第17話 〝魔王レナス〟
〝巨人の鋸〟を竜馬に引かれたシスの乗る馬車はひた走る。しばらくして、フレアベルゼに貸していた魔力が戻るのを感じた。フレアベルゼが稼いだ時間でなんとか広いダンジョンを進んでいる。だが、見覚えのあるモンスターに出遭った。出遭ってしまった。
「アイアンソウルゴーレム……ごくり……逃げ切れない‼」
その時、右手の〝紋章樹〟が疼き始める。一片の曇りもない強い意思を感じた。
シスは歴代魔王を召喚する魔法を覚えている限りで唱え始める。〝魔王の書〟のページが自動的に捲られていく。右手の〝紋章樹〟が太陽のように光り輝いた。
「冥府より出しものよ――――――汝に命ず――――――永劫の氷雪を持って――――――我の盾となり――――――敵を穿つ矛となれ‼ 顕現せよ――――――【断罪の冷嬢】レナスよ‼」
眩い閃光と共に、露出度の多めな氷の衣を纏った年若い魔族の娘が現れた。
シスよりも見た目は年下に見える。二本の角は現在のフレアベルゼとは違いまだ小さい。手には氷で作られた小さな剣を持っている。こちらを見て微笑む姿にシスは一瞬魅了された。
〝断罪の冷嬢〟レナスは古き魔王。幼い身でありながら、南の大陸の海をたった数秒で凍らせたと言われている。最後は、恋した勇者の剣に自ら刺さり、死んでしまった悲しい魔王。
「我が主様、御命令のままに……」
「君の名前は……――レナスでいいんだよね? そんなに小さいけど……――戦えるの?」
そんな悠長な暇はなかったとシスは知る。斬竜刀を振りかぶったゴーレムがこちらを錐もみ回転しながら襲って来た。だが、衝撃音が響くのみ。見ればレナスが小ぶりな剣で斬竜刀を受け止めている。
「我が主様を……攻撃するなら、手加減はしないわ。氷よ――――――我が意を示して」
斬竜刀を構えたままの姿勢でアイアンソウルゴーレムは凍り付いた。だが、次々にゴーレムは現れる。その種類も豊富で、土くれのゴーレムや魔鉄のゴーレム、オルドゴーレムなどモンスター研究家なら垂涎の光景だ。
「レナス……――荷台に乗ってくれ‼ 竜馬をもっと早く進ませるから」
「我が主様……全部凍らせれば――――」
「それは……――ダメだ。俺が……――貸し与えてる魔力じゃ耐えきれないよ」
幼いレナスはキョトンとして、すぐに大輪の笑顔を作る。なぜ笑うのかシスには理解し難かった。レナスは氷の弾丸を作り、前方にいるゴーレムを崩していく。幼女だが合理的な側面はあるようだ。
「凍り付き、砕け散って――――――フロストブレイク‼」
竜馬はさすがに疲れてきたようで、ペースが落ちる。目の前にはギガントゴーレムが鎮座しているのが見えた。だが、動かない。動けない。〝断罪の冷嬢〟の通り名は伊達ではない。育てば歴代最強だったと噂される存在だ。ゴーレムごときに後れをとるはずがない。
「我が主様……褒めて、褒めて‼」
「あ……――すごいんだな……レナスは」
「嬉しいわ、我が主様に喜んでもらえるなんて」
幼女そのものなレナスは、可愛らしく少し飛び跳ねる。天性の魅了の能力持ちだったレナスを慕う異性は多かった。だが、それが育ち切っていない身で魔王になった理由の一つでもある。
「竜馬が……――疲れてる。一旦どこかで休まないと……」
「なら、我が主様……氷の壁を作りましょうか?」
「ああ……――やってくれ」
「氷よ――――――我が意を示して」
ザンッと何かを切るかのような音がして、氷の厚い壁が前方と後方に現れた。多種多様なゴーレムたちは氷の壁を砕こうとするも厚すぎてそれもできないでいる。少し気分が弛緩して、シスは、ふうと息を吐く。レナスはピタリと身体をくっ付けてくる。シスは、魅了の魔法にかかったかのように頬を朱に染めた。
「ねえねえ、我が主様、私のこと好き?」
「え⁈」
「私は、我が主様のこと……まだ好きになるかどうか分からないけど……」
「…………女の子のことは男の子は好きに決まっている。でもね……――レナス、軽々しく好きになっちゃいけないと思うんだ」
レナスはそれを聞くと胸のあたりをキューッと抑えて、青白い顔を赤らめた。
「私の魅了の呪いに抵抗できる人は久しぶりだわ。それだけで私は嬉しいわ」
「そ、そうか……レナス、その角を隠さないといけないから、この不死鳥のスカーフを被ってくれないか?」
「え? なんで?」
「人族も亜人族も、滅んでいたとしても魔族がまだ怖いんだよ」
竜馬が土を蹴るような動作をし始めた。もう走れる様子だとシスは思う。氷の壁が消失し、ゴーレムたちが雪崩れ込んで来る。だがレナスは動じず、再びゴーレムたちを氷砕する。
「レナスは……――小さいのに強いんだな」
「氷の属性なら……何だってできるわ」
レナスは、またシスの身体にピタリとくっ付く。幼いから甘えん坊なんだろうとシスは思った。手綱を強く握って、これから先へと備える。突如、ダンジョンが揺れ始めた。ダンジョンは時折その形態を変える。
それは〝ダンジョンの地殻変動〟と呼ばれていた。大ダンジョンでは当たり前のことだとシスは知っている。
「(このまま……――巻き込まれたら大変だぞ)」
竜馬の引く馬車は、レナスの氷の弾丸でゴーレムを一掃しながら、前へ前へと突き進む。揺れも徐々に大きくなっていた。シスの瞳に光りが移り込んだ。外の光だろうかと気を弛緩させたのが悪かった。
「レナス避けろ‼」
不可避の一撃だった。レナスを庇う左腕が光の刃で切り落とされた。レナスが氷で切れた腕を止血する。そして、竜馬から下り、あっという間に光る何かを破壊した。そして戻ってくる。
「我が主様……ごめんなさい……ごめんなさい。私がお喋りに夢中だったから……」
「レナス……――相手は何だったんだ?」
「オルドゴーレムの亜種……まさか遠距離攻撃してくるなんて……」
シスは竜馬を操るのをレナスに任せて、激痛に耐えていた。せめてもの救いは右手じゃなかったこと。〝紋章樹〟がなくなったら、終わりだっただろう。
今度こそ陽光が見えた。ダンジョンは相変わらず震えているが抜け出せればこっちのものだ。
突如として急な斜面になり、竜馬が足を踏ん張って上ろうとする。そして大きな昇降機に辿り着いた。
「古代共通語……――オルドコモンか?」
「我が主様……魔力で動く機械みたい」
「なるほど……この魔石に魔力を込めればいいのか」
レナスは、気丈に振るまうシスを心配そうに見つめている。シスも、精神的にはかなり追い詰められているが、安全を確保するのが先決だ。魔力を少しばかり昇降機の魔石に込める。
ガタンと音がして鎖が引っ張られていく。シスは上手くいったのを確認して、少し安堵した。
「我が主様……すぐ治癒士に見てもらいましょう?」
「ダメだよ。再生魔法は余程高位な治癒士か聖女が自分の寿命を使って、行うものだから」
「そんな……私が……注意していなかったのがいけなかったんだわ」
シスは、張り詰めた緊張が途切れたのと、右腕の欠損で気を失った。
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