第16話 〝巨人の鋸〟

「貴様たちが、竜王グレン様を暗殺する者だということは既に知っている‼ 竜王国軍に投降するならば、狂竜剤――――ドラグドラッグを使って安らかに死なせてやる‼」

「わっちが全ての敵を灰にしてやりんす」

「ダメだ……――フレアベルゼ‼ それが……狙いに違いない‼」


 シスの魔力は、フレアベルゼを現界させるのにほぼ使っている。敵を全て殺すような魔法を使ったらフレアベルゼは消えてしまう。敵はまたやってくる可能性は高い。ジリ貧になって負けることは確実だ。


「わっちの主はようよう考える策士なんでありんすね」

「敵の右翼の後ろに……――〝巨人の鋸〟の入り口が見える。あそこまで駆け抜け入りたい。フレアベルゼならできるよね」

「あまり、ハッタリ好きじゃありんせんが、わっちの主の為ならやりんしょう」

「じゃあ、馬車の防御もお願いするよ」


 フレアベルゼは、一言だけ、「炎よ――――――我が威を示せ‼」と叫び、馬車の守りとした。そして、ハッタリと自ら言う魔法を詠唱する。


「夜空の星よ――――――砕け散れ――――――その砕片を降らせろ――――――ファイアノヴァ‼」


 ボンッと音がしてヒュルルルルルと炎が空に撃ち上がった。まだ昼間だというのに目を開けられないような眩しい光が放たれる。敵の王国軍は怯み、武器を取り落とす者もいた。そこを黒い竜馬で兵士を蹴散らしながらシスたちの乗る馬車が走っていく。


「もう少しで……――〝巨人の鋸〟だ。入って来れる度胸がある者はいないはず」

「七窟――――は一〇〇〇年経ってもまだ攻略されてないのでありんすか?」

「魔族みたいに人族も亜人族も強くないんでね」


 王国軍の壁を越えた。あと少しで七大ダンジョン――――七窟の一つへ入れる。そう思った時、地面が地震のように揺れ動いた。まるで波のように地面が震える。黒い竜馬も一時混乱して言うことを聞かなかった。大きな影が舞い降りる。

 それは人というには大きすぎる者――――巨人族の戦士だった。


「お前は……――アイゼン‼」

「くはははははは、あんなできの悪い弟と同じにしてくれるな‼ 我が名はガイウス‼ 〝流星斬り〟よ‼」

「わっちの主よ、〝巨人の鋸〟へ先に入って欲しゅうござりんす」

「それほどの相手なのか?」

「血が騒いで……サシで殺りたいでありんす‼」


 フレアベルゼはポニーテールを揺らして、ガイウスに向かう。その時ふと声を漏らした


 ――――主よ、そこで待っててくりゃれ。


「そのちんけな角は魔族の少女か? 魔族などとうに滅んだと聞いていたが戦うことができるとは愉快痛快ここに極まれりだ」

「相手の力量さえ測れぬとは、流星斬り〟とは大きく出たものでありんす」

「ほざけ、チビガキが‼」

「チビの魔族に潰される屈辱をあの世で知ると良うござりんすね」


 巨人族の戦士ガイウスは千人斬りとも呼ばれていた。その剛力は魔王に届くのもである。


  ――――だが。


 連続で突きを繰り出すも、髪一本も切ることができない。膂力のみのバカ力というヤツだ。フレアベルゼは今まで一度も本気を出していなかった。命を奪うのは容易い。だがシスと約束をした。シスから預かった不死鳥のスカーフを触る。あの小さな少年の信頼感を裏切ることはできない。


「わっちの主は無事にいったでありんしょうか?」

「自分の身を案じろ‼ 避けるだけしか能がないクソ魔族が‼」

「では……受け止めてやりんしょうか?」

「ふははははは、流星剣アゾットの威力を知らぬと見える。隕石からつくあられたこの剣は、なにものも打ち砕く」

「わっちの剣の真名を明かす気にもならぬ鈍らと見んした」


 ほざけと言い放ち、ガイウスは大上段で流星剣アゾットを振りかぶる。どこを斬るか当てろと言われれば、一般人でも分かるだろう。だが、フレアベルゼは避けようとはしない。


「指一本で相手をしんしょう」

「死ねや‼ クソガキ‼ 巨人流古式――――――天上天下無双斬‼」


 シスが目を瞑りたくなる光景だったが、言った通りフレアベルゼは指一本で流星剣アゾットを止めた。シスが魔力視をするとフレアベルゼの魔力が人差指に集中している。ガイウスは、何が起きたか分からず、流星剣アゾットを再び大上段に構える。


「ごほん‼ 巨人流古式――――――天上天下無双斬‼」

「見飽きんした。幾ら繰り返そうとも無駄でありんす」


 シスは、なんとなくだが寒気を覚えた。フレアベルゼが遠くで見ているシスでも分かる程の殺気を放っているからだ。それは息をすることすらも躊躇わせるほとの威圧感がある。


「頭の悪い奴は嫌いでありんす。流星剣アゾットとやらも不憫でありんすね」

「黙れ、黙れ、黙れ、せいッ‼ はーッ‼ やーッ‼ はあはあ……お前たち……矢を放て‼ 常勝が王国軍で敗北は許されんぞ」

「部隊長……ほぼ全員が失神しています」

「な~に‼ 貴様は何故起こさないのだ?」

「一対一の真剣勝負だと思ったもので……」


 フレアベルゼは、欠伸をしながら小さな炎を放った。小指ほどもないが非常に眩しい。

 それをガイウスは、不思議そうに見つめている。警戒感などない様子だ。


「先程の花火のようなお遊び魔法か? 叩き切ってやるわ‼」

「閣下、やめた方がいい気がします」

「ふん、臆病者の話など聞くか‼ 巨人流古式――――――天上天下無双斬‼」


 小さな光る炎の球を流星剣アゾットで斬ろうと刃を振り下ろす。瞬間、ガイウスは炎に包まれた。竜聖剣アゾットは融けて、ゴロゴロと炎を消そうと足掻く足掻く。だが、そんなことでは焔は消せない。シスが気が付くとフレアベルゼが荷台に乗った。


「わっちの主よ、さあさあ、早く〝巨人の鋸〟に入りんす」

「そ、そうだな、あの火は消えないのか?」

「幻覚なので、精神的に痛めつけられるだけでありんす」

「手を抜くなんて……――らしくない気がするけどな」

「皆殺しにしたら、わっちの主は、わっちと己を許せなくなりそうでありんす」


 フレアベルゼは御者台に座った。甘いような甘くないような不思議な匂いがする。

 そして、フレアベルゼは唐突にシスの頬にキスをした。


 ――――な⁈


「わっちはダンジョン主の相手をしんす。その間に逃げて欲しゅうござりんす」

「でも、本気のフレアベルゼなら圧勝できるだろ?」

「わっちの主の寿命が減りんす。ただでさえ、主の魔力のほぼ全てを使っているでありんしょう」


 ――――ここでしばらくお別れでありんす。


 そう言うとフレアベルゼは御者台から立ち上がり、突然飛んで来た鉄塊を蹴り飛ばした。

 七大ダンジョン――――七窟が一つ〝巨人の鋸〟はただ坂が神骸宮殿の周りの貧民街に続いている。一層しかない特殊なダンジョンだ。だから必ず一度はダンジョン主と接敵する。


 緑の苔が生えたエンシェントゴーレムの類がダンジョン主らしい。


「忘れる所でありんした。わっちが主よ、これを返しんす」

「不死鳥のスカーフか……フレアベルゼ……――何か別の方法は?」


 ――――また呼んでくりゃれ。


 そう言うとフレアベルゼは眼前の敵と今の幼い姿の力を振り絞って戦い始めた。

 シスは……泣きながら、竜馬に鞭を入れる。


 ――――必ず、また呼ぶからな。


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