第15話 〝壊れた羅針盤〟
「〝ルツィフェーロ〟は一〇〇〇年前の魔導士よ。アンタの召喚士一族の真祖ローバレルとタッグを組んで竜狩りを行っていたらしいわ。そして天才的な魔導士だった〝ルツィフェーロ〟は七つの魔道具を作ったわ。それは、剣だったり本だったり、色んな形態をとっていたけど一つ言えるのは〝ルツィフェーロ〟の魂のコピーが刻まれているということ。時が満ちれば、新たな魔王を生み出す為他人の人生を狂わせる〝壊れた羅針盤〟になるわ」
「君……名前を聞いてなかったね」
「アタシの名前は……ブリジット・レイラ・アリントン。由緒正しい高潔なる吸血鬼の貴族よ」
それを聞いたフレアベルゼが呵々大笑する。再び結び直したポニテールが揺れ動く。何がおかしいのかシスには見当もつかないが、話を聞く。フレアベルゼは、とんでもない一言を漏らす。
「わっちの覚えている限りでは、アリントン家などという高貴な吸血鬼はいのうござりんした。弱小の一族が一〇〇〇年かけてようやく、成り上がったというわけでありんしょう」
「なな、なんですって‼ なぜそれを……じゃなかった。今では吸血鬼一族の頂点に立っているんだから‼ 昔はどうでもいいの‼」
「で、君の持つ〝壊れた羅針盤〟は?」
「この〝魔王の傘〟よ……一撃必殺の小型の魔導砲が組み込まれているわ」
「魔導砲って一〇〇〇年前にあったっけ?」
シスが声を上げると、ブリジットはふふんと鼻を高くして、話す。自慢話が好きなんだなとシスはブリジットのことを認識する。それは間違いではないようで、ブリジットは、「見てなさい」と言い放ち、傘を地平線の方へと向けてトリガーを引く。
「魔導傘フルバースト‼」
ヒュアアァァアアッと魔力が収束充填し、小さな光の弾が放たれる。瞬く間すらなく地平線上に大きな光と爆発音が起こった。少しブリジットのことを舐めていたようだなとシスは認識を改める。
「大体話は分かったよ。それで君は〝ルツィフェーロ〟の遺志に従って、魔王を目指すの?」
「冗談じゃないわ。迷惑千万よ。狂戦士のアホには一度殺されてるし、この出来レースをさっさと降りたいだけ」
「わっちの主は、同盟を組んでもいいと思ってるのでありんすか?」
「一緒には行動を共にしたくないけれど、同盟自体はイヤじゃないよ」
ブリジットは、ふふんと不敵に笑うと、声を上げて笑う。
「じゃあ、同盟の利益としていい情報をあげるわ。狂った竜王グレン・ジオ・ロンドニキアがアンタの国を襲ったのよ。全ては〝魔王の眼鏡〟のせいよ。未来が予知できるから、先手を打ったのよ」
「なんで、そんなに詳しいんだ?」
「私は吸血姫よ? 眷属を作るのは簡単よ」
「そういうわけで私は一足先に王都へ向かうわ」
「え? 〝ルツィフェーロ〟の遺志には従わないんじゃないのか?」
「ウザったいことに、竜王につけ狙われてるのよ」
「だから、さっさと竜王グレン・ジオ・ロンドニキアを始末したいんでありんすか?」
シスは段々と、一〇〇〇年前の魔導士〝ルツィフェーロ〟に対して、怒りが湧いてきた。もし、ブリジットの言う通りならば、ベオグランデ帝国は襲われもせず、父や母、妹は死なずに済んだ。
だが、そこで一つの疑問が沸く。
「なぜ平和な時をわざわざ潰して、世界の脅威になる魔王を生み出すんだ?」
「そんなのアンタの〝魔王の書〟に訊いてみなさいよ。私は先に王都に行くわ」
そう言うと、ブリジットは希少だと聞く飛翔魔法で空を飛び、豆粒のように小さくなり、消えた。〝壊れた羅針盤〟という表現があまりにもしっくりくるので、考え込んだ。破棄すべきものなのではないかと。だが、帝都を襲った〝狂王グレン〟に対しての怒りはふつふつと煮えたぎっている。
「フレアベルゼ、僕は絶対にフィオを助ける。その過程で竜王グレン・ジオ・ロンドニキアと対峙することになったら、力を貸して欲しい」
「当たり前でありんすね。わっちは主のもの、どう使うかはわっちには決められんせん」
――――ただし、とフレアベルゼは続ける。
「――――わっちが主を嫌うようなことはしないでくんなまし」
「ああ……――それは気を付けるさ」
そして竜馬の待つ馬車へと戻る。アロンド平原はまだまだ先が長い。神骸宮殿へ着くにはまだまだ時間がかかる。その間に〝魔王の書〟――――〝ルツィフェーロ〟という魔導士のコピーされた魂に話しかける。
「(〝魔王の書〟よ、聞きたいことがある。返事を知ろ)」
『(なんであるか? 我は標に過ぎない‼)』
「(どうしたら次の魔王を生み出さずに済むんだ?)」
『(魔王が生まれねば、世界は腐敗し崩れ去るのみだ‼ 汝、それでも尚運命に抗うか?)』
「(お前のせいで……僕の家族や帝都の人々は死んだ。それが必要だったとは僕は思わない)」
『(一つの解が存在する……‼)』
「(言ってみろ‼ ふざけた答えなら燃やしてやる‼)」
『(シス・バレッタよ。汝が〝最後の魔王〟になればよい)』
シスは……――唖然とした。その考えは捨てていた。そんな者になりたくなかった。
だが筋は通っている。誰も傷つけない〝最初にして最後の魔王〟。だが、自分にそんな器があるのかといえば、自信はない。いや、想像ができない。まるっきり分からない。
「わっちの主よ、考え込んでも意味はありんせん。まずは妹を助けてからでありんしょう」
再び、竜馬が引く馬車の御者台に座った。向かうのは〝神骸宮殿〟――――英神ザインの影ザインドールが人によって殺され、その骸を宮殿とした世界でも稀に見る魔窟だ。そこへ至るには世界にある七大ダンジョンの一つ〝巨人の鋸〟を通るのが最も早いとされる。
それはネェル・アロンドの〝おおかみ亭〟の夫婦が教えてくれた秘密の抜け道だ。
「〝巨人の鋸〟か……――流石に骨が折れるダンジョンになりそうだな」
「〝神骸宮殿〟の近くの貧民街の地下水路に繋がっているというのは本当でありんすか?」
「ああ……――王都と違って教会が貧民を養っているんだよ」
「弱き者は好かないでありんす」
フレアベルゼは覇道を体現した魔王だ。強き者との戦いに幾度となく勝利し、魔族の力を高めた存在だった。だが、正確は苛烈にして、熾烈。烈火のごとく目障りな者を屠ってきたといわれている。
『ミィミィ‼』
そこで飛竜の赤子フェシオンが泣き叫んだ。腹が減ったらしい。シスは、フレアベルゼが干し肉を出したのを齧りつく。身体も一回り大きくなり、小さな炎も吐けるようになった。フレアベルゼの膝の上がお気に入りの位置だ。
「わっちの主よ、少し竜馬を止めておくんなんし」
「何かあったのか?」
「敵でありんすよ」
瞬間何千発という矢が空から降ってきた。フレアベルゼは一言口にする。
「炎よ――――――我が威を示せ‼」
竜馬の引く馬車の周りに炎の結界ができる。降ってきた矢はことごとく燃え尽き、シスたちは怪我を負うこともなかった。
「これは待ち伏せ? ネェル・アロンドの兵士が伝達魔法で伝えたのか?」
「わっちは違うと思いんす。〝魔王の眼鏡〟の予知の結果でありんしょう」
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