゼも付いてくるが気にしていない。倉庫には〝アロンド平原〟を渡る為の装備がぎっしりと用意されている。〝竜除けの鐘〟も用意されていた。


「もうこんなに……――準備されていたなんて……ルプス、ありがとう」

「いいのよ、シス。あなたの父アーヴィンさんがいなかったら、帝都の獣人地区は惨劇に遭っていたわ」


 そこに血相を変えたルプスの護衛が現れる。ルプスの耳に何かを囁く。するとルプスの顔色から血の気が一気に引いた。シスは、一体なんだろうと怪訝な顔を作る。


「シス……裏の出入り口から早くロンドニキア竜王国に向かいなさい」

「ルプス……――急にどうしたの?」

「……何でもないわ……とにかく早く荷物を積んで、竜馬で〝アロンド平原〟に向かうのよ」


 シスは、ルプスの護衛と一緒に竜馬の引く馬車に荷物を運んだ。フレアベルゼは、何かを考えているようで、笑みを消さない。荷物の積み込みが終わる頃、ピーッと警笛が鳴る音がした。


 裏口からアジトの表を見ると帝国兵が大挙していた。拡声機を使って、警告が為される。


「魔族を匿っていると通報を受けた。今すぐ魔族を引き渡すなら〝泥棒組合〟の金を全部渡すだけで見逃してやる‼」

「帝国の軍人が……――腐ってる」

「ルプスは、ベオグランデ自治領の執政官に多額の金を送って〝泥棒組合〟を認めさせていたんだ。だが、魔族がいるなら話は別だ。〝竜王は魔族を嫌う〟というのは周知の事実だからな」


 ドーンッと何かが爆発する音がした。シスが、裏の出入り口から建物の中に戻ろうとするとルプスの護衛が手を掴んだ。シスは、それを振りほどこうとするが、護衛は首を振る。もう致命的に〝泥棒組合〟は終わっているのだ。


「わっちが帝国兵を焼き払ってやりんしょうか?」

「…………」


 表の出入り口をこっそり見ると帝国魔導士が魔法で泥棒組合の建物を攻撃している。泥棒組合で寝食を共にした仲間たちが捕まっていた。ルプスの姿が見えない。シスは、殺されたのかと心配になった。


「…………」

「準備はできたぞ。すぐに帝国兵がやって来る。急いで旅に出ろ」

「その前に……フレアベルゼの力で帝国兵を倒す」

「ダメだ。ベオグランデ自治領で魔族狩りが起きる。犠牲者が跳ね上がる」

「でも……ルプスが殺されてしまう」


 ルプスの護衛は、何も言わずに竜馬と馬車を縄で繋いだ。傍から見ても、焦っているように見える。帝国兵を殺すこともできない。魔族がいるとバレてはいけない。そんなことはシスにも分かっていた。


「僕に……――僕に……――できることはないんですか?」

「ルプスは、お前を気に入っていたよ。普段は無口なくせにお前のことを話す時は笑顔さえ作っていた」


 シスは、その言葉にショックを受けた。


「(僕を愛してくれていたのか……)」


 ゴオオッと何かが爆発し燃える音がする。〝泥棒組合〟のアジトに火がついたのだ。きっと、このままではルプスは死を選ぶだろう。そうシスは思って、身体が動く。護衛がいうことも聞かずに、燃え始めたアジトの中に入る。黒い煙と熱気でルプスの姿が見えない。


「ルプス‼ どこにいるんだ‼」


 シスは這いつくばりながら、ルプスの部屋へと入った。そこには倒れているルプスの姿が見える。自刃しようとした血の付いたダガーが側にあった。ルプスは浅い呼吸をしながら、涙が頬を伝うシスの頬を血の付いた手で触れる。


「シス……あんたのせいじゃないよ。近々、このアジトは潰されていた。あたしの采配が悪かったみたいだ」

「違う……違うよ……全部……――僕のせいだ」

「全部の責任を背負っていたら……シス……いつか潰れてしまうよ」


 ルプスの腹の傷は深く、シスの拙い治癒魔法では傷すら塞がらない。ルプスは顔を近づけて、シスとキスをした。それはシスの全身の感覚を麻痺させる程深い。まるで、ルプスの最後の命の力を注ぎこんだかのようだった。


「シス……これをあたしの代わりに持っていって」

「これは……――スカーフ?」

「不死鳥の羽毛で織られているから、一度だけ死を回避できる」


 シスは、ルプスを抱きしめた。強く強く力を込める。


 ――――ルプスは嬉しそうな顔をして……亡くなった。


「わっちの主よ、早うしないと馬車に気付かれんす」


 その言葉を聞いて、シスは言葉には表せない感情が爆発した。フレアベルゼを壁に突き飛ばす。フレアベルゼは少し悲しい顔をするだけで何も言わない。何か言って欲しかった。言ってくれたら全部自分のせいだと思える。シスは嗚咽を漏らしながら、フレアベルゼと馬車へ向かう。


「別れは済ませたのかい?」

「ああ……――ルプスは逝ってしまった」

「……そうか……ベオグランデ自治領から抜ける道までは道を教えるから、後は街道を通れば、〝アロンド平原〟だ」


 シスは、フレアベルゼと荷台に乗った。竜馬がその強靭な足で地面を蹴って走り出す。見慣れた〝泥棒組合〟のアジトが燃えていく。シスは、半年の間匿ってくれたルプスのことを思うと涙が滂沱のごとく溢れてくる。


 ――――ルプス……――君のことは忘れない。


 少しずつ、雪が解けるように高まったシスの感情は、静かに収まっていく。全ての原因は、〝ルツィフェーロ〟と名乗った〝魔王の書〟が悪い。そう思いながらも、シスは自分の強い思いが原因だと冷静に悟っていた。


『シス、自分を責めちゃダメよ。〝魔王の書〟に選ばれた者は力と代償に大切なものを失うわ。これからも辛い目には沢山遭うに違いないわ。だけど……生きることを諦めないで』

「ベル……何故教えてくれなかったんだ? それなら誰にも関わらずに生きていたのに」


 リンドベル・ベルリリーは悲しそうな顔をした。その時、火がついた矢が馬車に刺さる。フレアベルゼが魔力を発すると火は消えた。


「そこの馬車‼ 〝泥棒組合〟の方から出て来たな。止まらないと魔法で燃やすぞ‼」

「俺も……ルプスの後を追う。そのまま走り抜けろ」


 そう言って、ルプスの護衛は、馬車を下りて、帝国兵と戦い始めた。多勢に無勢。シスたちが逃げる時間を作る為だけに死を選んだ。ベオグランデ自治領に魔族がいると知れたら、多くの人が犠牲になる。それはシスも分かっているが、悔しさで唇を鬱血する程噛んだ


 ――――僕は……――弱い自分が大嫌いだ。

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